「きーちゃんばっかり相手にして!わたしたちのこと忘れないで!」さつきちゃんは拗ねながら言う。「僕たちの友情なんてその程度のものだったんですね」黒子はどことなく寂しげに言う。「なまえちんも黄瀬ちんも全然秋田来てくんねーし」紫原はしょんぼりとしながら言う。「あー?まあおまえらはおまえらでよろしくやってりゃいいんじゃねーの」青峰はどことなく不機嫌そうに言う。「…もう覚悟を決めるのだよ」緑間は悟りをひらいたような声色で言う。


「あー…もう分かったっス」
「あたしももう分かったわ」
「利口だなおまえら」
「そりゃもうこの流れでこのメンツで理解しねえやつはいないと思うっスよ。なんつうか、赤司っち前科アリだもん」
「僕に前科?なんのことだ?」
「前科あるやつってのはだいたいとぼけるよね」
「まあそんなことはどうでもいいんだよ」


だいたい赤司率いる愉快なカラフル軍団が神奈川へやってきた時点で、ある程度の覚悟は決めなければならないだろう。休日?そんなもんあったっけ?今日ってキセキデーでしょ?そうでしょ?そう自分に言い聞かせるしかない。

だがどうして彼らは定期的にあたしたちのマンションへとやってくるのか。いや、あたしだって中学時代の思い出の懐かしさにひたるときぐらいあるし、あいつらはどうしてるのかなあ、会いたいなあ、と思いを馳せるときだってある。けれど、赤司は京都で紫原は秋田だ。だというのにどうしてこいつらは当たり前のような顔をして神奈川に出現するのか。まるで都内に住んでいるかのような気楽さでこいつらは長距離を飛び回りすぎているような気がする。

そして勝手知ったるなんとやら。それぞれがソファに座ったりテレビを見たりお菓子をひろげたりと好き勝手にくつろいでいる中、赤司はおもむろに懐からなにかを取り出した。…いや、笑えないだろう。もし今あたしが見ているものがあたしの思うとおりのものだったとしたなら、とりあえずあたしは一発や二発ぐらいは赤司の頬を張って目を覚まさせてやらなければならないのではないだろうか。それこそが友情なのではないだろうか。


「えっと、赤司、それはアレかな?黒いキャッシュカードかな?」
「僕がキャッシュカードなんて持つと思うか?」
「持てよキャッシュカードぐらい」
「まあこれはクレジットカードだ」
「く、黒いクレジットカードって斬新っスね〜…。塗ったんスか?塗ったんスよね赤司っち」
「どこのどいつがわざわざクレジットカードを黒に塗りたくるんだ。正真正銘これは黒いクレジットカードだよ。世の中ではこれをブラックカードと呼ぶがな」
「それってあれでしょ、あんた、戦車すらも買えるという、噂の…」
「いや、さすがに限度額はあるぞ」
「ああ、やっぱりそうだよね…」
「まあ僕のブラックカードは戦車ぐらいなら買えるがな」
「ひいいいいい寄らないで!!すぐにそれ財布にしまって!どうするのそんなものとられたら!っていうか平然と財布にいれておかないで金庫にしまって!」
「なまえっち!なまえっち冷静になって!」


自分だって混乱しているだろうにあたしを落ち着かせようと奮闘してくれている涼太には悪いが、こんなものキャパオーバーである。だってアレだ。ブラックカードが目の前で揺れているのだ。しかもそのブラックカードは戦車ぐらいなら買えてしまうらしい。何度でも言おう、戦車ぐらいなら。だいたい戦車がいくらぐらいするのかは知らないが、それ以上の額でも余裕でだせるらしい赤司のブラックカードが買えないものとはいったいなんなのだろうか。


「緑間!そうだよ緑間!こういう場合赤司の暴走をとめるのはあんただったじゃん!どうしてこんな事態に陥ったの!」
「人事を尽くして天命を待ってみたのだヨー」
「なんでちょっと片言風に言ってみたんスか。なんでそんなおちゃめになっちゃったんスか緑間っち。それ絶対高尾くんの影響っスよね!」
「なんかうちの従兄弟がごめんね!」
「考えてもみるのだよ。朝とんでもない轟音で目が覚めたと思ったら、まるでタクシーのように家の前にヘリが乗りつけられていた俺の気持ちを」
「……ヘリ?」
「ああ、ヘリだ」


諦めたくなるだろう、と遠い目をして呟く緑間はきっと悪くないだろう。おそらくあたしだってもし赤司がヘリに乗って家の前に到着なんてしてしまったら、腹をくくるだろうに違いない。だがなんというか、赤司はよくもまあヘリなんて乗りつけてきたな。まあそれも黄瀬いわく「ブラックカードって噂によると24時間いつでもまるで秘書みたいな専用デスクが利用できるみたいっスよ!」だそうなのだから、金持ちの世界ってのはよっぽど理解から遠い世界だと思う。
……いや、それよりもあたしはなにか大事なことを見落としていないだろうか。きっと今気が付いておかないと後々に大変なことになりそうな気がするのだが、ああ、ダメだ。赤司のヘリのインパクトが強すぎてどうにもこうにも頭がまわらない。

すると「あ」と間抜けな声を出して紫原がごそごそとバックからなにかを取り出し始めたではないか。だから自然とそちらへ目を向けたのだが、正直見ないほうがよかったと思う。余計混乱しただけだった。


「じゃじゃーん」
「じゃじゃーんじゃねえよ、なんだよそれ」
「えー?なまえちん知らないー?おんぶひもー」
「いや知ってるけど。知ってるけど、まず大前提として男子高校生の荷物の中からおんぶひもが出てくるのがおかしいんじゃないかな!」
「せっかくなまえのために持ってきたのにー!ねーむっくん!」
「ねーさっちん」
「え…あたし高校生にもなっておんぶひも…」
「…悪いことは言わないのだよ、素直に従っておくべきだ」
「え、っと…嫌だな…」
「死にたくねえなら緑間の言うとおりにしといたほうがいいと思うぜ」
「青峰まで…?」


どうやらあたしは死にたくないなら紫原の背中におんぶひもでくくりつけられておいたほうがいいらしい。ああ、なるほど。それなら死にたくないしおんぶひもでくくられよう!
なんてなるわけがない。
あたしだってもう高校生だ。それなりにプライドがある。さすがに同い年の男の子におんぶひもで運ばれるほど頭が弱いわけではない。…いや、ただ普通におんぶされるだけならかなり魅力的ではあるのだが、それはそれだ。おんぶひもというツールが嫌なのだ。

だが、しばらくなにかを考え込んでいたのであろう涼太は、途端に青ざめた顔をしてあたしの服の裾を引いた。だからそちらに顔を向けたのだが、涼太はえらくしどろもどろになりながらあたしになにかを伝えてくれようとしていたが、どうやら時すでに遅かったようである。


「なまえっち、あのさ「さあおまえたち!屋上へ急げ!」ちょっと待って赤司っち俺言いたいこと途中までしか「オッケー!いこいこー!」ちょっと待って桃っち…ってもういいっスよ!どうせ逃げられないんでしょ!分かったっス!」


ろくに言葉をつむぐこともできないままみんなに連行されるようにして連れて行かれたあたしたちのマンションの屋上は、なんというか、風が吹き荒れていた。台風でもきているんじゃないだろうかと思うぐらい、強烈な風が吹いていた。
いや、現実を見よう。

上空にはヘリが飛んでいた。


「ちょっと待ってー赤司ったらちょっと待ってーうちの屋上にヘリがあるよー」
「たぶんこれで紫原っち拾ってここまで来たんスよ赤司っちは…」
「そんなことできんのかよ…」
「残念ながらおまえたちのマンションの屋上にヘリは止められなかったからな。ずっと飛ばせておいた」
「止められないってことはつまり、…え、どうやって乗るの?」
「あの梯子をつたっていくんだと」
「あの梯子!?ただのロープじゃないスか!」
「だからなまえちんにはおんぶひもが必要だって言ったじゃんー1人じゃのぼれないでしょ?」
「1人じゃ登れないけど!それならどちらかというと移動手段を変えてほしかったわ!え、みんなも登れないでしょ!」
「俺たちの身体能力でできないことを探すほうがおそらく難しいのだよ」
「それもそうだな」


妙に納得してしまったが、それでもここにはさつきちゃんもいる。黒子ではさつきちゃんをおんぶした状態で登ることは不可能だろうし、おそらく1人で登るのが精いっぱいだろう。だというのにここにはおんぶひもは1本しかない。もしかすると1度あたしを降ろしてからもう1度降りてさつきちゃんを拾いにくるのかもしれない。そんなめんどくさいことをするぐらいなら新幹線でもなんでも用意すればよかっただろうに。

なんて思ったあたしが愚かでした。
さつきちゃんはさっさと梯子とは名ばかりのロープをつたっていってしまうと、ヘリの中から元気いっぱいにあたしたちに手を振った。ちなみに緑間いわく「桃井がもし女でなかったら必ずバスケ部に入れただろうにと赤司が口惜しがっていたのだよ」だそうなのだから、さつきちゃんの身体能力もいっそ化け物じみていたらしい。

そしてそれからもう今度はすっかりされるがままに紫原の背中にしっかりおんぶひもでくくりつけられたあたしはそのまま紫原によってヘリに運ばれ(ちなみにそのとき涼太は子供とこれから生き別れになる母親のような顔をして必死にあたしのおんぶひもに不備がないかを確かめていた)ようやくシートに座ったのだが、なんというかもう、ここまできたらちょっとやそっとでは驚いてはいけないと思う。


「中がリムジンみたいになってるんだねーすごいね赤司くん!」
「ジュースぐらいなら揃えてあるぞ」
「お菓子はー?」
「あるみてえだぜ、このへんいろいろ入ってる」
「おしるこがほしいのだよ」
「おしるこならあの冷蔵庫に入ってるぞ」
「あ、なまえっちもなにか飲むっスか?」
「…オレンジジュース…」
「了解っスー!」


一緒にテンパっていた涼太がいつのまにやらすっかりこの状況に順応してしまったなら、あたしの味方はもうここにはいないということになる。それならばこの状況にあたしも慣れてしまわなければ。それにこの程度のことで驚いていたのでは、赤司と数年来の友人なんてやっていられるはずもないのだ。


「ていうかこれってどこに向かってんの?」
「さあ?」
「どこだろうねー」
「知らないのだよ」
「どっかにはつくだろ」
「おまえらよくヘリに乗れたな!」
「まあ、赤司っちのことだから滅多なところには連れて行かないっしょ!」
「はは、要望とあれば海外にも連れて行ってやろうか?」
「お兄さんパスポート、あたしたちパスポートも持ってないんだけど。不法入国者として捕まるんだけど」
「僕がいるのに?」
「……ああ…そうか…もうそれで全部解決しちゃうんだよな…ほんとこわいよ赤司…」
「褒め言葉として受け取っておこう」


ニコニコ笑う赤司は上機嫌だ。おかげさまであたしの頭を握りつぶしている右手にも全力で力がこもっていて頭蓋骨がそろそろ悲鳴をあげはじめているが、そう言ったところでやめてくれるような男ではないことをあたしはよくよく知っている。赤司が「おもしろくないからやめよう」と思うまで待つことだ。下手に反抗したり文句を言ったりすると余計におもしろがって頭をつぶされる。
そしてしばらくしていつものようにバイオレンスなからかい方に飽きたらしい赤司はあたしの頭から手を離すと、「まあ見せたいものがあってな」なんて言ってどっしりとシートにもたれこんだ。

まあ、そこまで言うのならあたしたちだってなにも言うことはない。もとより赤司のことは信頼しているし、そうでなければたとえ無理矢理乗せられようとしたところで全力で拒否するだけである。それに赤司が見せたいものとやらにも興味があった。だからそのままヘリに揺られること数十分。あたしたちはそのあいだジュースを飲んだりお菓子を食べたりウノをしながら遊んだりして過ごしていたのだが、赤司は唐突に「そろそろか」と呟いていきなり電気を消してしまったではないか。
当然手元のカードが見えなくなった青峰が「なあ」と赤司に問いかけるけれど、それよりも先にさつきちゃんが電気を消した理由に気が付く方が早かった。


「わあ!!!すごい夜景!!」
「……ほんとだ…」
「上から見るとこんなんなんスねー」
「きれいなのだよ」
「東京ってすごいね〜」
「気に入ってくれたかい」


そんな赤司の言葉にギャアギャアと騒ぎ立てながらいかに夜景がキレイかを伝えようとするあたしたちはまるで子供みたいだ。そして赤司は、そんな子供たちの自己主張のかたまりのような話を黙って聞いてあげるようなお父さん。だけどその顔はあまりにも穏やかで、きっと赤司がこの夜景をあたしたちに見せてくれようとしたのにはなにかしらの理由があるのだろうと思う。その理由はあたしたちにはわからない。もしかすると、赤司にだってわからないのかもしれない。
けれどこれは当たり前のように赤司に与えられていた贅沢で、けれどきっと赤司にとってはなんでもないようなことなのだ。あたしたちには輝かしく見えたとしても、赤司には退屈に見えてしまうもの。それらをあたしたちに見せることによって、赤司はすこしでも自分の持っているものや自分が見ている世界を輝きに満ちたものにしたいのだろうと思う。贅沢は与えられすぎると価値をなくしてしまう。その価値を思い出すために、そしてそれに付加価値をつけるために、きっと赤司はあたしたちを呼んだのだ。


「ありがとう、赤司」


そう言ってやれば、赤司はみんなにはバレないように口元だけで「僕の方こそ」とあたしに伝えてきた。だから、たまにはこういった遊びも悪くないのかもしれない。たしかに今の若いあたしたちには不釣合いな遊び方だけれど、それをあたしたちの内のだれかが望むのであれば、それは叶えてみてもいい。それにあたしたちの中で赤司の財産を期待してそんな贅沢を望むようなやつはいないだろう。だからこそ赤司はこの夜景をあたしたちに見せたいと思ってくれたのだ。

けれど若さはいつまでもありはしない。街中をぶらついてみたり、公園で遊んでみたり、そういった遊びを楽しいと思うことができるのも、あと数年あるかないかだ。その価値だって、十二分に尊いものであるとあたしは思う。

だから次にみんなで遊ぶときは、なにをしようか。どこへ行こうか。お金のかからない遊び方だって、このメンツでいれば何をしていたって楽しいはずだ。
なんて、いい感じに締めくくれると思ったのがおおきな間違いだった。なにせ、相手は赤司だ。高校生のくせにブラックカードで平然とお買いもの(単位があたしたちとはおおきく違う)を済ませてしまうような男だった。それからヘリで移動することに味を占めた赤司はヘリを使えば紫原も自分も簡単に東京へ行けると踏んだらしい。そんな赤司の突然の来訪に緑間の目の下にクマができるのも、あたしたちが菓子折りを持って近所の方々に謝罪にまわらなければならない羽目になるのも、そう遠い未来のはなしではないのだから、ほんとうにこいつらといて飽きることは一生涯ないと思う。

(14.0317)
キセキのみんなを出すとどうしても長くなってしまう…書くのが遅れてしまい本当にすみませんでした(;;)素敵なリクエストありがとございました!

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