ただただお金と住む場所に困り募集したアルバイトだったが、真撰組の女中という仕事はなかなかに若い娘さんたちに人気のあるバイトだそうである。だが、実際その中に長く続けてくれるような娘さんはいないそうで、求人が出されるたびに真撰組の女中アルバイトの時給やら福利厚生やらは手厚くなってきているようだが、それでも募集の打ち切りがないのはおそらくこの環境によるものだろう。
沖田さんがぶっ放したバズーカの軌道が自分のすぐ横を通過したときなど最悪だ。もうすぐに荷物をまとめてここから逃げたほうがいいのではないかとさえ思うときがある。


「ちょっと沖田さん…今のはやりすぎなんじゃないでしょうか…」
「なんでィ、あんたいたのかィ」
「いたのかどうかも分からないのにバズーカぶっ放すとはどういうことですか!怪我したらどうするんですか!」
「冗談でさァ。ちゃんとあんたがいることは知ってて打ちやしたぜィ」
「それももっと問題ですよ!!」
「当たらなかったらいいじゃないですかィ」


しらっとした顔をしてわたしにそんな言い訳を繰り返す沖田さんのおかげで辞職届の絶えない職場環境ではあるが、実際沖田さんの暴走など慣れてしまえばなんてことはないのである。今回はあまりの近さに驚いてしまったが、おそらくこちらが慌てない限りはわたしたちが怪我をしないように配慮して暴れてくれているのだろうし、今では女中の先輩たちと洗濯物を干しながら沖田さんの一方的な土方さんとの喧嘩を眺めたりもできる。まあ、そのとき洗濯物が風にあおられて舞っていったときなんかは軽い殺意を覚えないでもないが、そのぐらいは高い時給内に組み込まれた仕事だといっても過言ではないだろう。

しかし沖田さんはどうやら年の近いわたしに対してかなり心を開いてくれているそうである。新しく来た女中に嫌味を言うことはあっても、楽しそうに笑いかけるだなんて今までありえなかったのにな、と苦笑した土方さんは嬉しそうだった。まああの人も思うところはあったのだろう。田舎から江戸へと彼を連れてきて、まわりは歳の離れた大人ばかり。もっと年相応のことをさせてやりたいと感じていたとしても不思議ではない。
まあ本人がそんな温かい土方さんの心遣いとは裏腹にとてもじゃないが年相応の青年ではないのが残念極まりないところだが。


「しかし毎日毎日炊事洗濯掃除とは飽きねえのかィ」
「飽きるも何もこれが仕事ですからねえ」
「俺ならとてもじゃねえが耐えられねえや」
「沖田さんはあんまり仕事してないじゃないですか」
「かわいくねえこと言うのはこの口ですかィ」
「いたたたたた!女の子の頬をそんなに強くつねるもんじゃないですよ!沖田さんってだからキレイな顔してるのに彼女の1人もできないんですよ!」
「彼女は1人でいいだろィ」


呆れたようにわたしから手を離す沖田さんは、見た目に反してかなり純情である。まあこんなことを言おうものなら容赦なく逃げ惑う背中にバズーカを撃ち込まれることになるだろうから決して言わないが、本当に心に決めた女が現れたその時に、その女を生涯大事にするのだと言っていたぐらいだ。その沖田さんに愛される女性がどんな人かは分からないが、その女性はとても幸せなひとだと思った。
そうしたらきっと、サボろうぜとわたしの手を引いて屯所を抜け出そうとする沖田さんはいなくなってしまうのだろう。わたしは後でサボっていた沖田さんの弁解を土方さんにする必要もなくなる。きっと、こうして団子を一緒になって食べているのはその沖田さんが心底惚れたという女性で、わたしの場所はどこにもなくなってしまって、昔すこし仲の良かった女中だなんて安定のポジションに収まって終わりだ。せいぜい朝の挨拶と一言二言の世間話を繰り返すだけの毎日に身を置くことになる。

そうなると寂しいだろう、なんて、そう思うのはいけないことだろうか。わたしより少しだけ年下の背格好のあまり変わらない青年は口いっぱいにみたらしだんごを頬張りながら、わたしにもっと食えと催促する。どうやら彼はわたしの痩せた体が心配なのだそうである。そうは言われてもあまり食べても太らない体質なだけで、決して食べていないわけではないのだが、沖田さんから言わせてみればわたしは小食だそうである。まあ、男性と比較されれば仕方のないことではあると思うが、そんな沖田さんの心遣いが嬉しくて、みたらしだんごを一本手に取って口に含んだ。じわりと染み出すたれの味に思わず口角があがる。


「ここの団子は絶品ですねえ」
「そうだねィ」
「あーここの団子を毎日食べられるようになるにはどのぐらい昇進したらできるようになりますかねえ」
「あんたそんなに給料出てねえのかィ」
「わたし住み込みですからねえ。まあこれでも親への仕送りができてるだけかなり貰えてるとは思うんですが、それを踏まえると毎日ここの団子は厳しいかもなあ。女中長とかになればいけますかね」
「いっそ隊士になっちまえばどうでさァ。そうしたらここの団子ぐらい楽勝だと思いやすぜ」
「冗談言わないでくださいよ、わたし剣はやったことないですよ」
「俺が教えてやらァ」
「そんなに暇じゃないでしょ」
「そんな忙しそうにも見えねえだろィ」
「そういうことをわざわざ自分で認めちゃうからダメなんですよ」
「いいじゃねえかィ。女中だっていざとなりゃ自分の身を守れる術を身に着けといたほうがいいだとかなんだとか言っときゃ、土方の野郎は納得しやすぜ。あいつはフェミニストだからねィ」
「まーそれもそうな気がしますけどね」
「あんたは背も女の割には高いし、運動神経も悪くねえからねィ。俺らの留守中に屯所の女中らを守る、なんて任を任せられるようになるかもしれねえでさァ」


そうなりゃ毎日団子ぐらい食べてても財布の金が尽きることはねえでさァ、と笑いながら言う沖田さんは最初こう切り出してきたそのとき、わたしに実際に戦わせるつもりなどなかったのだろう。たとえば近所の子供に自分が遊んでいるゲームの使い方をして一緒に遊ぼうと持ちかける少年のような純粋さで、ただ、沖田さんはわたしと同じことをして同じものを見たかっただけなのだろうと思う。けれどわたしは沖田さんが想像していた以上の才能を開花させたようである。女中ではあるものの、緊急事態ともなれば帯刀することすら許されたわたしの姿を沖田さんはどう思っていたのだろうか。力があるのならば隊士にしてしまえばいいじゃないか、と提案した土方さんに反対したのは沖田さんだと言う。
あいつには血なまぐさい場所なんて似合わない。飯がうまくできたと言って笑っているほうが似合いだ。女なんだからけがはさせたくねえだろう。
そう言って必死になって説得してくれた沖田さんのおかげで、わたしはただの女中として最後まで、生きていられた。

そうだ、わたしは最後まで生半可な女だ。隊士に引き抜いてもいいと土方さんからお墨付きをもらうほど刀の扱いには慣れていたくせに、その実実戦経験とやらはまるでなかった。人の命を奪う重みなど、わたしはまるで知らなかったし、それに怯えてすらもいたのである。
敵襲だ、とだれかの叫び声で目が覚めたわたしは、それでも刀を取った。がたがたと震える同僚たちを背に庇い、自分より弱いと見えた相手は気絶させながら女中たちと安全な場所に逃げていく。ただ、自分より圧倒的に強い相手には何もできなかったのである。
泣きながら震える女中たちに「逃げてください!」と叫べばまるで蜘蛛の子を散らしたかのように逃げていく彼女たちの背を見届けてから、ガタガタと震える手で相手の刀を受けとめた刀を押し返すけれど、敵はにやにやとわたしを見下したままだ。わたしのように怯えることもない。だが、それはそうだ。誰だって自分より明らかに弱い者を相手にして、恐れを抱くはずがないのだ。

結局わたしの持っていた刀はそのまま敵の手によって振り払われ、武器をなくした丸腰の状態で部屋の隅まで逃げたわたしの命運なんてものはとっくの昔に尽きていたということだ。
殺される、そう思った瞬間に、懐かしい匂い。

横から転がり込むようにしてわたしを庇ったのは、沖田さんだった。そして沖田さんは肩に深い傷を負いながらも、それでも残った腕で目の前の天人を薙ぎ払った。天人の身体はごとりと畳に落ちて、不快なシミをつくっていく。それをただ呆然と眺めながら、視界が揺れるというのはこういうことなのか、と思った。まるでスローモーションみたいに沖田さんの身体がそのシミの中に倒れていく。その身体を支えることもできなかったわたしだけれど、慌てて沖田さんの傍に駆け寄って身体を抱き上げる。
どう手当てすればいいのか。どこへ運べば沖田さんを助けてもらえるのか。何も検討はつかなかった。屯所内には天人が侵入してきているのだ。おそらく、どこにも隠れ場所なんてものはない。それに医療従事者でもないわたしに、こんな深い怪我の手当ての仕方などわからない。


「沖田さん、どうしてですか」
「何がでィ」
「わたしのために、あんな無茶なところから助けになんて、どうして来てくれたんですか。沖田さん、この怪我大丈夫なんですか。大丈夫って言ってくださいよ」
「大丈夫じゃねえだろィ、さすがに」
「なら、どうしてなんですか」
「弟子を放って逃げる師匠がどこにいるってんでさァ」


おまえが人を殺すことなく生きのびていてくれて安心した、と微笑んだ沖田さんの息は途切れ途切れで、震えながらもそっとわたしの頬を撫でた親指はそのまま畳に軽い音を立てて落ちる。その手を拾い上げることもなく、わたしは悟ったのだ。
沖田さんを殺したのはわたしの弱さだ。
覚悟を持てなかったわたしの甘さだ。
もう1度があるなら、わたしは汚れることなく平和にどっぷりと浸かっていたかった、そんな自己保身を捨てよう。弱さを捨てよう。甘さを捨てよう。

そのためだけに修羅になることだって、厭わない。そのためだけの生があるなら、夢でもいい、沖田さんを救うところまで構わないから、もう1度を繰り返したい。わたしはどうなっても構わない。ただ、この生を生き抜くことは、不可能だ。

わたしはその場に落ちていた沖田さんの刀をとる。わたしに支給されていたものよりもずっと重くて長いそれは、人を殺すための刀だった。だからわたしはそれを躊躇うことなく、首に突き刺した。

瞼の裏では一緒にみたらしだんごを食べている沖田さんの姿がある。わたしを見て、微笑んでいる。薄く目を開ければ、血が抜けて白くなった、沖田さんの遺体が視界いっぱいに広がって、すぐにそれを埋め尽くすかのような赤色が目の奥までちらついて、かつての沖田さんの笑顔まで消えてしまいそうになる。

けれど、この時のわたしが覚えているのはここまでだ。
これからの話は、言うまでもないだろう。

(15.0405)

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