サディスティック星からやってきたサド王子だと噂されている沖田のイタズラは子供のイタズラなんて枠には収まりきらないし、何度殺意を覚えたかなんて覚えてもいないけれど、それでも沖田の傍にいるのは間違ってもわたしがマゾヒスト星のお姫様だからなんてファンタジーな設定だからではない。ぶっちゃけて言ってしまえば惚れた弱みだ。みんな沖田の外見につられて好きになっただとか恋をしただとか一通り盛り上がるだけ盛り上がっておいて、そのサドっぷりに幻滅して去っていく中、どうしてだかわたしはそんな沖田の一面を知るたびに沖田のことを好きになっていってしまったのである。…いや、やっぱりたまにいっそ殺してやれたらどれだけいいかと思ってしまうような時もあるが、それでもイタズラをしているときの沖田の楽しそうな笑顔を見ていたら、何となく許してやろうかなとも思ってしまう。そんなわたしが沖田のことをいまさら嫌いになれるはずもなかったので、この話はもう終わりだ。


「よう暇人」
「あんたもでしょ」
「俺ァ今日バイトねーんでさァ」
「奇遇ね、わたしもバイトないの」
「もっとバイト入りなせェよ。貧乏くささが顔に出てやすぜィ」
「わたしの顔が貧相なのは元からだ」
「俺を見習いなァ」
「あんた顔だけは金持ってそうだけど、自販機の前で地味に小銭が足りなくて立ち尽くしてたの知ってるんだからね。あんたも大概金ないじゃん」
「つうか金あったらバイトしてねェし」
「言えてるわそれ」
「金ねーけど遊びてえでさァ」
「わたしも遊びたい」
「なー」


そう言いながらわたしの机の上に座り込む沖田の行動を注意する気は起きなかったけれど、まあ、なんというかこんな些細な行動にまでいちいちドキドキしてしまうわたしの心臓の打たれ弱さといったら。この平成の世の中でそんな弱腰でどうすると叱咤してやりたくなるが、まあもう2年も沖田に好きだと伝えられない持ち主にこの心臓は似たのだろう。だとしたら治るはずもない。
しかし沖田は特に面白いことがあるわけでもないだろうにここから動かないし、わたしも特に用もないのにただ黙って沖田と一緒になってグラウンドを眺めつづけている。グラウンドでは部活動に勤しむ後輩たちが忙しく動き回っていて、こういうのを青春と呼ぶんだろうと思った。だとしたら今こうしてここでだらだらと意味のない会話を繰り返しているばかりで何の行動もしていないわたしたちが過ごしている時間は一体何なのだろう。高校生の過ごしている時間とやらは無条件ですべて青春というものにカテゴライズされると思っていたが、こんなもの旦那の帰りを待ちながらワイドショーを眺めている主婦とそう変わりない。ただただ時間を浪費するばかりで、すこしばかり焦りたくもなる。

だが、バイトも部活もないわたしたちにやることがない事実だけは変わらない。ただわたしたちは青春に縁どられた教室の中で、老いて行かれる寂しさに耐えながら、こうして2人でただこの場にいるしかない。


「なーんか面白ェことでもやりやすかィ」
「たとえば?」
「王様ゲーム」
「2人で?」
「あたりを引いたやつが何でも相手に好きなこと命令すんでさァ」
「それってわたしが引いたらラッキーって思うけど、あんたが引いたら洒落にならない命令されそうだしな。やらない」
「冒険心を忘れちまったら子供は終わりですぜィ」
「冒険心はあるよ。だけど命は省みたいぐらい大人にもなりはじめてる」
「じゃあ、もっとライトなやつにしてやらァ」
「たとえば?」
「あたりだったら、いいもんやるよ」
「なに、プレゼントなら普通にちょうだいよ」
「普通にやったらおもしろくねェだろィ」


別段誕生日が近いわけでもないのに沖田がわたしにプレゼントなんてどういう風の吹き回しだろう。大学に合格したからといってわざわざプレゼントをくれるようなやつではないだろうし、大体沖田の方がわたしよりランクの高い大学に合格しているのだから少々嫌味だ。まあ貰えるものならなんだって貰うが、なんて、貧乏くさい考え方だろうか。まあそう思いながらも沖田とこんなふうに遊ぶのは好きだ。多少後で痛い目を見たとしても、沖田と時間を共有できるというだけでわたしは世界で一番幸せな女になるのだから、恋ってのはお手軽で幸せである。

そして沖田はそのままわたしに背を向けて何かを作り始めたのだが、あっという間に作り上げられたその小さなくじたちはどうやらプリントを割いて作られたもののようで、へろりと沖田の手の甲に沿うようにしてくたくたに広がっていて、あまりにもお金のないわたしたちらしくって笑ってしまいそうになる。
けれど沖田はいつになく無邪気に「引きなせェ」と言って笑うのだ。だからわたしも少し前までビビっていたことなど忘れて、子供のような気持ちでそのくじを引くことにする。何をくれるのかは分からないが、まあまさか怪我をするようなことはないだろう。怪我をしたらそのときはそのときだ。お妙ちゃんは怒ってくれるかもしれないが、もう今が楽しければなんだっていい。沖田と一緒にいる時間はそのぐらい中毒的だ。

そして引き抜いたその紙には、沖田のきれいなんだか汚いんだかよく分からない字で「あたり」と書かれていて、正月のおみくじでさえ大凶を引くぐらいのわたしのくじ運の悪さでも珍しいことがあるもんだと素直に関心してしまった。


「なんだった?」
「あたりだった」
「すっげーな」
「わたしもそう思った。正月のおみくじとかいっつも大凶なのに」
「おまえ2年連続大凶だったねィ」
「いいのよそんなことはどうでも。で?何くれるの?」
「3つ目閉じてカウントダウンしたらくれてやらァ」


ほらさっさと目潰りなァ、と言いながらわたしが目をつぶるまでもなくわたしの目を片手で覆い隠してしまった沖田の指示通りしっかりと目を閉じる。そうすると沖田はしずかにカウントダウンをはじめたのだが、そういえばわたしはカウントダウンが終わったら目を開けばいいのか。それとも何かを受け取るまで目を閉じ続けていなければならないのか。不思議に思いながらとりあえず沖田の言うとおりにしていると、0、と沖田の声がした。


「…んん?」


その瞬間、唇にふに、と触れたなにかの正体を把握するまで2秒、その間一向に目を開かなかったわたしの姿を見て沖田はどうやらすこし笑ったらしい。そして女子にするにはすこしばかり強すぎるデコピンをわたしの額にくらわせると、「ハトが豆鉄砲食らったような顔っつうのはこういうことを言うんだろうねィ」なんて皮肉まで口にしだすものだからもうわけがわからない。というよりわたしは今何をされたのだろうか。これがもし少女マンガだったら、もしかして、キスだとかいうものをされたのではないか。
しかし相手は沖田だ。
わたしをからかって遊んでいるだけだという可能性も否めないし、唇だと思っていたあの感触はマシュマロなのかもしれない。もうすこししたら無理矢理口を押し広げてマシュマロを口いっぱいに詰められるのかもしれない。そう思いながらゆるゆると目を開いたのだが、沖田の手にマシュマロはない。それどころか自分の席に置いたままのカバンはわたしたちが今いる場所よりも遠いところにあるし、今沖田の手にあるのはせいぜいくたびれた雑なくじと携帯ぐらいなものだ。

しかしそんなわたしの葛藤とは裏腹にスマホをいじっていたのだから、もしかしたらわたしの葛藤なんてのは本当にただの杞憂なのかもしれない。


「…あー、沖田さん、ちなみにさっきのあたりってのは何だったんですかね」
「わかんねーのかよ」
「え、あ、うん、なんかごめん」
「もっかいくじ引いとくかィ?」
「もっかいくじ引いてあたりが引けるとは限らないじゃん」
「なんでおまえはそんな疑り深いんでさァ。試しに引いてみなァ」
「…あたりだ」
「で?あたりの正解が欲しいんだろィ」


こういうことだよ、と言いながら目を閉じるでもなくわたしにキスをした沖田の睫毛は信じられないぐらい長くて、その間息をどうしていいかわからなくて呼吸を止めたわたしの姿を見て沖田はさらに愉快そうに笑い飛ばすものだから、顔から火が出そうになる。だがしかし沖田がそんな風に恥ずかしがるわたしを逃がすはずがなかった。沖田は「まだまだくじ、ありやすけど」なんて意味深に笑いながらわたしの手首を掴んでそのまま壁に押し付けてきたのだが、ここまでくればさすがにわたしだってわかる。あのくじは最初から出来レースだったのだ。あの中にハズレなんてない。どれだけわたしのくじ運が悪くったって、あたりしか引けないあのくじは、どう解釈すればいいのだろう。


「…どうしたの沖田、わたしとキスなんかしちゃって」
「嫌かィ?」
「嫌じゃないけど、付き合ってもないのに」
「なら付き合おうぜ」
「そんな簡単に」
「簡単な話じゃねーか。だって俺ァおまえが好きなんでィ。そんな俺がおまえと付き合いてェって思うのは、そら自然の摂理ってやつでさァ」


おまえはどう?なんて、そんなずるいことを聞きながらもう1度と顔を寄せる沖田に返す言葉なんてのはたった1つだけだ。だからわたしはもう思い切って目を閉じることにした。ああ、なんだ、青春してるのは何もグラウンドで声を張り上げている後輩たちばかりではなかったのだ。わたしたちだって十分青春だ。ああ、そりゃあもう、十分すぎるぐらいには。

(14.0925)

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