実家に帰ればあいつの写真なんてそれこそ赤ん坊のころからあるだろう。小さなころはよく「きよちゃんと結婚する」「なまえと結婚する」なんて言い合ったものだ。実際結婚どころか中学に上がったころからまわりにからかわれて自然と距離は離れていったが、それでも俺はあいつのことはずっと憎からず思っていた。それこそ結婚だってあいつがまだ望んでくれているのならしたいと思ったぐらいだ。だが同じ高校に進学した俺たちは、会話ぐらいはするようになったものの、もう誰よりも仲のいい友人同士というわけにはいかなくなっていた。中学時代離れていた数年間がこんなにも大きな溝をうむとは思っていなかった、だなんて言い訳にしかならないが、それから俺も部活に明け暮れ、ろくに彼女とは話もしないまま卒業までの高校生活を駆け抜けるようにして過ごしたのだったか。
途中彼女がだれかと付き合っただとかそういった噂は俺の耳にも届いていたが、かといって俺に何かができたわけではない。他の部活ならともかくとして、バスケ部に所属し、しかもレギュラーの身の上で、他のやつらのように彼女を気軽にデートなんかに連れ出してやれるはずもなかった。それなら彼女に告白して、万が一でも付き合えるようになるかもしれない可能性に賭けるより、彼女が俺では送れなかった学生らしい青春を謳歌してくれるほうがよっぽどいい。そう信じ込むことによって、なんとか彼女への恋心を振り切った。
けれど彼女はやさしい子だった。彼氏がいない期間だけではあったが、試合があるときには母親が持たせてくれたのだと言って弁当を持って応援に来てくれたり、あいつの部活や委員会が遅くなったときには少し待ってもらって一緒に帰ったりした。

そのときあんなことがあった、こんなことがあったと嬉しそうに話してくれる彼女の話に頷きながら、もっとこんな時間が続けばいいと、何度思ったことだろうか。カラカラと回る自転車の音を聞きながら、出来る限りゆっくりと歩いて、俺にはバスケの話ぐらいしかできないが、それでも彼女に楽しんでほしくて家に帰って寝る間の少しの時間に眠い目をこすりながら見たテレビの情報を伝えたりした。彼女はきっと知っていただろうに、あまり知らないふりをして、俺にその話をさせてくれた。

だがそんな彼女との日々は大学進学を機に遠くに消え去ってしまった。
俺は地元の大学に進学したが、彼女の進学先は関西のほうだったらしい。そんなことすらも知らなかった俺は、ただ、大学生になれば高校生だったあのころよりも時間がとれて、彼女に会える時間が増えるのではないだろうか、昔みたいに戻れるのではないか、なんてことを考えていたが、現実はそんなにうまくいかないらしい。気が付けば俺は高校時代と似たような大学時代を送り、その間に何度か開催されていた同窓会にも行くことすらなく、大学まで卒業して社会人になった。
実際はすこし時間を作れば顔を出すぐらいはできたのだろうが、それでも行かなかったのは、おそらく彼女が今どういう生活をしているのかを知るのが怖かったからだ。新しく関西でできた恋人の話などされたら、たまったものじゃない。俺はきっと、そんな彼女の幸せには耐えられない。会うことすらできなかったが、俺は結局、高校も大学も、ただあいつのことが好きなだけだった。誰一人として恋人を作ることのない俺をまわりのやつらは「アイドルオタクだから」と妙な理由で納得してくれたらしく、高校時代の友人ですらも俺が彼女に惚れていたことには気が付かなかったようだが、それはそれでいいと思う。

ただ、高尾が結婚すると聞いたとき、妙な危機感が生まれたのである。そうだ、いつまでも片思いを引きずっているからか時間がそれほど経っているようには感じていなかったが、俺たちだって結婚したっておかしくない年齢になったのだ。もしかしたら彼女も結婚してしまうかもしれない。そうなれば、今までとは話が別だ。恋人がいるだけならまだマシだ。もし、結婚していたら、気持ちを伝えることすらもできないのではないか。
ただ考えたのはそれだけだった。
来るかどうかも分からないのに郵送されていた同窓会の招待状に参加すると記載し、当日までただ仕事に明け暮れた。まわりのやつらに連絡をして彼女が結婚したかどうか尋ねることもできただろうが、とてもできやしなかった。バスケ部関連以外にも上にも下にも友人の多い高尾にならもしかしたら聞けば分かったかもしれないし、あいつのことだからある程度事情を察してうまくやってくれたかもしれないが、余計なことは考えたくなかった。


「ひさしぶりだね、宮地くん!宮地くんが同窓会に来るなんて珍しいね」


そう言って片手をあげて俺に挨拶する彼女の姿は、さすがに高校時代とまるっきり変わらないということはなかったが、それでも面影はだいぶ残っていた。それどころかすこし垢抜けたのではないだろうか。前よりもいくらか華やかになった彼女は当たり前のように俺の隣に座ると、俺の前に箸と皿を持ってきてくれた。おそらくだが、ひさしぶりに参加する俺を気遣ってくれているのだろう。


「おまえも同窓会参加だったんだな」
「わたしは毎回参加だよ。常連だよ」
「そうなのか」
「休みのたびに帰省して、こっちで前のバイト先でバイトしてたからね。学生時代。いやーでも今日来てくれるとは思わなかったなあ」
「なんでだよ」
「結婚しちゃった人多くってさ。今日結構集まり悪いの。これからどんどん減っていくんだろうなあってみんなと言ってたんだけど、宮地くんとかかっこいいからもう結婚してるんじゃないって友達と話してたんだよ」
「俺がそんなすぐ結婚するわけねえだろ!」
「高尾くんとかはもう結婚しちゃったんでしょ?」
「なんでおまえ知ってんだよ」
「風の噂で!」


たしかにまわりを見渡してみれば高校時代のメンツが全員そろっているというわけではないようである。そんなふうにまわりを見渡す俺を見て、彼女がだれとだれが結婚してーと説明してくれているが、正直どうでもいい。俺にとって問題なのは、名前も顔も曖昧にしか覚えていない高校時代のクラスメイトたちの結婚事情ではなく、今、目の前にいる彼女だけなのだ。
しかし楽しげに過去や現在の話をする彼女の左手の薬指に、指輪はない。まあ、だからといって、彼女が誰のものでもない証明にはならないことが理解できるぐらいには俺は大人になった。それならば、彼女だってもう高校生のままではないのだ。
俺は彼女から渡されたグラスになみなみと注がれたビールをそのまま一気に煽った。そんな俺の飲みっぷりを見て彼女はすこし驚いたようだが、俺だってもう社会人としてそれなりの年月を過ごしている。酒なんて慣れたものだ。彼女の手には淡い色のカクテルが握られている。まるで、学生時代の彼女みたいな、パステルカラーの優しい色。今も彼女がそうであってくれたら、俺は、俺はどうするんだろう。

あのころは話をするだけでも必死だった。何か、見えない壁が俺たちを遮っているようにも見えた。けれど、それをたいしたことはないと跳ね除けて彼女の傍に行くこともできたのに、それをしなかったのは、ひとえに俺に度胸がなかったからだ。


「なあ」
「なあに」


今の俺に足りないものはなんだろう。度胸なら、きっと今しかない。


「好きだって言ったら迷惑か」
「どうしたの、もう酔っちゃった?」
「バーカ、こんなんで酔わねえよ。大人ぶってからかうなよ。俺はそこまで、大人じゃねえんだからよ」
「…そりゃあ、宮地くんに好きって言われて嬉しくない女の子はいないよ」
「その他の話をしてんじゃねえよ」
「うん」
「お前の話をしてんだよ」
「…ちいさいころ結婚しようねって約束したの覚えてる?」
「?ああ」
「わたし、ずっと宮地くんのお嫁さんになりたかった。ほんとだよ。ずっとずっと好きで、でも、男の人より女の人のほうがね、期限は短いの」


わたしもう諦めちゃったの、先週プロポーズに返事をして、今お付き合いしてる人と、来年結婚式を挙げる予定なの。

そう告げた彼女の左手の薬指は、もう俺のものにはならない。
それだけでは足りないなら、ああ、ひさしぶりに会ったというのに、俺はやはりこいつが好きでたまらない。できることなら結婚したい。彼女さえ許してくれるのならば。

だけど俺と彼女は違う。彼女は諦めた。それはついぞ俺にはできなかった選択肢だった。そうして彼女はずるい大人になってしまって、今こうして、俺の隣で甘ったるいカクテルなんかを飲みながら、酔ったふりをして俺の肩に頭を置いて「恋人みたい。ずっとこうしたかった」なんて泣きそうな声で言うんだ。そんなことを言われたら、無理矢理連れ去ることもできないだろう。彼女の中で、俺はもうすでに過去形なんだ。

(15.0720)



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