小学校だろうが中学校だろうが高校だろうが、クラスに1人ぐらいはまるで口裏でも合わせたのかと思うほどモテる人間が男女問わずいただろう。たとえば運動ができるだとか気さくだとか、可愛い顔をしているだとか、それぞれの利点があるのだろうが、きっと彼らがモテるための条件はいろいろあって、そのすべてをわたしは満たしていないことは自覚していた。自慢ではないが、15年間彼氏の1人もできたことのない人間だ。これから先もしばらくは更新することになるだろうと思っていたし、せめて高校に進学すればその歴史にピリオドを打つことができるだろうかと溜息を吐いたことだってある。
だがだからといってこんな展開は求めてはいなかった。


「おい」
「なによ」
「おまえのラッキーアイテムだ」
「いらんわ。え、なに、しかも結構でかいんだけど。邪魔だね?」
「いいから持っておくのだよ。今日は不吉なことが起こりそうだからな」


相変わらずの仏頂面でわたしに世界一有名なネズミのばかでかいヌイグルミを手渡してきた緑間の手からそれを半ば乱暴に受け取らされたことから始まるわたしの一日は、ぶっちゃけラッキーアイテムのせいで最低なものになる。だが、それをわたしは知らなかった。低血圧よろしくのぼんやりと冴えない頭では、このヌイグルミ抱えてまじで一日歩かなきゃいけないのかだるいな程度にしか考えていなかったである。


「おはよーなまえっち!今日どうしたんスか?超メルヘンなもの抱えてるじゃないスか」
「緑間に朝の挨拶前に渡されたんだよ」
「今日のなまえっちのラッキーアイテムっスかね?」
「さーどうだろ。わたし朝のニュースはおは朝派じゃないからな。でもこいつはあのキャラたちの中で一番好きだよ。なんか可愛い」
「へー覚えとくっスよ!」
「黄瀬はあれだよね、あのハチミツ熊に似てるよね」
「こんなにスタイルいいのに?」
「いや、色が」
「髪の色しか見てないっスよね!」


朝っぱらからきゃんきゃん吠える黄瀬のことはまるで無視するとして、こんなでかいヌイグルミをどうすればいいのか。ラッキーアイテムだからといって気合が入りすぎているのではないだろうか。大体のサイズしか分からないが、幼稚園児ほどのサイズのあるヌイグルミは今日終日ロッカーの上で座ってもらうことになるかもしれない。とてもじゃないが机の横におけるようなものではないし(予想でしかないがかなり高価なものだろうと思う)きっと先生だってバスケ部の緑間ですと言えば納得してくれるだろう。
ちなみにどうして緑間や黄瀬と仲がいいのか。それはわたしにもいまいち分からない。たしかにわたしはバスケ部ではあるが、男子と女子では顔を合わせる機会などまったくないし、黄瀬はまだクラスが同じだから話したことぐらいあったかもしれないが、そこまで仲よくなるほどのものではなかったと思うし、緑間とは一時期図書委員の当番がかぶっていたことがあったからいくつか言葉をかけてみたが当時はすべてスルーされていたぐらいだ。まあ、クラスの女子たちいわく「どんな理由でもあんなイケメンと会話ができるだけでいいじゃん」だそうなのだから、女子っていうのはお気楽である。


「えーヌイグルミなんて俺がいくらでも買ってあげるっスよ」
「やめてよわたしの部屋狭いんだから」
「なまえっちと同じぐらいのサイズのやつ買ってあげるっスよ!!」
「だから聞いてたかなわたしの話?狭い部屋になんで165cmのヌイグルミが入ると思うんだよ。軽いホラーだわ。そのサイズだと全然可愛くねえわ」
「まあまあそう言わず!」
「黄瀬って毎日楽しそうだね」
「褒め言葉っスか?」
「受け取り方次第かな」
「なら褒め言葉ととるっス!」
「なんかあれだね、可愛いねあんたって」


犬みたいで、とは言わなかったが、きっと黄瀬に尻尾があったなら千切れんばかりに振り回していたことだろう。クラスの女子たちは黄瀬のことを爽やかでかっこいいと騒いでいたけれど、今のところ黄瀬にかっこよさを見出したことはない。いや、やっぱり授業中だとか部活中だとか集中しているときの顔はかっこいいとも思うし、なんだかんだでかなり整った顔をしているなあぐらいの印象は受けるのだろうが、なんというか、こうして笑っているのを見ると愛嬌があってまるで小さな子供のように思ってしまうのだ。身長は190近いが。

まあとりあえずジュース買いに行くから、と黄瀬を追い払い自販機に向かう。3時間目の休み時間にアップルジュースを買いに行くのはわたしのお決まりなのだ。誰にも邪魔されたくはない。しかし、3時間目の休み時間に自販機にやってくるのがお決まりの奴はもう1人いる。だからわたしは片手をあげてそいつに挨拶したのだが、あの男はそれなりに気さくな男だ。眠たそうな顔のままわたしに片手をあげて挨拶をし、食べている袋からポテトチップスを一つわたしに差し出してくれた。…別に食べたいわけではなかったが、紫原から食べ物を渡されるのは親しみを感じている証拠らしいと黒子から聞いたことがあったので一応受け取っておくことにする。


「なまえちん聞いたよ〜」
「なにを?」
「みどちんからヌイグルミ貰ったんでしょ?アホみたいにでっけーの」
「そうだよ、アホみたいにでっけーんだよあれ。超邪魔だからどうにかなんないかな」
「昨日部活の後に散々さっちんと遊んじゃったからかな。みどちんも本格的に焦り始めてきたね〜。ごめんねなまえちん」
「何が?」
「分からないならいいんだけどさ、黄瀬ちんはいいけど、赤ちんには絶対にあのヌイグルミみどちんから貰ったって言ったらダメだかんね」
「え、いや、だから何で?」
「若いってことじゃん?」


いやおまえも同い年だろ。そんな言葉を残して紫原は逃げるようにしてどこかへと去ってしまったが、どういうことなのだろうか。良く分からないが、バスケ部内でもいろいろな波乱はあるらしい。自販機から教室に帰ってくるまでで飲み干してしまったアップルジュースのパックを廊下のゴミ箱に放り投げると、教室のドアを開ける。するとそこには巨大なヌイグルミを中心に話をしている巨大な男が2人と平均的な男が1人いた。


「誰が平均的だ」
「いてっ」


なぜか心の声が漏れて赤司にデコピンをくらわされたが、それはそれでこの際置いておくことにする。


「ていうかどうして3人で集まって会議してんの?部活の話ならわたしの席でやらなくても部室行ってやりなよ。はっきり言うと邪魔だよ」
「おまえが主役だからな」
「そうっスよなまえっちー!」
「え、わたしが?」
「おまえ、これを真太郎から貰ったそうだな」
「貰ったっつーかレンタルじゃね?」
「俺はこれをあげたつもりなのだよ」
「貰えねーよこんな高いやつ」
「値段はたいしたことはなかったのだよ」
「これだから金持ちってやつは」
「値段はたいした問題じゃないだろう。問題はこれをおまえが受け取ったということだ」
「えーー…なら返すわ…」
「このキャラが好きだと言っていなかったか?」
「いや、好きだけどさ、こんなことになるならさ、やっぱ貰えないっつーかさ…なんかめんどくさいっていうかさ…」


ごにょごにょと口ごもるわたしを見て大層お怒りの赤司が何を考えているのかなんて分からないが、どうやらわたしは紫原の忠告を守れなかったらしい。おそらく黄瀬が言いつけたのだろう。何が悪いのかは分からないが、部員の財布事情まで管理するのが部長の役目なのだとしたらそろそろあいつは過労死で倒れるんじゃないかと思う。


「だから俺たちも1つおまえに何かをプレゼントしようと思う」
「どういう理屈なのそれ?」


どうやら財布事情を管理しているわけではないらしい。


「そうやって欲しい物を聞いてからプレゼントするのなら、俺は聞いていなかったのだからもう1度プレゼントできる権利があるのだよ」
「緑間っちはダメっスよ!抜け駆けしたのはあんたっしょ!」
「そうだよ真太郎。抜け駆けはダメだ」
「いやいやいや、まるで理解ができない。どうしてあんたらこぞってわたしにプレゼントしたいわけ。別にわたし誕生日でもなんでもないだけど!」
「単純になまえっちの気を引きたいだけっスよー!」
「は?なんでわたしの気を引きたいの」
「え」
「ん?」
「…本気で言っているのか」
「天然もここまでくると一級品だな」
「散々な言い草だなおまえら」


しかしここまでくると、わたしでももしかしたらそうなのかもしれない、なんて疑惑も出てくる。だがもう1度考えてほしい。わたしは特に可愛くもなければキレイでもないありきたりな女子中学生であって、ただ中学生のわりには身長が若干高めかな〜女子のわりには割とサバサバしてるほうかな〜ぐらいの評価しか受けない、ただただどこにでもいるモブBだ。だがわたしの目の前にいるやつらは違う。どいつもこいつも超ド級のイケメンで、ファンクラブなんてものがあるぐらいモテるやつらだ。まあたしかに癖の強いやつらばかりだけれども、それでもわたしとはまったく違う次元の人間であることに変わりはない。
だというのに、今わたしに何が起こっているのか。
もうわたしは緑間から朝貰ったヌイグルミを抱きしめて、やつらの止まらない話を聞き続けるしかなかったが、今思えばこれはラッキーアイテムでもなんでもないと思う。3時間目の休み時間は終わっているのに教室に赤司がいることによってあっという間に4時間目は自習になってしまったし、話し合いは続行させられているし、ぶっちゃけこれはわたしに悪夢を運んできただけに過ぎない。


「おまえは俺に好かれるのが嫌なのか?」
「正直に答えてほしいのだよ」
「それとも他に好きな人でもいるんスか?」
「いるって答えたらどうなるの」
「いやいや正気?そいつより絶対俺の方がいい男っスから!」
「俺だっておまえを幸せにするのだよ!」
「俺のほうがこいつらより大人だよ」
「赤司は大人すぎるんだよ」
「俺じゃ不満なのか?」
「っていうかなんでわたしのこと好きなのあんたら!そんなに接点なかったでしょ!軽々しいんだよ!男ならもっと硬派にこいよ!」


たしかに何度か話す機会ぐらいはあったが、わたしからすればいきなり親密になろうとしてきたやつらばかりだ。赤司は1年のころから委員会活動で一緒になることがあったから(赤司は万年委員長だし、わたしも投票制でやむなく委員長にさせられることが多々あったりする)まだわからなくもないけれど、黄瀬や緑間なんて冗談としか思えない。…いや、赤司も委員会活動中はわたしのことをパシリと勘違いしているのかと思うほど笑顔でこき使ってくれたものだから冗談としか思えないのには変わりないのだが、それでもここまで言ってくれるのなら理由ぐらいは聞き届けないと信じられるはずもない。だからこれでもし理由を言えなかったのなら冗談はやめてくれよと笑い飛ばせることができると信じていたのだ。
2分前までは。


「なまえっちは俺がモデルだからって特別扱いなんてせずに、ただのクラスメイトとして接してくれたし、俺の周りにいる子たちはフルメイクで香水振りまいてるような子たちばっかりなんスけど、なまえっちはメイクしたりしないじゃないスか。いや、メイクしてくれてもいいんスけど、すっぴん可愛いな〜とか笑ったときのあどけなさがすげえいいな〜って思って、そっから仲良くなろうと思ったんスけど、仲良くなったら仲良くなったで、言葉はたまに乱暴っスけど周りのことよく見てるしなんて優しい子なんだろって。もう完璧惚れたっス」
「他の女子たちは俺のことを気味悪がったり怖がったり遠目から見るだけだったのに、おまえは話しかけてくれたのだよ。あまり女子と話すことがないからな、図書室にいるときはせっかくおまえが話しかけてくれているのに、ほぼおまえの言葉に返すことはできなかったが、う、嬉しかった。それにおまえの話はよく本を読んでいるのが分かるぐらい知識豊かで興味深かったのだよ。だからもう1度声をかけにいったら、おまえはあのとき態度の悪かった俺に対して態度を変えることなくあのときのように接してくれた。それから、もっともっとおまえと話をしたいと思うようになって、気が付いたら好きになっていたのだよ…!」
「おまえは俺に対して媚びたりしなかったし、俺がどれだけ横暴な態度をとっても不機嫌になったりしなかったからね。たまに抵抗したり心から手伝ってくれたり、そういう対応が嬉しかったんだ。俺のまわりは俺が言うことは絶対だと思っているところがあるからね。バスケも俺たちのことを天才だと妬むのではなく、おまえは純粋に羨ましいと言ってくれるし、俺たちのようになりたいと見学をしたり自主練習をしたりしているだろう。おまえのそういう真摯なところが俺はすごく好きだ」
「思いのほか恥ずかしいわこれ!!!!」
「おまえが言えと言ったのだよ!!」
「言ったけど!緑間顔真っ赤だな!ありがとう言ってくれて!」


赤司の落ち着きと比べればたしかに黄瀬もすこし照れているように見えるけれど、緑間の完熟トマトっぷりは本当にすごかった。髪の毛も緑色だから余計にトマトに見えてしまって、なんとかして耐えようと思ったのだがどうしても笑ってしまう。そんなわたしを見て緑間は必死に顔を隠そうとしていたのだが、そのときの緑間の手のサイズと顔のサイズを見てしまって何だか笑いが引っ込んでしまった。ああ、こいつらは恵まれし美形なんだなとつくづく思う。どうしてそんなに顔が小さいのだろう。バスケプレイヤーとしてこいつらのバスケの才能を妬んだりはしないが、女子としてこれは素直に妬む対象である。


「さて、おまえは誰を選ぶ?」
「え?」
「俺とかどうっスか?いろんなとこ連れてってあげるし、楽しいこといっぱいしようよ。ショッピングとか全然長くても大丈夫っスよ!」
「いやわたしショッピング超短いし…っていうかわたしはこの中の誰かを選ばなくちゃいけないの?」
「それはそうなのだよ。それにこんな大騒ぎになって他におまえに告白しようと思う男など、この学校に在籍している限りいるはずがないだろう」
「それもそうだけどさ。え、でも恋愛って自由じゃなかったっけ」
「後から好きになったっていいんだ」


ただおまえが傍にいてくれれば、とわたしの髪を撫でる赤司の指先に触れられた瞬間に、今までにこんなに早く走れたことがあっただろうかと思うほどの軽やかさで駆けだしたこの脚力は、今ならこの間の全国総体で全国2位に輝いた陸上部の相原さんにも匹敵するかもしれない。だが、わたしのそんな全力疾走なんてあのフィジカル面では化け物としか言いようがないバスケ部の前では子供のかけっこだろう。楽しそうな笑い声とともにわたしを追いかけてくる赤司たちから逃げている間、途中すれ違った紫原の教室では紫原が気の毒そうな顔をしながらわたしに手を振っていたけれど、いつかあいつのポテトチップスを袋の上からバリバリの粉状にしてやるからな、と思いながらもわたしは誰1人として味方のいない廊下を走る足に力を込める。

ただ、ただ1つだけ誤算なのは、今までただ仲が良い男友達だとばかり思っていたあいつらが、あんなふうにどこか苦しそうな、または嬉しそうな顔をしてわたしへの想いを口にするもんだから、わたしも、顔が、熱い。

(15.0112)

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