来る日も来る日も始業時間から就業時間までキッチリ働いて、たまには残業もして、仕事中の楽しみといえば職場にある自販機で好きなジュースを買うことかデスクの中に入れっぱなしにしてあるお菓子コレクションの中から何か好きなものを見繕って食べることぐらいだなんて、わたしの生活は最近いよいよ枯れてきているような気がする。だがまあそれも職場の後輩いわく「いいじゃないですか、イケメン外国人の彼氏がいる時点でかなり勝ち組ですよ!」だそうなのだが、そのイケメン外国人はほとんど外国にいるのだ。会いたい、なんて理由だけじゃそうそう会うこともできないような距離感にわたしたちは阻まれている。だが彼は意外にもかなりマメな男なので1日の終わりには何があっても電話をくれる。もはやスクアーロからの電話だけで1日を乗り切っているといっても過言ではないほど、わたしの1日のエネルギー源は90%以上がスクアーロからによるものである。


『今日もえらく疲れた声してんじゃねーかあ』
「あー今日もあの後輩ちゃんやらかしてくれたからね」
『またかあ。今度は何やらかしたんだあ』
「課長に持ってくお茶、課長の書類の上にぶちまけた」
『そりゃまたすげえなあ』
「笑いごとじゃないからね!あの書類わたしが作ったやつだったから、またわたしが作り直したんだよ!また残業だよ!」
『おーおー今度日本に行ったときは盛大に甘やかしてやっからなあ』
「わたしイタリアに行きたい…」
『有給とれそうなら来い。いくらでもイタリアを案内してやんぞお』
「わーテンションあがるわージェラート食べたい」
『隣に色男でも連れりゃテンションもあがんだろお』
「自分で言っちゃうあたりが憎いよね」
『事実だろうがあ』
「まあたしかに」


どうしてスクアーロとお付き合いなんてものをするようになったのか、なんてのは、わたしにだって分からない。これこそまさにご縁があって、というやつだ。沢田は驚いて慌てふためいていたけれど、どうやらわたしと付き合いだしてからスクアーロは優しくなったと裏社会ではもっぱらの噂らしい。まあその変化はヒットマンとしてよろしくない変化なのかもしれないが、沢田も嬉しそうだったしわたしも幸せだし、とりあえずはよしとする。
しかし電話の向こう側で自分だって疲れているだろうにわたしの愚痴を引き出して笑わせてくれるスクアーロの男前っぷりにはほんとうに涙が出そうだ。どうしてこんなにいい男がわたしの恋人でいてくれるのか。世の中にはたくさんの不思議があるが、これほど不思議なこともそうないだろうと思う。わたしだってもし男だったら、こんなふうに恋人と電話しながらベランダで缶ビールを煽るような女の恋人にはなりたくない。

だがスクアーロは酒が好きなところも含めてわたしのことをいい女だと言ってくれる。というより、ベルいわくスクアーロはわたしであればもうなんだっていいのだろう、とのことだ。これほど光栄なことはないが、ここまで愛されるとなかなか照れくさいものもある。わたしは情熱的なラテンの国出身ではなく、慎ましい謙虚さが売りの日本人なのだ。…ただ酒に酔っているときはすこしばかり開放的かもしれないが、それはそれである。


「あーわたしもイタリアとまでは言わないからせめてヨーロッパに住んでたらなー」
『ヨーロッパまで来るならイタリアまで来い』
「たしかにそれ言えてる」
『寂しいのかあ?』
「当たり前。もう毎日会いたいし触れたいし抱きしめてもらいたいよ。いっそスクアーロと同棲したい」
『こっちは何の問題もねえなあ?』
「ほんとうに?」
『惚れた女と四六時中一緒にいられんだあ。男としてこれ以上幸せなことはねえだろうがあ』
「やー何されるかわかんないなー」
『いっくらでも満足させてやっから、期待しとけえ』
「あはは、その台詞がセクハラになんないのってスクアーロだけだよねほんと!」
『…疲れてんなら、いつでも会いに行ってやる』
「スクアーロだって、疲れてるでしょ」
『惚れた女にそんなふうに甘えられて、踏ん張れねえようなら男じゃねえ』


クツクツ電話越しに笑うスクアーロの低い声が脳に響くのが好きだ。けれどやっぱり、直接スクアーロに触れられる距離で見つめるのには敵わない。笑ったときに皺のできる目元が好きだ。笑うたび震える喉仏から、その下に広がる鎖骨のくぼみも好き。いっそスクアーロの好きじゃないところを探すほうが難しいぐらい、わたしはスクアーロのことを愛している。日本語しか話せないわたしだけれど、スクアーロのためならイタリアに移住したっていいとさえ思うぐらいには心底惚れているのだ。こんな恋を一生のうちにすることになるだなんて、思ってもみなかった。


『だが、中途半端に投げ出す女じゃねえだろお』
「うん、そうだね。まだまだやらなくちゃいけないことはいっぱいあるし、それができるまでは追われない」
『だからよお、もうやりきったって思った時にはすぐに連絡してこい』
「なに、迎えに来てくれるの?」
『当たり前だあ、どんだけ焦らされたと思ってる』
「あはは、わたしに会えなくて寂しいんだ」
『テメエは俺を分かってねえなあ』
「ん?」
『本当なら今すぐにでもテメエを攫ってイタリアに連れてきてえぐれえだ。だが、テメエに惚れてるからこそ、テメエが今まで築き上げてきたモンや大事にしてるモンの価値を知ろうと思う。それをむやみに奪うことはしねえよ』
「…傲慢な人だってベル言ってたのにね」
『ベルに何言われたかは知らねえが、よく覚えとけえ。優しくすんのはテメエだけだあ』


だからすべてやりきったと思ったら、あるいはもう耐えられないと思ったら、いつでもいい。俺に言え。
そう囁くスクアーロの声はいつになく優しくて、思わず泣いてしまいそうになった。だからわたしはそれを耐えるようにビールの缶を強く握りしめて、努めて明るい声で応えるのだ。


「うん、そうする。待っててスクアーロ」


すぐに終わらせるから、と告げればスクアーロは満足そうに電話の向こう側で笑った。ああ、すぐに片づけてやろうじゃないか。そうしてやるべきことをすべて終えたら、すぐにでもイタリアへ行こう。こうして離れた場所で電話なんかでお互いの声を聞いて寂しさを紛らわすんじゃなくて、寂しさなんて感じないぐらい隙間を埋めよう。そのときまでは、お互いの仕事をやるだけだ。
だからそれまでは、こうして寂しさを打ち消し合おう。つらいことだって聞いてほしい。そうして最後には、笑い合っていたい。それを許してくれるスクアーロからの愛があれば、なんだってできそうな気がするのだ。

(14.0824)
ぽんこつ太郎さま、素敵なリクエストありがとうございました!こんな感じでよろしかったですかね…!せっかくなのでOLヒロインにしてみました。もしお気に召さなければまたメッセージにてお伝えいただけますと幸いです!それは本当にありがとうございました!

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -