高尾からしてみればわたしたちは定年後の熟年夫婦だそうだ。
まあたしかにわたしたちのデートなんてどちらかの家に集合してまったりそれぞれのやりたいことをやったり(大体読書をしたりゲームをしたり)縁側に出て何かお菓子を食べたり、美味しい和菓子屋があると知ればそのお店まで遠征してみたりだとか、そういったものばかりだ。たしかにこれでは熟年夫婦と言われてもおかしくないだろうと思う。実際うちのおじいちゃんおばあちゃんも似たような生活をしているような気がしないでもない。
だがこれにはわたしたちの性格も関係しているので、実際クラスの子たちのようにショッピングに出向いたりカラオケに行ったりボーリングに行ったりとアクティブなデートを楽しむことはないだろうと思う。


「ねーねー緑間ぁ」
「なんだ」
「緑間ってさ、色白いよね」
「生まれつきだ」
「わたしもそのぐらい白くなりたい」
「おまえも白いだろう」
「わたしのはね、これは長年の出不精によるものだからね」
「自慢できるようなことではないのだよ」


今日も相変わらずこたつにもぐりこんでぺらぺらと小説を捲り続けているわたしたちの姿を見て、わたしたちのことを恋人同士だと思うような人間はいないだろう。母親ですらも緑間を家に連れてくるようになってから3か月ぐらいして「ずっと気になってたんだけど、友達すごく男前ね!」と言って来ていたぐらいだ。その後に友達ではなく一応恋人だと告げたところ驚きのあまり味噌汁まみれのおたまをフローリングに落としたりしていたが、まあ、わたしたちが付き合っていることなんて自ら公言でもしない限りは誰にも知られることはないだろう。傍から見ればただの仲のいい友人だ。正直高尾のほうが緑間とのスキンシップは多いと思う。
だがそれでもわたしたちはうまくやっていると自負している。わたしが読み終えた本をこたつの隅に置くと、緑間は見もしないでこたつの上にあるみかんをうまいタイミングでわたしのほうへ転がしてきた。だからわたしはそれをキャッチして皮を剥き、半分に割る。そしてその半分をそのまま緑間の口に突っ込んでやった。しかし緑間は本を読むスピードを落とすことすらなく一口でみかんを頬張り、無表情のままページをめくり続けるのである。まあこんな感じでまったりと時間が流れていくのがわたしたちのデートである。

だがしかし、すこしぐらいは恋人らしいことをしてみたほうがいいのかもしれないと思わないでもない。わたしはともかくとして緑間は毎日おは朝のラッキーアイテムを持参するぐらいだ。きっとわたしよりはロマンチストに違いない。告白されたのだって部活の帰り道だったとはいえ少し風景がキレイなところでだったし、それなりにこだわりはあるに違いない。まあ、そのこだわりは一般よりもいくらか次元が違うところにあるのだろうが。


「ようよう緑間よう」
「五月蝿いのだよ」
「彼女に対してその一刀両断加減が緑間らしさだね」
「で、なんだ」
「いやーなんかね。唐突なんだけどさ、彼女らしいことしてほしい?」
「急に何を言うかと思えば、おまえにそんな上級テクニックは別段求めていないのだよ」
「待て待て、なんかすげー聞き捨てならない」
「自分でも男女だといつも口にしているではないか」
「自分で口にするのと第三者から言われるのとではかなりダメージの差が大きいと思うんだよねー」
「知ったことか」


微塵も興味がなさそうな顔をしながらでもわたしの話に相槌を打ってくれる緑間はやさしいのだろう。高尾相手ならきっと相槌すら返していないに違いない。そのあたりが分かりづらいながらもわたしへの愛情表現ではあると思うし、わたしたちにしかわからないお互いを特別と思い合っている証拠のようにも見えてたしかに気分は悪くないのだが、わたしが言っているのはこういうことではないように思う。
例えばの話だ、家に遊びに来るたびにわたしがケーキやクッキーを焼いて緑間を迎えるような女の子だったなら多少は違うだろう。本を読むだけで家の外に出る気などまるでないからといってスウェットでこたつにもぐりこむような底辺でなければまた違うだろう。そうは思うが、そんなわたしはわたしではないようにも思う。前髪だってヘアバンドですべてあげてしまうような女だ。緑間はどうしてこんな女相手に幻滅したりしないのだろうかと思わないでもない。
まあそれも緑間いわく「最初から全部見ているだろう。幻滅などいまさらないのだよ」だそうなのだが、まあそれもそうである。わたしたちは同じ部活だし、マネージャーとして合宿に赴いたことだって何度もある。そういったとき、先陣を切って男子たちの部屋に乱入してトランプゲームをしようとしたわたしの姿は、毛玉の付いたスウェットにヘアバンドでおでこ全開というなんとも潔い姿だった。他の女子たちはかわいらしいパジャマや部屋着を着ていたというのに、高尾にはなんとも笑われたものだ。まあ緑間のキャップにも相当笑わされていたようだが。

だがこうしてみるとわたしたちは案外似た者同士でうまくやっていけているのではないだろうか。自分をいいように見せようという意識がベクトルは違えど一切ない。今度はせんべいを貪り始めたわたしの顔をちらりと見た緑間は、せんべいによって横に引っ張られたわたしの顔が愉快だったようである。小刻みに本を持っている手が震えていたが、なんだかもう、こんな些細なことが幸せで仕方がないのだから、緑間があまり期待していないのならわたしはわたしのままで、彼女をやっていればいいのではないかと思えてきた。
こたつの中で緑間のやたらと長い脚の上に脚を乗せる。しかし緑間は何も言わなかった。ただ、もぞもぞと脚を動かして平坦にし、わたしの脚がヒーターに近くならないようにしてくれた。


「いい彼氏を持って幸せだわー」
「俺こそそうなのだよ」
「え?わたしがいい彼氏?」
「こんなに一緒にいて落ち着くようなやつは他にはいないのだよ」
「趣味が似通ってるからね」
「それに菓子はともかくとして、おまえの作る料理はうまいのだよ」
「え、どうしたのどうしたの。今日は褒めちぎるじゃん!」
「彼女らしいことがしたいと言っていたのはおまえだろう」
「まあそうだけど。そんなこと言ってたらじゃあ嫁にでも貰えよって言っちゃうぞーいいのかおまえースウェットおばけだぞー」
「毛玉だらけのスウェットでも、額を全開にしていても、それでおまえが快適ならなんだって構わない。俺はただ、俺と一緒にいることでおまえにも安らぎを感じてほしいだけなのだから」


そこらのやつらのように華やかな場所には連れて行ってやれないが、おまえが行きたいなら今度連れて行ってやる。と気恥ずかしそうに呟いた緑間のページをめくる手はさっきから止まったままだ。


「んーん。わたしはこのままで十分幸せっていうか、今が一番幸せなの」


そうか、と頷いた緑間がわたしの頭を撫でる。大きな手がぎこちなくわたしの髪を梳いて、真っ赤に茹で上がったタコみたいな顔色をした緑間の顔が、緊張の面持ちでわたしに近付いてくる。ああ、もう、この瞬間この場所に、世界中の幸福が敷き詰められているかのようだ。
毛玉だらけのスウェットだけど、寝癖もついたままだけど、今、きっと、わたしが1番世界で幸せな女の子なんだろうなあ。

(15.0329)

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