いくら旧友が所属しているからとはいえ、ろくに訪問したこともなかったようなファミリーのアジトへ向かうのにも慣れたものだ。もう今となっては門番ですら俺の顔を見ただけで門を開け、なまえがどこにいるかを教えてくれたりするようになった。まあそうしなければヴァリアー幹部に胸倉を掴まれながら彼女の所在を尋ねられるのだから、彼らも学んだのだろう。インカムで俺の来訪を告げている門番の男の声を聞きながらアジトへ足を踏み入れる。するとヴァリアーとは似ても似つかぬ花や緑で彩られた立派な庭園が現れて、たしかに彼女にはこういった場所が良く似合っていると思ってしまった俺はよっぽど彼女に惚れているのだろう。前まではこの庭園など、趣味が悪いとしか思えなかったというのに。


「なまえ、いるかあ?」
「いるわよ、インカムであんたが来るのは知らされてたんだから」
「わざわざ迎えに来てくれるなんざ優しいじゃねえかあ」
「でなけりゃヴァリアーの隊服着こんだ幹部が廊下を大きな音を立てて歩き回るんでしょ。うちの隊員が怯えちゃうから、可哀想だから来てあげたの」
「俺に早く会いてえからの間違いじゃねえのかあ?」
「勝手に言ってなさいよ」


前まではそんなわけないでしょと冷たく睨まれるか、いっそあの鮮やかなハイキックを頭部にお見舞いしようとしてくるかのどちらかだったはずだ。だというのに彼女はそれを否定することなくくるりと踵を返し、自室へと帰っていく。その背中を追うようにして進んでいけば、彼女はその途中途中で自分の隊員にいくつかの言伝を残すと、そのまま自室の前までたどり着き俺を部屋に招き入れた。今日はどうやら仕事をするつもりはないらしい。きっちりと結わえてあった髪を解くと、彼女は乱雑にジャケットをコートにかけた。そして俺に適当に座るようにと伝えると、さっさとお茶の準備とやらにかかっていたが、それもほぼ最後まですすめられている形でセットされていたものだから、この女のなんとも言えない可愛らしさにさらに惚れ直す形となった。


「俺が来るのそんなに楽しみだったのかあ?」
「新しく入った茶葉を試したかっただけよ」
「わざわざ俺が来るときにとっておくほどかあ?」
「せっかくだから」
「素直じゃねえなあ」
「そんなわたしを好きになったんじゃなかったの?」
「それも間違いねえなあ」
「で、今日も仕事を抜けてここへやってくるほど暇だったの?そんなに暇ならわたしたちのところの仕事も手伝ってほしいぐらいだけど」
「残念ながら暗殺以外は管轄外だあ。殺してやりてえやつがいたらプライベートでも仕事でもいつでも言ってくれえ。俺自らその任務についてやるからなあ。あと、おまえのために時間を割いてんだ」
「わかってるわよ、そんなこと」
「嬉しいかあ」
「すこしね」


いつまでも置いておくと、茶葉が痛むから。なんて、それなら俺が来る前に一人でその茶葉とやらを楽しめばいいものを、彼女は茶の味なんざよくわからない俺相手にでも自分が美味しいと思うものを振る舞いたいと思ってくれている。こんなふうにもてなされたのははじめてだ。今までの女たちは揃って高そうなワインを俺のためにあけ、ちょうど酔いが回ってきたころになんとかベットに連れ込もうとするような女ばかりだったし、俺もそれが当たり前なのだと思っていた。どいつもこいつも昼に会うような女ではなかったように思う。だが、彼女なら昼に会ったって夜に会ったって、いつ会ったって楽しいんだろう。慣れないことをしているという自負はあるが、裏社会に染まりきらない彼女と接するのは心地が良かったし、彼女のためにと紅茶やそれに合う菓子なんかを覚えては持参したりするようになるなんて、俺自身思っても見なかった。
そして彼女は俺が持参した菓子を受け取るとそれを切り分け、俺の前に置いた。品のいい皿に盛りつけられた菓子は俺が持ってきた時よりもうまそうに見える。だからそれを小さなフォークで口に運ぶ。俺には甘すぎるが、きっと彼女はこういう味が好きだろう。その証拠に彼女はどことなく嬉しそうな顔で一口一口ケーキを口に運んでいる。


「あ」
「ん?」
「次はお菓子持ってきてくれなくていいからね」
「なんだあ?何か菓子があるのかあ」
「いや、次は焼こうと思って」
「おまえ菓子なんか作れるのかあ」
「嫌なら食べなくてもいいよ」
「そんなわけねえ、楽しみにしておくぜえ」


その瞬間、彼女はふっと微笑んで恥ずかしそうに目を伏せた。そんな表情の変化は、俺だけのものだ。彼女が忠誠を誓っているキャバッローネのボスにだってくれてやるつもりはない。

(15.0720)

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