最初は気の強そうな女だと思っただけだった。その次に会ったときには普段はつんと澄ました整った顔が笑うのを見て、こいつも人並に笑んだりするのだと感心した。その次に会ったときには、あどけない笑顔に心を掴まれた。まったく、吉原の遊女に入れ込んで金を使い込むなどバカのやることだと思っていたが、俺も所詮はバカな男の内の1人だったということらしい。


「ようこそおいでくんなまし」
「思ってねえだろ、んなこと」
「そんなことはありやせん」
「正直に言ってみろ」
「警察、とやらは暇でありんすなあ」
「てめえに会うために時間作ってんだよ」
「素直なあなたさま」


クスクス笑いながら俺に茶の準備をする女の手つきは、小さなころから教育の行き届いている武家の娘の手つきと変わらない。だというのに彼女は今ここで煌びやかな着物を着て、遊女をやっている。その上頭も切れる彼女の言葉に何度救われたか知れない。もし男だったなら真撰組の参謀としてスカウトしていたかもしれないと思うほどだ。…そんな彼女を金で買っている俺が言えたものではないが、もったいないと思わないでもない。だが、物心もつかない内からここにいるという彼女に選択肢などなかったろう。可能性を知らない彼女は外への願望すらも知らない。
ただそれでも俺と居る時は気が休まるのだと言って俺に寄りかかって、今までに磨いてきたであろう芸すら披露することなく目を閉じるのだから、これすらも手練手管の内の1つなのだとしたら恐ろしい女である。そんな彼女の一挙手一投足に踊らされていると分かっていながら、それでもそれを心地よく思ってしまう自分の浅はかさが憎くて仕方がない。ああ、どうせなら清らかな心で彼女を愛して、ここから連れ出してやるぐらいの言葉を言えたならいいのに、俺ではどうやったって彼女をここから連れ出してやるなどとは言えそうにもないし、きっと彼女だってそれを分かってやっているのだろう。俺よりいくらか年下のくせに、この場所がそうさせたのか、彼女はすでに大人だった。


「江戸はどんな様子でありんすか」
「変わらねえよ。高杉もしばらくは出てきてねえし、平和なモンだ」
「それはようござんしたなあ」
「ほんとに思ってんのかよ」
「疑り深い男は嫌いでありんす。それにここじゃあ江戸がどうであろうと関係ありんせん。わっちとあなたさまだけ」
「…それもそうか」
「その安心感が欲しいのでありんしょ」
「ああ、そうだな。その通りだ」
「もうちっとこっちへおいでなんし」


そう言いながら華奢な腕を伸ばす彼女の腕の中に収まれば、彼女の細い体を覆い隠すように重ねられた着物から香る香りに目がくらんだ。ああ、これはどういった香りなのだろうか。俺は生憎こういったことには疎いから分からないが、安いものではないに違いない。はじめて会った時からそれなりに時間が経ったが、彼女も高くなった。出会ったころなら俺の給料でも買えたかもしれないが、今の彼女を買うことなど天地が引っ繰り返ったとしても不可能だろうに違いない。とっつぁんや近藤さんはそんなに惚れているのな援助するから何としてでもそこから救い出してやれ、と言ってくれるが、彼女を手に入れるために金を払うのでは、結局他の奴らと何も変わらないのだ。愛に金が絡むとどうしたって汚くなる。そんな不純物だらけのものに囲まれていては彼女はいつまでも幸せになれない。だが、美しいままで愛せる女ではないことは俺も彼女自身も分かっていた。
ああ、どちらにせよ幸せな形などないのだ。こうして彼女と会って、いくつか月日が経てば、きっと彼女はどこぞの金持ちに買われてここを出ていくのだろう。そうしてその男からの寵愛を受けている間はキレイに着飾られて、飽きられればまるで子供がおもちゃを投げ捨てるかのような扱いを受ける。それを彼女は静かに耐え忍ぶのだ。そんな彼女がいたら、俺はその時に手を伸ばせるのだろうと思った。
ああ、ほんとうに、なんて下らない男だ、俺は。


「なあ」
「いかがなさいんした」
「俺と逃げちまうか」
「わっちを買えないからとそのような無責任なことを致すおつもりでありんすか」
「ここじゃ息が詰まらねえか」
「ここ以外を知らぬ人間にそのような戯言を。あなたさまとてここを知りやせん」
「知らねえ男に抱かれてもなんとも思わねえか」
「好いた男と床を共にする幸せならわっちにもいくらか心当たりがありんす」
「…ほう」
「好いてもいない男と床を共にすることにわっちは抵抗などありんせん。こればっかりは、わっちとあなたさまとではどれだけ床を共にしても共有できぬものでありんす」


凛とした表情のままそう口にする彼女が今までどれだけの男に抱かれてきたか、なんて考えたくもない。だが彼女はそんなことを気にしたこともないだろう。惚れた男と寝る幸せを知りながら、それでも彼女は生きる術として見知らぬ男に抱かれることを良しとしている。そんな彼女と俺の価値観は決定的に異なっているのだろう。それは分かるのだ。そして俺が抵抗を感じているように、彼女にも同じように抵抗を感じてほしいというのも、また、ただのエゴなのであるということを理解できるというのに、それでも彼女にそれを求めてしまうのは俺が浅はかで馬鹿な男だからだ。
だが彼女はそれでも俺のエゴを受け止めて、今まで見てきた女の中で1番うつくしい顔をして俺を見据える。その瞳は迷いなどなく、清廉潔白という言葉がよく似合う。うつくしい着物と派手な化粧さえとっぱらってしまえば、誰も彼女が遊女をしているなどと思いもしないに違いない。

ああ、彼女に穏やかな世界を見せてやりたいと思うことすら、ただの俺の独りよがりだというのだろうか。


「…あなたさまがおっしゃっていた通り、わっちはいろんな男と寝る。それはわっちがここにいる限り変わりんせん」
「…どうしてもか」
「学も常識もないわっちが外で生きてけるとは思いんせん」
「俺がいてもか」
「あなたさまは、清らかな女を奥にもらうんでございんしょう」
「…俺がか」
「そのときは、もうここへは」
「…ここへは?」
「…わっちはあなたさまのためなら指を切れる。けれど、あなたさままで堕ちてしまう必要はありんせん。わっちは、好いた男と床を共にする幸せを知れただけ幸せさ」


清らかな女を嫁に貰え、と呟いた彼女は、これはそれまでの遊びだと吐き捨てた。だがそんな彼女の目は俺を見据えてはいなくて、どこか歪んでいるように見えた。だから、俺もあえて彼女から目をそらす。彼女は遊女として賢すぎた。自分がどれだけ汚れているかを分かっている上で、きっといつかの彼女がなりたかった娘を作り上げて、その娘を愛してほしいと願っている。
だが、どうやって彼女以外の女を愛せというのだろう。はじめて会った日から今日まで、俺は彼女のことを考えない日すらないといのに。それほどまでに惚れているというのに、男心をよく知るはずの彼女はあえてそれに蓋をする。そして俺の手の届かないところへと仕舞い込んでしまおうとしている。それを俺は、きっと止められない。


「…なまえ、」
「後生だから、ちっとものを言わんでおくんなさいまし」


続けようとした言葉は彼女の唇に噛み砕かれた。きっと、俺の愛とやらでは彼女の愛に守られた頑なな俺への献身を壊すことはできない。

(14.0902)
廓言葉の難しいこと…!エセすぎて申し訳ないです…!素敵なリクエストありがとうございました、もし何かお気に召さない点がございましたらいつでもメッセージからご連絡くださいー!素敵なリクエストありがとうございました!

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