毎日朝から夜まで働いて与えられる給料なんてたかが知れていて、考えるのも憂鬱だ。こんなとき、いっそのこと畑でも耕して悠々自適に自給自足ライフでも謳歌してやろうかと思うこともあるが、そうなれば電気やガスすらも何か代わりになるものを自分で調達しなければいけなくなる。だからまだ思いとどまっているが、おそらくわたしの思う中で1番理想的な生活を送っているのは銀時なのではないだろうか。


「銀時っていいよね」
「ようやく俺のかっこよさに気付いたか」
「決まった時間に起きなくていいし、なんだかんだでそれなりに生活できるだけの仕事はあるし。最高じゃん」
「ちょっと待って、俺が自堕落な生活してるみてえな言い方やめてくんない?」
「規則正しい生活ってわけじゃないでしょ」


休みの日に銀時の家に遊びに行ったりした健気な彼女を出迎えることもなく布団にくるまっているだなんてのは実によくある話だ。現に今日も銀時はわたしが到着する時間に起きることができず、今も寝癖がついたまま眠たそうな顔でわたしと向き合っている。まあ、今回はあまりにも銀時が起きないということでイラついた神楽ちゃんに目覚まし時計を叩き割られたことが原因だそうなのだが、それにしてもどうしてわたしが来ると分かっていながら夜更かしをしたのか。そこがまず考えられなかったが、それでも銀時に文句を言ったところで直接的な解決には何もつながらない。もしこれで聞き分けよく言うことを聞いてくれるような男なら、今頃こんなことにはなっていないのだから。

しかしその代わりといっては何だが、銀時は細かいことを一切気にしない。外で待ち合わせをしているときにわたしが遅刻をしても嫌味も言わないし、仕事の終わりが遅いときはわたしから言ったわけでもないのに会社の近くで待っていてくれてスクーターで家まで送ってくれたりする。多少忙しさにあてられて八つ当たりのようなことをしたところで、笑いながらわたしを抱きしめて、最後には笑わせてくれる優しい男だ。
こういうところがあるからわたしは銀時から離れられないんだろう、と思いながら、わたしが淹れるよりも美味しいであろう銀時が淹れてくれたお茶を一気に啜る。本当に手先だけは器用だ。何をやらせても大概のことはうまくやってのける。


「まあ、おまえ朝弱いもんな」
「医者にも朝辛いでしょって笑われるぐらいだからね」
「健康的な食生活を心がけろっつーことだよ」
「やだ。好き嫌い多いから」
「子供みてえなこと言うんじゃありませんー」
「銀時だって好きなものばっかり食べるじゃん」
「俺は結構我慢してる方なの!これでも!」
「カップラーメン楽なんだもん」
「俺の手料理でよけりゃ作ってやっからよ」
「うん。それ期待してきたから」


はい、とポストイットつきのレシピ本を渡してやれば、銀時は慣れた様子でそれを捲っていく。最初に銀時の手先の器用さを知ったときに、もしやこいつは料理もできるのではないだろうかと思ったわたしは、それ以来こうして休日には銀時のところへやってきてレシピ本を渡してやるのだ。そうすれば銀時はよほど難しいものでなければ割と簡単に作ってみせる。壊滅的に料理のできないわたしからすれば神様のような能力だ。だが銀時としてはたまにはわたしの手料理が食べてみたいそうである。しかし、料理はする気にはなれない。いつかはできるようになりたいが、それは今ではないというのが昔から変わらないわたしの意見である。

そして銀時はある程度めぼしい料理を見つけたらしい。そっとレシピ本を閉じるとそれを机の上に置いた。そうしてごろりとソファに横になる。漫画でも読むのだろうか、と思ったが、今日はどうやら違うらしい。わたしのことをまるで猫でも呼ぶみたいにちょいちょいと手で招くと、近付いたわたしの身体を軽々と自分の上に乗せてしまった。


「ちょっと待って、まだ寝るの?」
「俺じゃねーよ、寝るのはおまえ」
「なんでわたしが?」
「クマすげえぞ」
「化粧で隠してきたのに!」
「俺は化粧を見抜ける目の持ち主なのー」
「えー気持ち悪い」
「最近仕事忙しそうだし仕方ねえだろ」


そう言いながら優しくわたしの背中を撫でる銀時の手は温かい。まるで子供みたいだ。そう言ってやったらきっと「俺は永遠の少年だからな」なんてもうすぐ三十路になるような男が平気で吐き捨てたりするんだろうけど、この手は魔法みたいにすぐわたしを眠りに落としてしまう。せっかく会えたのに。もう少し話したいのに。そう思うけれど、きっとわたしは眠ってしまった方がいいんだろう。起きていると銀時に悲しいことを言ってしまうかもしれない。
うとうとと遅い瞬きを何度か繰り返すようになったころ、銀時はぎゅう、と息苦しく感じるほど強くわたしの身体を抱きしめた。それに少し息を詰まらせながら銀時の方へ顔をあげると、銀時はわたしの額にまるで子供にするみたいにキスをするものだから笑ってしまう。もうこんなキス1つで照れるような関係じゃないけれど、銀時はいつだってこうやってわたしを甘やかしてくれる。


「なまえがそうしたいってんなら、仕事辞めて俺の家で悠々自適に暮らしてくれてもいいぜ?」
「そんなんできる収入状況なの?」
「ただでさえ神楽っつう大飯食らいがいる状態でもどうにかなってんだ。おまえが1人来るぐらいたいしたことねえよ」
「はは、そうしちゃおうかな」
「そうしたらずっとおまえと一緒にいれるしな」
「わたしも万事屋銀ちゃんの仲間入り?」
「事務仕事はおまえの仕事な」
「いいね、それ、得意なやつだ」
「つうか寝ちまえよ。眠いだろ」
「でももうちょっと話したい」
「いくらでも話せるだろ。まだ昼にもなってねえし、晩飯も食ってくならいっそ泊まってけ。まだまだ時間はあんだから、ちょっと昼寝するぐらい構わねえよ」
「銀時潰しちゃうけどいいの?」
「おまえぐらいで潰れるような軟弱な身体してませんー。潰せるもんなら潰してみやがれってんだ」


だから、起きたら少し散歩に行って、そのついでに買い物して、少し眠って気が楽になったら、そんときどうするかもちょっと考えてみたらいいじゃん。銀さんと一緒にいたかったら、ずっといてもいいぜ、なんて、軽い口調で口にする銀時の言葉が想像以上に甘くて、もしかしたらわたしはもうずっとここにいることになるのかもしれない。
そう思いながら眠るわたしの夢の中で、銀時は漫画を読みながら時折わたしのほうを見て嬉しそうに微笑んだ。

あの顔が見られるなら、わたし、すべてを捨ててここにきてもいいかもしれない。なんて、安直すぎるだろうか。

(15.0301)

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