なんでヒットマンになったんだと聞けば、彼女はあっけらかんとした顔で「残らず殺したからさ」と答えた。だから俺はもう1度何を殺したんだ、と聞いてやったのだが、すると彼女は満面の笑みさえ浮かべながら「血の繋がった家族たちを」と回答したのである。そのあとの彼女の供述は人によって違う。俺には家族をミンチにしてハンバーグにして食ってやったのだと言い切ったし、ベルにはまだ殺せていない家族が何人かいると言っていたそうだし、ルッスーリアやレヴィにもまた同じように違うことを言っていたそうだ。ここまで攪乱されると俺たちも真実を知りたいという気持ちがすっかり薄れてしまって最近では彼女にそんなことを聞くことすらなくなってしまったが、それでもどうして彼女がヒットマンになったのか。それは俺の永遠の疑問であり、興味を失うはずもないことだったし、そのぐらい俺はわけのわからない彼女の魅力に魅了されていて、ヒットマンとして限りなく完成されている彼女はいかにしてここまで歩いてきたかを知りたかったのである。
しかし彼女は人畜無害そうな笑みを浮かべながら人を殺したその直後に、一切の表情を閉ざして「それ以上わたしに近付かないでよ、殺しちゃうから」と俺に毒を吐く。そして牽制するのだ。それ以上一歩でも俺たちが自分に近付かないようにと目を光らせる。まったくボンゴレのガキたちはこの女の表向きのフレンドリーさにしか目がいかねえで、やれヴァリアーにこの人がいるのは何かの間違いだの、やれここにいるのは恐ろしくないかだのと好き勝手に言ってくれているが、実際ヴァリアーで最も仲間意識を嫌っているのはこの女だ。自分以外のその他を一切拒む彼女はおそらく集団で慣れ合うことの意味を見出すことなんてないだろうし、義務でさえなければ簡単にアジトだって出て行ってしまうだろうに違いない。

しかしそんな彼女でも、それなりに仲間に背中を預けるということは覚えたらしい。まあそうしたほうが一人で飛び回っているよりも簡単に任務を遂行できるからなのだろうが、それでも自分の背中を任せてもいいと思えるほどのレベルに達している人間にならこいつは雀の涙ほどではあるが少々気を許したり親しみをもったりもする。たとえば俺もそのうちの1人だ。


「酒を飲むんじゃなかったのかあ」
「先に頂いてるわ」
「バスタブに浸かりながらかあ?優雅な晩酌だなあ」
「いつ死ぬかわかんないんだからこのぐらいいいでしょ」
「まあそれもそうかもしれねえがなあ。すぐに酔っぱらっちまうぜえ」
「酔っぱらっちゃったときはスクアーロがのぼせたわたしを介抱してくれると信じて飲むから大丈夫だよ」
「俺に気を許しすぎなんじゃねえのか」
「そうかもね。殺したければ殺してもいいよ」
「なんだそりゃ」
「殺されてもいい人間が1人いてくれるってのは存外楽なもんだね」


ちゃぷん、とバスタブの湯を揺らしながらそんなことを呟く彼女が本当にそこまでの価値を俺に許しているのかは俺には分からない。それはきっと彼女だけが抱えるべき秘密だ。命を奪う俺たちだからこそ自分の命の価値だけはそう簡単に口外してはならない。
だが彼女は分かっていてそんな冗談めいた言葉を好むのだ。まったくろくでもない女だと思う。それでもそんな彼女の一挙手一投足にここまで翻弄される俺が言えた義理ではないが、彼女が俺に与える刺激はほとんど呪いのようなものだ。気まぐれに近づいたかと思えばその一瞬だけで俺の視線をすべて奪ってみせるくせに、実にあっけなく突き放して遠くから冷めた目で笑う。こんなふうに晩酌に付き合えと言われることだって珍しいことなのだ。ここ数日の彼女はすこぶる機嫌がいいらしい。ならばそのおこぼれにすこしぐらい預かったって罰は当たるまい。
そう思いながら持参してきたワインボトルにそのまま口を開けると、彼女は愉快そうに笑いながら俺の手からそのワインボトルを奪い取り、豪快に煽ったかと思うと大分量の減ったそれを俺に返してきた。どうやらいろんな酒が飲みたいらしい。とうとう鼻歌まで歌い始めてきた彼女の素肌は乳白色の湯に隠されて見えなかった。


「どうした、今日は記念日かあ?」
「何のよ?」
「さあな。テメエがヒットマンになった記念日とかかあ?」
「そんなもんいちいち覚えちゃいないわよ。馬鹿ね。スクアーロってほんと見かけによらずロマンチストなんだからびっくりしちゃう」
「ロマンチストは嫌いかあ」
「嫌いよ。わたしはリアリストだから。ロマンチストな人間が近くにいると自分がすごく冷めた人間みたいに思えて辛くなるわ。まるで無機物にでもなった気分よ」
「無機物だあ?」
「わたしってほんとは人間じゃなくって、プラスチックと塗料で作られた人形かなにかなんじゃないかって思うときがあるの」


ばかみたいでしょう、と笑う彼女の目は、ぬらりと光っていて見覚えがあった。ただその目は本来俺に向けられるべきものではないはずだ。それはターゲットを見つめるときの彼女の瞳で、間違っても同業者に向けられるものではない。だが彼女はその目をやめるつもりもなければ特にこの空間に漂い始めた不穏な空気を払拭するつもりはないらしい。彼女はバスタブの周りに転がっていたテキーラのボトルを手にすると、まるでそれを水かのように飲み下した。だから俺も負けじと手にしていたワインボトルを空にしてしまったのだが、まさかザルのこいつに酒で敵うはずがない。先ほどは酔いが回ったら俺に介抱してもらうだのといい加減なことを言っていたこいつだが、生まれてこの方酒に酔ったことがないのだと言いながら無茶な飲み方を続ける彼女に、どうやったって俺が酒で勝てるわけがない。
多少酔いの回ってきた俺の様子を見て彼女は愉快そうに笑っていたが、知ったことか。俺はバスタブに沿うようにしてその場に座り込むと、彼女の肩のあたりに頭を置いた。すると彼女はまるで姉が小さな弟にそうするかのように俺の頭を撫でてくるものだから、もしかしたらこいつには小さなころ妹か弟がいたのかもしれないなんて勝手な想像を膨らませてしまったが、それらはすぐに打ち消した。どうだっていいのだ。彼女に弟がいようが妹がいようが、彼女がここにいてくれるというなら、これ以上に望みはない。

しかし今日の彼女はとんでもなく機嫌がいいらしい。俺の頭を撫でながら「昔の話をしてあげようか」と呟く彼女の言葉に小さく頷く。


「むかーしむかし、あるところに可愛い女の子がいましたー」
「なんだよ、そりゃおまえのことかあ?」
「そうだよ。それでね、その女の子はパパにとっても可愛がられて育ちました。欲しいものはおねだりする前に買ってもらえて、いつも可愛い洋服を着て、たくさん写真を撮ってもらって。満たされた子供でしたとさ」
「そんな満たされた幸せなガキがなんだってこんなとこに?」
「そんな幸せなガキがゴロゴロいたからだよ。しかもご丁寧なことに、まったく同じ顔のガキがゴロゴロとね」
「はあ?」
「あまりピンと来ないかもしれないね。だけどわたしたちは何個も作られて、どれだけオリジナルに近いかで優劣をつけられてた。わたしは1番のお気に入りだったのよ」


あまりにも現実味のない話だと思った。けれど、そのまま彼女の話に耳を傾ける。おそらく今を逃してしまえば、一生聞けない話だと思ったからだ。


「でもね。パパがやってきてわたしに聞いたの。ベビーピンクの靴とホワイトに黒のリボンがついた靴を持ってきて、どっちがいいかって。だからわたしホワイトの靴が欲しいって言ったわ。そうしたらパパはね、俺の娘はそんな趣味の悪い靴は選ばないってわたしを殴りつけたのよ」
「俺からすりゃどっちも趣味が悪いがなあ」
「そりゃそうよ。パパの最初の娘は7歳で死んだの。そのときわたしはもう12歳で、まさか7歳の女の子と同じ感性なんて持ってなかった。パパだってオリジナルがどんな子だったかなんてろくに覚えちゃいなかったはずだわ。だから、わたしはもう限界だって思ったのよ。オリジナルを越えることはできないし、オリジナルと同じじゃないわたしたちをパパは愛せないわ」
「…で、どうしたんだあ」
「可哀想な人って思った。殺してあげたの」


それからパパだという男を殺し、自分と同じ顔をした妹たちを殺し、彼女はこうしてここにやってきたのだと言う。その過程にただの思いつきで男の肉を食ってみたらしいが、まずくてとても食えたものではなかったから妹たちの身体と一緒に燃やして捨ててしまった、と告げた彼女の非現実的な過去の話は、いつかの彼女が必至に歩いてきたその過程だった。俺が死ぬほど知りたかった今の彼女を形成する基盤。けれど、そんな過去を抱えているにもかかわらずそれを語る彼女の表情は涼しげなままで、それがどこか不自然だった。
だが、彼女はそのままあっけらかんと「わたしって人形みたいだわ」と呟いて、バスタブから立ち上がる。彼女の身体は今まで見てきたどんな女の身体よりもうつくしく完成されていたが、その身体を彼女は誇らないのだろう。自分と同じ遺伝子を持つ女どもを妹と呼ぶ彼女の生い立ちを俺はきっと理解することができない。


「あの子たちって成長したらわたしとまったく同じになったのかしら」
「ガキの頃ならまったく同じ個体でも、ここまで成長すりゃあ、それなりにお互いの行動ってのが顔やら身体やらに出てくるもんじゃねえのかあ」
「まったく同じご飯を食べて、まったく同じ服を着て、まったく同じ髪型のわたしたちを見分けられるのはわたしたちだけで、わたしたちの胸にはいつだってナンバープレートが下げられてた。パパはわたしたちを見分けることなんてできなかったの。そのぐらい同じだったのよ」
「なのにおまえが一番の気に入りだったんだなあ」
「見る目がないのよ。模範解答ばかりを選ぶ人形が好きだったの。だけどね、スクアーロ。わたしが言いたいのは、わたしとまったく同じ人間を作り上げることのできる技術と細胞が、まだどこかにあるということなのよ」
「…それは壊してこなかったのかあ。おまえらしくねえな」
「見つけられなくて。もしかしたら今もどこかで馬鹿な科学者が興味本位で無意味なクローンを作ってるのかもしれないわ。そうなったら、彼女たちはわたしを模して造られたことになるのかしら。それともやっぱり遵守されるのはオリジナル?」
「………」
「わたしはわたし。オリジナルの意思なんてのはもうわたしには一切ないはずだけど、わたしはいつまでもオリジナルに縛られてる。わたしがどんな行動をしてどんな嗜好をしていたとしても、それはオリジナルが辿るはずだった未来だったんじゃないかって。オリジナルより長く生きればわたしのほうがオリジナルになれるって思ってたけど、どこまで行ってもわたしはただの模造品で、オリジナルに一生縛られる羽目になるのね」


こんなわたしでも誰かわたしを愛してくれないかしら。一生わたしだけの遺伝子を持つことのできない、オリジナルの代わりに歳を食うわたしを独占してくれないかしら。
ぱたぱたと髪から零れ落ちる雫を払うでもなく俺を見下ろす彼女の目は、おそらくそのオリジナルとかいう女と同じ色をしているのだろう。けれど、だからなんだと言うのだろうか。知りもしないオリジナルの女なんてのは彼女に遺伝子と身体をくれてやっただけだ。そこからすべて、彼女は彼女だけの意思で生きてきたのではないか。そんなベビーピンクの靴を好むような女がまさか彼女と同じような人生を送るとは思えない。仮に彼女と同じ年まで成長していたとしたって、きっと彼女のように黒いドレスに身を包んでテキーラをボトルで飲んだりなんてしないで、仕立てのいいドレスにでも身を包んでシャンパンをちまちまと飲んでいるのだろう。それは彼女ではない。オリジナルは彼女にはなれない。


「たしかにおまえはクローンなんだろうがなあ、オリジナルがここにいたとしても、俺はおまえとその女を見分ける自信があんぜえ」
「どこもかしこも一緒でも?」
「惚れた女を見間違えはしねえ。気味の悪ィ変態親父の節穴の目玉と一緒にしてくれるなよ」
「ならわたしを愛せるって言うの?わたしなんていつ死んだってもう1度同じものを作り出せるのよ。簡単な命なの。それに怪我も他の人たちよりずっと早く治るわ。そういうふうに作られてるの。気味が悪くないの」
「おまえの傷が早く治ろうが治るまいが関係ねえな。おまえに怪我なんざさせるつもりはねえからなあ」
「…まさかわたしを守るつもり?」
「不服かよ」
「呆れた男」


なんなら一緒にその細胞を見つけ出して、壊してやってもいい。そう言ってやると彼女はカラカラと笑いながら、それならいつかそうしましょう、と言った。きっと彼女は「可哀想な」彼女の妹を殺すだろう。どうして殺されなければならないのかと怯え命乞いをする自分と同じ存在である少女を殺し、そうしてすべて殺し尽くしたその日に、彼女は自分自身を獲得する。そうしたら彼女は俺を選んでくれるだろうか。
ぎゅう、と俺の指を握る彼女の手は華奢だ。


「守れるものなら守ってみせてよ。わたしが死に急ぐのを必死になって引き留めて」
「おまえの制御なんざお安い御用だ」
「それでわたしがこれから先も生きていられたら、そのときはわたしスクアーロの願いを叶えるわ。わたしにできることならね」
「そりゃ問題ねえよ。おまえが傍にいてくれりゃあ他に俺が望むようなことはねえ」
「欲がないのね」
「なら結婚でもするかあ?」
「わたしと結婚?したいの?」
「惚れた女を独占してえってのは男の最大の我儘だろお」
「あはは、いいよ。結婚ねえ。考えたこともなかったけど、悪くはないんじゃない」


身体が冷えてきた、とバスタブの中にもう1度身体を沈めた彼女は俺の手を握ったまま愉快そうに微笑んだ。その笑顔はどこかあどけなくて、まるでまだ先の誕生日プレゼントを待ちわびる子供みたいだと思ったが、決して悪くない。俺がやれるものならなんだってやろう。だからおまえはおまえの全部を俺にくれ。そう言ってやると彼女はさらに愉快そうに「あんた次第」と笑ってくれた。

(14.0927)


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