はじめて彼を目にしたときの衝撃をわたしは一生忘れられないだろう。あのころ自分より強い人間なんてそういないだろうと高を括っていたわたしの思想を一瞬にして打ち砕いた、そこにいるだけで圧倒的な威圧感を他の人間たちに与える力強い目と存在感。それにわたしは殺されて、そしてそれを愛した。
それからわたしに「ヴァリアーに来い」と言ってくれた彼の言葉にすぐさま頷いて、簡単な荷物だけまとめてこの屋敷にやってきたのはもう何年前のことになるだろう。思い出せないが、今でもわたしはザンザスという男に心底惚れている。きっと彼のためなら命すら投げ出せるだろうと思うほどの傾倒しているし、そこにわたし自身の存在意義すら見出しているぐらいだ。よっぽどである。ベルに言わせてみればこの恋は病気だそうだ。まあ、あながち間違ってはいないと思う。
だが、恋などほとんど熱病のようなものだ。恋とは自分を見失わせるもの。おかしくならないはずがない。


「いい加減しつこいと怒るわよ」
「なんでテメエに怒られなきゃならねえんだ」
「わたしが不愉快だから」
「俺がザンザスなら何も言わねえんじゃねえのかあ」
「そりゃそうでしょ、好きな男に言い寄られて不機嫌になる女はいないわ」
「だがその男はテメエになんざ興味はねえぞお」
「今だけよ」
「もう何年振られてんだあ。いい加減諦めろ」
「仮にわたしがザンザスを諦めても、あんたのものになるとは限らないわ」
「今だけだろお?」


クツクツ笑いながらわたしの言葉とおなじ言葉を返してくるスクアーロは、わたしを愛しているのだと言う。わたしとはじめて会った時の衝撃が忘れられないのだと言う。それはまるっきりわたしがザンザスに抱いた感情とおなじだった、だからこそスクアーロは何年経とうともわたしを愛すことをやめない。けれど、わたしだって他の男のほうが手近だからとあっさりと乗り換えられるほどザンザスに対しての愛情が薄いわけではない。
受け入れられなくてもいい、手に入れられなくてもいい、わたしがただザンザスのことを愛していられたらそれだけでいいのだ。たしかにそう思っていたし、今でも思っているはずなのに、元来わたしは我慢のできない性分だった。わたしのものにならないザンザスへのフラストレーションは年々深刻になってきている。
そんなときにわたしに言い寄ってくるスクアーロの存在だ。もうこうなってくると、いっそのことそのフラストレーションからくるストレスのためにスクアーロを殺してしまいそうになる。だがまあスクアーロとて弱いわけではない。わたし程度に殺されてやるほど甘くはないだろう。認めたくはないが、スクアーロはわたしよりも強かった。

わざとらしくわたしの手の甲にキスをしながらわたしを壁に追い詰めたまま会話を進めるスクアーロは、今まで女に不自由なんてしたことはないだろう。きっと今までそれなりに女を泣かせてきたに違いない。そんなスクアーロがわたしに執着するのはおそらく愛だ恋だが関係しているわけではなく、ただ、手に入らないものがあることが我慢ならないだけなのだ。これはすべてわたしの予想で何一つとして確証はないけれど、あながち間違ってはいないだろうと思う。わたしとスクアーロはよく似ている。


「ザンザスはまた他の女連れてやがったぜえ」
「ご丁寧にわたしに教えてくれていいの?またその女が死体になってあがってくるかもしれないわよ」
「やりたきゃやれえ。ヴァリアーの人間がやったって証拠を残しさえしなきゃ何やっても俺は文句は言わねえからなあ」
「寛大な組織ね」
「どいつもこいつも気が触れてんだあ」
「あんたも触れてるの?」
「テメエもだろうが」
「それもそうね。みんな頭がおかしいわ。あんたを筆頭に」
「言うじゃねえかあ。そういうところも嫌いじゃねえぞお」


ザンザスが女を囲っているなんて誰もが知っている情報だ。おそらく本部のガキたちだって知っているに違いない。けれどあれは仕方のない事なのだ。ザンザスは誰も本気で愛さない代わりに肉体関係を築くのには抵抗がないし、それどころかそれを楽しんでいる節すらある。それのなんて厄介なことか。女はそんなふうに淡白に身体の関係を結ぶ生き物ではないというのに、ザンザスは彼女たちを愛さないことを条件に彼女たちの身体を手に入れている。
だからわたしは彼女たちを殺してやるのだ。
すこしでもザンザスのぬくもりが残っているうちに殺してやるのは、同じ女としてかけてやれる最大限の温情だ。本当は触れられたところをすべてそぎ落としてから殺してやりたいのだが、それはあまりにも酷だろう。だから一瞬で殺してやる。

それがわたしの優しさで、わたしなりの誠意の表し方だった。なら、スクアーロに対してわたしはどう誠実であればいいのだろうか。


「なあ、ザンザスはいくら待ってもテメエのことなんざ見やしねえ」
「うるさいわね」
「なら俺でいいんじゃねえのかあ」
「そんなふうに選ばれても嬉しいの?」
「そこから付け入るつもりだからなあ」
「ひどい男」
「そんだけ必死になってるってことだあ」
「ふうん」
「幸いテメエは情の深い女だしなあ」
「わたしが?ヒットマンのわたしが?」
「ザンザスと同じことをしてみりゃいい」


スクアーロは耳元でそう囁く。けれど、その言葉はわたしの胸中に思いのほか自然に落ちていくのだ。ザンザスとおなじことをしてみればいい。わたしは常々、ザンザスがどうしてそんなことをするのかが理解できなかった。いくらヒットマンとはいえど、わたしにとってセックスはそれなりに特別なことだったからだ。なのにどうしてザンザスは惚れてもいない女とそんなことができるのか、と、ずっと思っていた。ならばザンザスとおなじことを経験すればザンザスのことをもっと理解できるのか、と思ったこともあった。
けれど、だからといって見ず知らずの男に抱かれてやることはできない。そんな状況にきっとわたしは耐えられないだろうし、すぐにその男を殺してしまうだろう。

そんなわたしにスクアーロは誘惑を仕掛けてきた。そして思う。見ず知らずの男なら無理だ、なら、見知っている男ならどうなのだろうか。


「…ザンザスには、言わないでよ」
「信頼してくれ、俺は口は堅いほうだぜえ」


この答えが正しかったのかどうかわたしには分からないけれど、ザンザスと同じことをすれば、きっとわたしもザンザスと近いところへと行けると本気で思ったのだ。そんなわたしにキスをしようとするスクアーロの唇はすこしだけ固くて、ザンザスとキスをしたことのある女が心底羨ましいと思った。わたしはザンザスを知らない。知らないのだ。だからザンザスの行動を外枠から知ることしかできない。


「愛してる」


そう囁くスクアーロと何回体を重ねれば、キスをすれば、ザンザスに寄り添えるだろう。けれどそのうちに、わたしはスクアーロをも愛してしまうかもしれない。だってスクアーロはこんなにも真摯にわたしを愛してくれている。
けれどザンザスも忘れられない。わたしの人生に道を与えてくれたのはザンザスだ。結局わたしはザンザスしか愛すことができないのである。一緒にいればスクアーロのことも愛しく思えてくるけれど、それはベッドの上だけだ。

きっとわたしはザンザスに誰よりも近い思想をもつようになった。けれど、その分、ザンザスから愛される道はずいぶん遠くなったように見えた。
こんなはずではなかったのだけれど、と1人喚いたところでどうにもならない。わたしにはもう共犯者しかいない。きっとずっと、このまま2人でいる。

だけどザンザスが好きだ。愛している。ザンザスに触れられたい。身体だけでもいいから、一晩だけでもいいから愛されたい。けれどそんな日は永劫訪れないだろう。ザンザスがわたしを抱くのは、わたしがザンザスへの愛を諦めたそのときだろうから。

(14.0419)
なんだか違う気がする…?お待たせしてしまって申し訳ございませんでした…!

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