どんなときでも献身的に尽くしてくれる彼氏、と言えば聞こえはいいが、実際そんな生易しいものじゃないわたしの彼氏の優しさは、時折惚れた弱みなんて生ぬるい言葉では片付かないほど狂気的にも思える時がある。たとえば今なんてまさにそうだ。


「氷室先輩、わたしはどこからつっこんだらいいんでしょうか」
「突っ込むって何をだい?」
「違うよ氷室先輩。ノリつっこみとかのつっこみだよ。物理的に何かをねじ込みたいわけじゃないですよ」
「なまえがやりたいなら俺はなんだって受け入れるよ」
「違うよ馬鹿そうじゃないんだよ違うよ馬鹿」
「馬鹿ってなんで2回言ったの。可愛いなあ」
「大事なことだから2回言ったんですよ…」


ところどころ敬語を忘れてしまうほど混乱しているわたしだが、それも無理はないだろう。ああ、もしここに紫原さえいてくれたなら氷室先輩を退場させてくれたものを。だがそれでも紫原がいないときを狙ってくれたのもある意味氷室先輩なりの気遣いなんだろう。ありがたいが、それならばいっそ行動に移してくれないほうがありがたかった。
ぜえぜえと息をするわたしに向かって満面の氷室先輩が差し出したものは生理痛の薬と大量のナプキンとタンポンだった。


「ていうかどうして保健室に氷室先輩が…」
「教室に行ったらなまえは保健室だってクラスの子が教えてくれたからさ」
「当たり前のようにわたしの教室に来ていいんですか、先輩でしょう氷室先輩」
「なまえのクラスの子たちとも仲よくなったよ」
「そりゃそうでしょうよ、毎日通ってるんですもん。下手したら授業除いたら氷室先輩自分の教室にいる時間よりわたしの教室にいる時間のほうが長いんじゃないですか」
「だって教室にはきみがいないじゃないか」
「いや当たり前ですけど、ああもう…。とりあえず、お腹めちゃくちゃ痛いんですよ。分かりますか?」
「俺が代わってあげられるものなら代わってあげたい…」
「ぜひ代わっていただきたいですけど、あのですね、これ要らないです」
「ああ、薬は副作用がある場合もあるっていうしね」
「なんでそんな当たり前のように詳しいのか…。いや、今はそんなことどうでもいいんですよ。わたしはね、彼氏からこんなふうに生理用品グッズ一式を渡されたくなんてないんですよ!」
「情緒不安定かい?」
「そうかもしれないけど!」
「クラスの子たちの前で渡されるのは嫌だろうから持ってきてみたんだけど」
「デリカシーあるんだかないんだか!惜しい!あともうちょっとなのに!!」


なぜだかそんなわたしの言葉で喜びだす氷室先輩はすこしどころか、かなり変わっていると思う。というかわたしはそこまでおおっぴらな人間ではない。まさか彼氏に自分が生理中だなんて知られたくはなかったし、こんなにもおおっぴらに生理用品を渡されたくはなかったし、それがまたなぜかわたしがいつも使っているものだったのだからいたたまれない。というかどうしてそれを把握しているのか。確認したくはないが、生理中のイライラも相まってかなり頭が痛い。
しかし氷室先輩はテキパキとそれらをポーチに詰め(わたしが持ち歩きやすいように持参してきたらしい。そんな気遣いをする前に自分のメンツを考えてそれらを買うところから思いとどまって欲しかった)薬を飲むための水まで調達しはじめたではないか。…いくら保健室の先生がいないからといってやりたい放題あくせくと動き回る氷室先輩を止める元気はない。どちらかというと生理痛は重いほうなのだ。もうなるようになれ。そんな覚悟を決めて目を閉じると、控えめなノックの音がした。しかし、そんな来客に対応してやるような元気はわたしにはない。用があるのなら鍵がかかっているわけでもないのだから勝手に入ってくるだろう、と微動だにしないままでいると、やはりドアは勝手に開いたのだが、その先にいたのはどうやら紫原だったらしい。


「…なまえちんのカバン持ってきたんだけど、室ちんほんとどこにでも沸いてでんね…俺ある意味尊敬するわ…」
「照れるじゃないかアツシ!」
「いや、俺全然褒めてねーし…。つうかあんた授業はどうしたの」
「おまえこそ授業中だろう?授業にはちゃんと出なきゃダメじゃないかアツシ、ここに何しにきたんだ?」
「いやだから俺カバン持ってきたんだってば。話聞いてた?」
「ああ、そうか!ありがとう、俺が預かっておくよ」
「いやいやいやいや当たり前のように何言ってんの室ちん。あんたは教室に戻んなきゃでしょ」
「こんな状態のなまえを放って授業なんて行けるわけないじゃないか!」
「保健の先生か保健委員に任せりゃいいじゃん」
「俺保健委員だよ」
「いやそうじゃなくてさ…つうか手に持ってんの何?」
「薬と水だよ。なまえがつらそうだったって聞いたから買ってきたんだ。あとこのポーチはサニタリー用品を詰めてきたんだ」
「……うわあ…」


心底気持ち悪そうな声を出す紫原の気持ちは痛いほど分かる。わたしにあともうすこし元気があれば今頃紫原と外国人ばりの熱い握手とハグをかわしていたかもしれない。ぶっちゃけ愛が重いとかいうレベルではない。こんなものは愛とは呼ばない、ただの狂気である。

しかし氷室先輩はここから退室するつもりなどこれっぽっちもないらしい。そんな氷室先輩を見て、紫原も覚悟を決めてくれたのだろう。ガタン、と椅子を引く音がしたあたり、椅子でも引っ張り出してきたのだろうか。今は無理だが、今度紫原にたくさんおやつを買ってあげようと思いながら寝返りを打ったのだが、そんな些細な衣擦れの音だけでわたしが寝返りを打ったと分かったらしい氷室先輩は比較的大声で「いつでも替えはあるからね」なんて言ってくるのだから、わりと本気で死にたい。


「…なまえちんのことマジで好きなんだね〜って言葉じゃどうやっても片付かねーんだけど、どうすんのこれ室ちん〜。俺今日から部活で室ちん見る目さらに変わっちゃうんだけど」
「ほんとになまえは可愛くて罪な女の子だよね」
「ちっげーよそんな話してねーよ今」
「あの子は1日目2日目が1番重いからね。あと今月はすこし遅れてたからいつもより重いんだろうな。かわいそうに。代わってあげたい」
「…聞き間違いなら嬉しいんだけどさ、もしかして室ちんってあいつの生理日とか全部把握してるわけ?」
「?もちろん!本当は基礎体温も知りたいんだけど、それはやっぱり難しいからね。半年分ぐらいのデータなら保管してあるよ!」
「…なまえちんってマジで聖女かなにかなんじゃねーの…俺マジで室ちん彼氏とか無理だわ…」
「ごめんなアツシ、俺はゲイじゃないんだ」
「うちの学校ってそこそこ頭いいはずなんだけどあんたってほんとに進学コースなの?たまに会話できねーんだけど」


カーテンに遮られて向こう側はまったく見えないけれど、がっくりと肩を落とす紫原の姿が見えるようだ。悪い紫原。いつものわたしならまだしも今のわたしでは何の手助けもしてやることができない。どちらかというと逃げたい。もうこんな話を聞くのは堪えられないし、どこの彼氏が彼女の生理周期をほぼほぼ完全に把握しているというのか。顔から火が出そうなほど恥ずかしいなんてとっくの昔に飛び越えて、いっそ爆発して跡形もなくなりたい。
しかし直後の「日本の女の子は経血チョコってやつをバレンタインに男に渡すんだろう?あれ、なまえ自身を俺の身体に取り込めるって感じがして、すごくいいと思うんだけどアツシどう思う?」の言葉に保健室の体感温度が絶対零度まで落ち込んだが、すかさず立ち上がった紫原はそのままわたしのところまでやってくると修羅の顔つきであっという間にわたしを保健室の布団で簀巻きに仕立てあげ、軽やかに肩に担ぎあげ、なんと保健室から颯爽と逃げ出したではないか。だが、そんな紫原の逃亡を黙って見逃すような氷室先輩ではない。もれなく陸上部のエースすら目を奪われるほどのバスケ部のエース対エースの鬼ごっこが始まったわけなのだが、どうやら鬼ごっこは紫原の勝利に終わったらしい。朦朧とする意識の中自室のベッドの中に放り込まれたわたしに紫原は「部屋の鍵しめてね!絶対!!」と言い残し慌ただしく出て行ったが、それでもあれだけドン引きしていたというのに、夜に寮母さんから「彼氏さんが辛い時に傍にいれなくてごめんね、って置いていってくれたわよ」との言葉とともに渡された薬やさきほどのポーチ、他にもわたしの好きなお菓子や生理痛にきくと一般的に言われている食べ物を見た瞬間に、氷室先輩の狂気じみた奇行が愛情表現に思えてきたあたり、わたしも大概頭がおかしいのかもしれない。
まあ後日雅子ちゃんに呼び出されて「紫原が氷室を怖がって部活にならん。どうにかしろ」なんて相談を受けたときはどうしたものかと頭を抱えたが、良くも悪くも彼の手綱を握ることができるのはわたしだけなのだ。
こうなったらもう惚れた者負け。
なまえが元気になってよかった!とまるでわが子が立ち上がった瞬間を目撃した父親のようにはしゃいでみせる氷室先輩の姿を見てときめくうちは、まだ一緒にいようと思う。

(14.0914)
ヤンデレというかただのド変態に…。いつか書き直すかもしれないです…。こんな感じで大丈夫でしたでしょうか…?素敵なリクエストありがとうございました!

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