愛されることがなくても身体だけでもいいのだと言う女もいれば、ろくに触れられることがなくても愛しているとい言葉さえあればいいと言う女もいれば、セックスのない愛など存在しないと豪語する女だっている。まあ、ああだこうだと言ってみたところでこんなものに正解などないのだ。それぞれが納得のいくような考えを貫き通せばいいだけの話だし、考えが合わなければ離れていけばいい。それでも一緒にいたいのなら考えを改めればいい。愛なんて不確かなものを信じるならその程度の代償は致し方のないことである。
だが、裏社会の人間からしてみれば愛というのは厄介であると同時に便利な感情でもある。一番融通がいいのは愛されることがなくても身体だけで満足してくれる人間だ。たった一晩抱かれるだけで思い通りに動かせる駒が1つ増えるなど、これほど簡単なことがあるだろうか。見た目の整ったヒットマンなんかはそれで情報屋の女を雇ったり、娼婦から情報を聞きだしたりしているらしい。だが、それは中途半端な実力のやつらだけだ。既に完成された強さを持って恐れられているやつらはそんなことをする必要がない。当たり前だ。裏社会では誰もが自分より絶対的に強い者に対して逆らえない。そういう風にできている。

ならばどうして彼はわたしを抱くのだろうか、と不思議に思う時がある。わたしは彼より弱いし、彼だってわたし程度の力を必要としているわけでもないだろう。たまに思い出したようにわたしに任務の依頼を渡してくることもあるが、それも他愛のない内容で、きっとわたしでなくても完遂することはできただろうし、いつだってわたしの実力なら簡単にこなせるようなものしか寄越してはこなかった。
だが、彼はわたしに任務を渡し、その任務をこなした後、報告がてらにヴァリアーのアジトへ向かうわたしにまるで褒美をくれてやるかのようにわたしを抱く。その指先はヴァリアーの作戦隊長とは思えないほど優しくて、もしかすると街で歩いている恋人たちはこんなふうにセックスをするのか、なんて思ってしまうぐらいだ。笑ってしまうが、わたしは任務以外で誰かとセックスをしたことがなかった。スクアーロはわたしの初めての男ではなかったけれど、わたしにとっては初めての男のようなものだったのである。
娼婦たちは言う。
「あんなにいい男に抱かれるならわたしなんだってしてしまいそうになるわ。しかも優しく抱いてくれるんでしょう。どんな情報だってあげちゃうわよ」
それを聞いたとき、どれだけスクアーロが価値の高い人間なのかを思い知らされた。本来わたしが抱かれてもいいような人間ではない。裏社会においてその人間の強さが重宝されるのはあたりまえだが、同じぐらい美しさというものもステータスとして含まれるのだ。わたしとスクアーロの価値は明らかに釣り合っていなかった。


「ワインでいいかあ」
「ビールがいいわ」
「ビールが好きなのかあ?」
「今日の気分なだけよ」
「安い酒で酔いてえ気分なんざ、ろくなもんじゃねえなあ」


今日も今日とて任務の報告書を手にスクアーロの部屋を訪れたわたしを、スクアーロはワインなんて出してもてなそうとしてくれた。他に友人がいないのだろうか。それともわたしはそれほど体のいい雑用係なのだろうか。どちらにせよこの行為にどれだけの意味が含まれているのかがどうしてもわたしには見えなかった。
スクアーロから手渡された缶ビールを勢いよく半分ほど飲み下す。するとスクアーロは自分も同じように缶ビールを飲み干した。炭酸はさほど苦手ではないらしい。それをそのまま義手でつぶしてしまうと、新たな缶に手を付ける。そこそこ飲める体質のスクアーロに、酒の飲み比べで勝ったことは一度たりともなかった。だがそれでも今日は潰れるまで飲んでやると酒を煽り続ける。


「どうしたあ、今日は荒れてんじゃねえかあ」
「そんなことはないわよ」
「いつもはそんな無茶な飲み方しねえくせによく言うぜえ」
「…この間のターゲット、恋人と一緒にいたわよ」
「ああ、連絡は受けた。一緒に殺しちまったんだろお」
「そうしたほうが手っ取り早いと思ったからよ。だけど、自分が殺されるって分かっててもあの女はターゲットを守ったわ。ああいう感情って、わたし分からない」
「そりゃあ俺らは殺す側だからなあ」
「きっとそんなふうに身を挺してまで庇うような人間なんて誰もいないわ。わたしはそんな人間を見つけられないまま死ぬのよ」
「それが寂しいかあ」
「すこしだけ」
「庇って守ってやろうなんざ弱えやつが考えることだあ」
「どういうことよ」
「強けりゃ倒して一緒に生き残ろうとすんだろお」


確かにその通りだ、と思った。だが、わたしが伝えたかったのはそういうことではなかったのだ。

セックスをするのに愛などあろうがなかろうがわたしには何の関係もない。こだわりもない。けれど、彼らには大きな問題なのだろう。そうして愛の言葉を交わしあいながら、確かめ合いながらセックスをして、信頼関係を築き上げて、そうしたら、戦う能力もないくせにヒットマンの目の前に飛び出して、勢いだけだとしても命を散らして愛する人を守りたいと思えるような心が芽生えるのだろうか。そんな姿を見て、自己犠牲が美しいとはじめて感じたと言ったらこの男は笑うだろうか、呆れるだろうか。
そしてわたしも感じてみたいと思ったのだ。この薄暗い世界で漂うだけのわたしだが、それでもキレイなものに一度触れれば憧れもする。

身体だけならそれでもいい。ただ、それなら錯覚させるような触り方はやめてほしい。優しくもしないでほしい。ただ、都合のいいときだけに呼び出して身体を貪って、仕事だけ投げ渡してくれればいい。そうしたらわたしは忠実な駒として働き続ける。きっと離れてはいかないだろう。
けれど今日もスクアーロは丁寧すぎるぐらいに優しくわたしを抱いた。何度もわたしを気遣うように見下ろして、くしゃりと髪を撫でた。ああ、やめて、やめてよ、そんなふうに触れられたことなんてない。わたしのことを愛していると言った男はその言葉の裏側にわたしの利用価値を滲ませていた。だというのにスクアーロにはそれが見えないのだ。分からない、ただ、知りたい。


「今日はどうしたあ」
「何が?」
「どっからどう見たって変だろお」


わたしの身体までキレイに拭いてくれてベッドに横になったスクアーロはいつもわたしに腕枕をしてくれる。なぜそんなことがしたいのか、と最初のころは口にしたものだが、そのときスクアーロは「俺のものにしたみてえで気分いいじゃねえか」なんて反論したものだから、そちらがそれでいいのならと甘んじているが、これだってまるで恋人みたいだ。ああ、わたしはきっとほんとうにどうかしてしまったのだ。あんな恋人たちを見てしまったから、気が狂ってしまっているだけだ。きっと夜が明けたらきれいさっぱり忘れて、明日からはもう1度ヒットマンに戻ることができる。こんなふうにただの女みたいに泣きたくなるなんて、一体いつぶりだろう。
だからわたしは固く口を閉ざす。もう眠ったふりでもしてしまおうか。そうしたら余計なことを口走らなくて済む。

だというのにスクアーロはそんなわたしを嘲笑うかのようにわたしの後頭部に手を回し、ちゅ、とまるで学生同士みたいな触れるだけのキスをする。ふにゅ、とスクアーロの肉厚な唇が押し付けられて、至近距離で長い睫毛が伏せられているのがよく見えた。

その瞬間、ほとんど無意識のうちに言葉が漏れた。


「わたしたちは一体何なの」


同時に、しまったと思った。
こんな面倒なことを言うつもりではなかったのに、ほら、見てみろ、スクアーロの目が不審そうにゆがめられている。


「何ってどういうことだあ」
「ただのセフレ?それともこのセックスは買収なの?それならこんなに丁寧にしてくれなくてもいいわよ。期待しちゃうじゃない。悲しくなってくるわ。ああ、ばかみたい」
「セフレだ?買収だ?」
「忘れて。この間のターゲットたちを見てからきっとわたしおかしいのよ。長い間恋人を作らなさ過ぎたのね。安心して、恋人ぐらいすぐに作れるわ。仕事だってちゃんとできる。だから、今のは」


忘れて、と続けた言葉が掠れて言葉にならなかった。しかも最悪なことに視界までぼやけてきてしまって、もう最悪の醜態だ。いい歳をして、しかもヒットマンの女が情緒不安定に泣くだなんて。たとえ一般人でもこんな暴挙は許されないだろう。スクアーロだって戸惑うに違いない。もう今までの優しさは向けてもらえないに違いない。ああ、それは惜しい。わたしはあの優しさに溺れているのが好きだったのに。あれを手放してしまうぐらいならわたしはもうすこしぐらいは、都合のいい女でいられただろうに、どうしてあんなことを口走ってしまったのか。
せめて少しでも醜態をさらしたくない、とわたしは唇を強く噛んでスクアーロに背中を向ける。けれどスクアーロはそんなわたしのささやかな抵抗を許さなかった。さらさらとした肌触りのいいシーツが揺れて、スクアーロの上体が起き上がる。それでもわたしを腕から落とさないようにと気を付けてくれているのが分かった。そしてそのままわたしの髪を少しだけ払って、涙の溜まっている目尻に唇を押し寄せてきたではないか。ちゅう、と音がして、涙を吸われているのだと分かった瞬間、どうしてだか我慢ができなくなってしまって嗚咽が漏れた。こんなふうに泣くのなんて何年ぶりだ。わからないが、声を出して泣きたくはなかった。それだけがわたしの意地だった。ぎゅう、と力強く握りこんだシーツに皺が走る。


「いくつか言っておくことがある」
「………うん」
「任務は嫌なら受けなくてもいいし、セックスだって拒否したって構わねえ。だが、かといって他のやつらに任務を流すことはあってもセックスすることはありえねえよ」
「…スクアーロにとってのメリットって何なのよ。それって、ただ、わたしだけが得をするわ」
「ただ俺がテメエの身体や仕事目的だと思ってんのか?」
「違うの?」
「そんな女相手にわざわざこの俺がその女の生まれ年のワイン用意してやったりすると思うかあ?そう思ってんならとんだ誤解だあ。そこまで暇じゃねえ」


そう言いながらスクアーロはわたしを押し倒すようにして上にのしかかってきた。相変わらず片腕はわたしの頭の下にあるものだから距離が近い、ありきたりな表現だが、スクアーロの吐息がかかるのがくすぐったい。それにわたしの年甲斐もない泣き顔を見て、愉快そうに笑うスクアーロの意地の悪いこと。


「…結局のところ、スクアーロはわたしに惚れてるの?」
「さあな。どう思う」
「はぐらかさないでよ」
「かなりだ」


離れたくても離れられねえよ、そう言われた瞬間に、わたしがあの恋人たちに見て、そしてわたしが欲しがっていたものが何だったのかが分かったような気がした。そうだ、わたしは、ずっとこれがほしかった。わたしでなければならないのだという、いっそ存在理由にも似たものをスクアーロの中に見出したかった。そしてわたしを必要としてほしかった。庇ってくれなくても構わない、ただ、この優しさに理由をつけて、手離さないようにしたかった。

それが、今、叶った。

愛してる、と言われて、泣いてしまった。だが、そんなわたしを見てスクアーロは笑ってくれたから、いいだろう。身体だけでもかまわない、愛の言葉だけでもかまわない、なんて、もう2度と共感できない。

(15.0118)

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