バイトしているファミレスの女の子はどうやら車を運転できる男の人がタイプらしい。…まあそれを聞いたときはなんてお手軽な女の子だと思いもしたが、たしかに彼女ぐらいの年代ならば車を運転できるというのはかなりのステータスにもなるのだろうと思いながら彼女の話を聞き流していたのだが、そういえばわたしのまわりの男の人が車を運転しているところを見たことがあったっけか。銀さんあたりは車の運転ぐらいできるのかもしれないけれど、大概スクーターで移動しているし、新八くんはまだ車の免許すらとってはいないだろう。となると真撰組の方々しか残ってはいないが、かといって名前も顔も一致しない強面のお兄さんたちを知り合いにカウントしてよいものかどうか。
誰か車運転できる大人の男の人紹介してくださいよー!とキラキラした目でわたしに訴えかける彼女のおねだりをやんわりと躱しながら、誰なら運転できるんだろうと思っていたその数日後、わたしは思いがけない光景を目にすることになる。


「…あっれー、沖田さん。どうしたんですか」
「どうしたって何がでィ。俺が真面目に仕事してたらおかしいのかィ」
「いやそういうんじゃなくて、なんで沖田さんが運転席に座ってるのかなってところですよ」
「今日は俺が運転役だからねィ」
「警察だからって無免許運転が許されるとでも思ってるんですか!」
「誰が無免許運転でィ。ちゃんと免許は持ってやすぜ」
「警察の権限で無断発行…!?」
「なんででさァ。ちゃんと教育所にも通いやしたよ。なんであんたは俺を最初から信用しねえんでさァ。あーやだやだ」


そう言いながら面倒くさそうではあるものの財布から免許証を取り出した沖田さんの手からそれを奪い取ってじっくりと確認してみるも、どうやらそれは本物のようである。…いやわたしも免許を持っていないからそれが偽物かどうかなんて判別がつくはずがないのだが。


「ほんとに持ってた…!」
「そう言ったろィ」
「信じられない、沖田さんでも車の運転できるなんて、もしかしてわたしでもできるんじゃないんですか」
「車の運転なんざ誰でもできらァ」
「沖田さんがそんな大人の階段登ってるなんて!」
「おまえにとっちゃ車の免許とんのが大人の階段のぼるっつうことなのかィ。そんなら俺ァバイクの免許も持ってんぜ」
「え、ウソ。スクーター?」
「おまえのバイクのイメージはスクーターか…。言っときやすけど、それ車の免許とったら普通に運転できやすぜ」
「え?そうなんですか?」
「俺が運転できんのは…、ああ。ああいうやつも運転できやすぜ」
「え、あの超いかついでっかいやつ?」
「俺の免許大型だから」
「人って見かけによらないですね…。あんなバイク沖田さんで持ち上げられるんですか」
「なんならおまえに向けてぶっ飛ばしてやりやしょうか」
「すんません勘弁してください」


たしか沖田さんは18歳だっただろうか。だというのにもうバイクの免許も車の免許も持っているだなんて、なんだか大幅に置いて行かれた気分だ。わたしは今17歳だが、来年になれば沖田さんのようにバイクの免許や車の免許をとれるのだろうか。…いや、どうだろう。あんなふうにハンドルを回してあれだけの車の中を運転できる自信がない。それに車線変更なんて大縄跳びに入るタイミングを穿っているみたいで、どうにもできる気がしなかった。自慢じゃないがわたしは小さなころから大縄跳びに入り込めなくて外側から今か今かとタイミングを伺い続けるだけの子供だったのである。そんなわたしに運転なんて。
だが、素直に羨ましかった。沖田さんからしたらなんてことはない日常なのだろうけれど、片手をハンドルにかけてシートにもたれながらわたしを見つめる沖田さんはかっこよかったのである。


「いいですね、イケメンが運転する車って」
「ならそのイケメンが家まで送ってってやろうか」
「え、いいんですか」
「おまえん家こっから遠いだろィ」
「いやーそんなつもりじゃなかったんですけどね!」
「幸い今日は俺1人ですからねィ。相席させてやらァ」
「お邪魔しまーす!」
「おう。どうぞ」


ちなみにこんなふうに真撰組のパトカーで家まで送ってもらうのは別段珍しいことではない。こんなことを言っているのがバレたら土方さんあたりに怒られそうだからあまり大きな声では言えないが、わたしの酒癖の悪さは大概で、いつも深酒をしてしまった日は「帰れる帰れる!だいじょうぶー!」なんてちっとも大丈夫ではない様子でルンルンで家まで歩いて帰ってしまうのだ。そしてそのたび他の誰かが真撰組に電話をして迎えに行ってやってください、とお願いしてくれているようなのだが、土方さんは「そろそろ公務執行妨害で捕まえんぞ」とかなり憤っていらっしゃるご様子である。ちなみに未成年だ、ということに当たり前のように触れてこないのはおそらく今運転席にいる男のせいだろうと思う。それでいいのか警察。
まあそんなこんなで慣れ親しんだパトカーに乗り込むと、沖田さんはわたしがシートベルトを締めたことを確認して、それからゆっくりとアクセルを踏み込んだ。そんな沖田さんの運転は想像していたよりもずっと安定していて、最初から100キロ近くで飛ばしてくるのではないかと人知れず恐れていたわたしからしてみれば少々拍子抜けだったが、まさか沖田さんとてこんな真昼間から堂々と危険運転をするはずはないだろう。そう思いながら前を見据えていたのだが、やはりというべきか、沖田さんはかなりモテるようである。


「沖田さんさっきから街娘たちがめっちゃ沖田さんに手振ってますけど」
「無視無視。あんなん一回相手にしちまったら終わりでさァ。屯所にまで詰めかけてきやすぜィ」
「そんなアイドル的人気を誇ってるんですか」
「肉食系女子ってのは好かねえや」
「だってあなた根っからのサドじゃないですか」
「轢き殺してやりたくなる」
「やめてくださいね。ていうか沖田さんの運転って結構安全運転なんですね」
「俺ァ結構安全運転ですぜィ」
「えー意外」
「それに隣におまえも乗ってやすしねィ」
「わたしだんだん眠たくなってきたんですけど」
「寝てもいいですぜィ。あんたの家の位置はもう把握してやすからねィ」
「ストーカーじゃないですか」
「パトカーをタクシー代わりに使うあんたに言われたくねえや」


運転しているにも関わらず余裕たっぷりな沖田さんは片手でガシガシとわたしの頭を撫でる。まさか1つしか歳が違わないのにこんなに子ども扱いされるだなんて少々心外だ。だからすこしぐらい反撃してやろうと「すっごい可愛い女の子紹介してあげましょうか。バイト先の子なんですけど、多分ドMですよ」と言ってやると、沖田さんは特に答えるでもなくわたしにアイマスクを投げ渡してきた。どうやら黙っていろということらしい。まあここまで実力行使に出られると口を閉ざすしかないだろう。いささか不満ではあるが、送ってもらっている身分でこれ以上反論はできまい。
しかしせめてもの反抗でリクライニングを限界まで倒してアイマスクを装着し、ごろりと横になると、沖田さんはそんなわたしを見てすこしばかり笑ったようだ。ああ笑いたければ笑えばいい。けれどわたしが子供っぽいわけではない。あえて主張するようだが沖田さんが大人っぽいのである。


「俺の運転はそんなお気に召していただけやしたかィ」
「…ぶっちゃけかなり落ち着きます。わたし乗り物酔いするタイプなんですけど、沖田さんの運転は全然しない」
「そらァ光栄だねィ。なんならバイクの後ろに載せてやってもいいですぜィ」
「白バイの後ろは嫌だなー」
「パトカーもたいして変わらねえだろィ。まあバイクに関しちゃ白バイには乗せてやれねえから俺の私物になりまさァ」
「え、いいんですか」
「車の運転ぐれェでテンションあがるぐれェだからねィ。バイクの後ろにも乗ったことねえんだろィ」
「そ、その通りですけど」
「ならその初めては俺が貰い受けまさァ」
「…なんのために?」
「俺のために」


なにそれ、意味わからないです。どういう意味ですか。
そう尋ねる前にどうやらわたしの家の前までパトカーは到着したようである。「ご近所さんに不思議に思われやすからさっさと出なせェ」と言いながらわたしを慌ただしく降ろした沖田さんを乗せたパトカーはあっという間に角を曲がって見えなくなってしまったが、わたしのおでこにくっついたままの沖田さん愛用のアイマスクはどうすればいいのだろう。まあ、明日バイトに行く前にでも返しに行けばいいか。そう思い次の日屯所までアイマスクを返しに行けば沖田さんはちょうど不在だったらしく土方さんが代わりに対応してくれたのだが、そこで思いがけない話を聞く羽目になった。


「そういや昨日おまえ総悟の車に乗ったんだって?」
「ああ、はい。送ってもらいました」
「どこも怪我してねえか?」
「え、してませんけど」
「ならよかったぜ。あいつ運転うまいくせして他の誰か乗せてるとき決まって荒い運転しやがるからな…。ブレーキわざと強く踏んだりよ。ガキみてえだろ」
「あー、ぽいな…。もしかしたらわたしが女だから安全運転してくれたのかもしれないですけどね」
「チャイナはボコボコになってたぜ。車降りた瞬間殴り合いになってた」
「わーあ…ならバイクに乗ったりなんかしたらわたしもしかして死んじゃうんですかね」
「バイク?総悟が運転するバイクか?」
「?はい」
「総悟は誰もバイクの後ろに乗せねーぞ」
「え、からかわれたのかなわたし」
「ミツバより大事な人ができたらそいつしか乗せてやんねえんだって言ってたぜ、あいつ」


わたしもなかなか鈍感だと言われることが多いが、土方さんはわたし以上の鈍感だったらしい。先に気が付いたのはわたしだった。そしてあまりの恥ずかしさにまさかの返そうとしていたはずのアイマスクを手に握りしめたまま屯所から逃走してしまったのだが、ああ、どうしてわたしはこれを土方さんに渡してしまわなかったのだろう!
カバンの中で携帯が鳴る。それを確認しようとディスプレイを見ればそこにあったのは沖田さんの名前で「アイマスクはバイクに乗るとき返してくれたらそれでいいでさァ。なるべく早く返してもらいてェんで、一番早い都合のいい日教えなせェ」なんて文面のメールが舞い込んでいたのだから卒倒してしまいそうになる。わたしをからかったのではなく、沖田さんは本気でわたしをバイクに乗せるつもりなのだ。ということはつまり、なんて、どうやったって期待してしまう。

今夜空いてますよ、と返したわたしのメールにどこかおかしいところはなかっただろうか。あんまりにも心臓がドキドキとやかましく騒ぎ立てるもんだから、足と手が同時に出てしまうのだ。こんなことなら今すぐ会いたい。今聞いたことが本当なのか、確かめたい。
けれどそんな勇気はわたしにはない。だからわたしはまっすぐお妙ちゃんの家へ向かったのだ。もちろん、お妙ちゃんの力を借りるためである。今夜に向けてちょっとだけでも化粧をしていきたい、だなんて、そんなささやかな乙女心を「普段は化粧っ気なんざ全然ねえくせに」と沖田さんは笑うだろうか。

(14.0927)
甘くなってますかね…!大型バイク運転できる沖田ってかっこいいなと思って書きました。大型って18歳から取得できましたよね確か(うろ覚え)
素敵なリクエストありがとうございましたー!

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