常々どこか違和感を感じていたことではあったのだが、不運な事故や殺害事件を報道するアナウンサーたちが美しく着飾られているのはあまりにも滑稽である。そして彼女らはつやつやとしたグロスの塗られた唇で、いかに彼らが不運であったか、彼らがどのような生い立ちであったかを淡々と聴衆に伝えていく。まあ、別段そのアナウンサーたちに不平不満を訴えるほどこだわりがあるわけではないのでわたしは大人しくそのテレビの電源を落としたのだが、それにしても、自分の事件をこうも盛大に母国で報道されているのはなんとなく実感が沸かないものだ。


「おまえは品行方正で誰からも頼られる優等生だったようじゃねえか」
「成績はよかったですし、優等生というくくりはあながち間違ってないんじゃないでしょうか」
「つれねえなあ、おまえの友達とやらが映ってたんじゃねえのかあ。感想ぐらいあんだろお」
「わざとらしく悲劇のヒロインみたいな顔をして、わたしをあの場に置いて行った人間らしい根性の据わり方だなあ、とは思いましたよ」
「やっぱおまえは殺し屋のほうが向いてんぜえ」


他に空いている場所はいくらでもあるというのにわざわざわたしの隣に陣取って愉快そうに笑い声をあげる男は、わたしを殺した男だ。そしてテレビの向こう側の母国でわたしの母を泣かせた男。けれど一向に悪びれるつもりはないらしい男は、それどころかわたしの才能を見つけられたことにひどくご満悦らしい。…まあ、わたしもわたしで、さしてあちら側の世界に未練や興味はない。そんなわたしはなるほど殺し屋とやらには向いているのだろう。だいたいのものに執着せず、固執しない。どちらかというとスクアーロからしてみればわたしがあちらで普通に大学生をやっていられたことのほうが意外だったようである。まあそれもそのはずで、わたしは基本的にありとあらゆるものに情が薄かった。そりゃあ、あのコミュニケーション能力がものを言う場所でよくもまあ息をひそめられたものだろうと自分でも思う。

ここでの生活は楽だった。

だれかの顔色をうかがう必要はないし、自分のやりたいようにやればいい。それが組織にとって損でさえなければいいだけの話で、基本的にすべての判断は個人の采配にゆだねられている。その途中で、ただ人を殺さなければならないだけだ。だがそれもすでに1度殺されているわたしだ。今までのわたしならば人など殺せなかったかもしれないが、今のわたしにはそれができてしまう。


「次の任務はいつなんですか?」
「来週の頭だあ。レヴィの野郎とペアだからな、襲われねえように気をつけろよお」
「あの人なら前の任務で一緒になったときにあんまりにもしつこいから関節を外してやって以来、手を出してこないんで大丈夫ですよ」
「…つうより、なんでおまえは俺に対してまだ敬語なんだあ」
「目上の方には敬語を使うというのが日本のマナーでして」
「その日本人のおまえは死んでんだぜえ?もっと気楽にしてもいいんじゃねえのかあ」
「不都合はないでしょう」
「いや、ある」
「たとえば?」
「俺が寂しいとかなあ」


そう言いながらわたしの手を取りその爪先を撫でる彼は、最近ずっとこんな調子だ。というよりわたしがこちら側へ来てからずっとこの調子なのではないだろうか。まったくイタリア男は軟派だなんて迷信かなにかだと思っていたが、実際のところ真実だったらしい。
まあこの話をルッスーリアにすればこの世の終わりのような顔をし、ベルは腹を抱えて笑いながら「隊長超不憫!」と叫び散らしていた。それどころか、まわりのやつらはスクアーロがわたしをアジトへ連れてきたときから、わたしは彼の恋人であると錯覚していたらしい。なんとナンセンスな話だろうか。たしかにわたしたちはだいたい1日の半分以上を一緒に過ごしてはいるだろうが、まさか彼のような男がわたしに本気で惚れるなどありえないだろう。金も地位も美貌もすべて当たり前のように手にしている男だ。わたしもさすがに自分のレベルは理解しているつもりである。

だから彼が撫でる手をそのままにもう片方の手でティーカップを取りそれに口をつけた。ちなみに彼いわく、自分がいくら迫ってもまったく落ちる気配のないわたしのつれない態度もまたたまらないらしい。…この男は見た目が整っているだけで本質はそうたいしてレヴィと変わらないのではないだろうか。


「なあ、もっと色気のある話でもしねえかあ」
「そうですね。ああ、そういえばそろそろベルが任務を寄越せと言っていましたよ。早くあげないとまた殺戮マシーンになりかねないです」
「おまえの色気のある話っつうのはベルの話なのかあ?」
「わたしに色気を求める時点であなたの負けでしょうに」
「もっとあんだろお。好みのタイプとかよお」
「…呆れた人。女をからかうのが趣味なんですか?それだけのステータスがあれば女なんて選び放題でしょうに」
「たしかに女は選びたい放題だったなあ」
「そうでしょうね」
「だからこそ、女を口説いたことはねえ」
「それだけ口が達者なのに?」
「する必要性がねえだろう」


クツクツと笑う彼は言葉を選ばない。そして手段をも択ばない。ただの大学生だったわたしをあっさりと殺し裏社会に引きずり込むぐらいの男だ。それも、ヒットマンにするために。支離滅裂だ。なんだかもうわけがわからない。だから、とりあえずわたしは黙って男の話を聞いてやることにした。
ぽちゃん、と角砂糖を1つ紅茶に落とす。それはぬるくなりはじめた紅茶にはうまく溶けなかった。


「なあ、おまえの才能に惚れたんだあ」
「その台詞、悪徳セールスみたいですね」
「茶化すんじゃねえ」
「ではどう逃げればいいんですか」
「逃げる必要があるっつうことは、こりゃ勝ち戦かあ?」


負ける気などさらさらないくせに勝ち気に笑う彼に今のところ勝機はない。だが、まさかこのままみすみすと負けを認めてやれるほどこちらだって簡単な女ではないし、その程度の女であれば彼はきっとわたしに失望するだろう。それは許されないし、わたしとて認めたくはない。
彼が愛したのは、穏やかさの裏に押し込め続けてきたわたしの本来の性質だ。


「そう思いたいなら、そう思っておけばいいんじゃないですか」


きっとこれからもワイドショーは引き続きわたしの失踪を嘆いてくれるだろう。いらない世話を焼いてわたしが今までどんな人生を送ってきたかを国中に知らせまわって、そうしてそのうち、わたしを忘れていく。けれどもうそれでいい。それでいいのである。いつか母にぐらいは手紙を書くかもしれないが、それだって、もういないものと思ってくれという別れの言葉でしかないのだから。彼女を泣かせてしまうことは苦しいけれど、わたしは自らこの道に踏み入った。彼は、ただ入口へと導いただけだ。実際トリガーを引いたのは彼が愛でているわたしの手なのだから。


「は、こりゃいいぜえ」


ますます惚れた、と呟く彼はけっしてわたしにキレイだとか可愛いだとかそういう言葉を吐いてはくれないけれど、彼の言葉はわたしに自信をもたらしてくれる。それがこれからのわたしを、きっと美しくする。
だから、彼の言葉がわたしをさらに美しくしたとき、わたしは潔く負けを認めてしまおうと思う。彼の隣に立つのは、それからだ。

(13.1228)
なんとなく…これじゃない感…(;;)すみませんお気に召しませんでしたら容赦なくおっしゃってくださいー!!
それでは素敵リクエスト本当にありがとうございました!


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