いつからあいつのことを好きでいるか、なんて、ぶっちゃけ正確には覚えていない。そう答えると真ちゃんはいつもどことなく残念そうな顔をするけれど、そんなものなのだ。ちいさなころから俺にとってはなまえが隣にいるのが当たり前のことだったし、そのうちに俺は彼女と結婚するのだろうといった漠然としたビジョンを持ってもいた。笑える話だろう。どこの幼稚園児が将来を考えるのか。少なくとも彼女はまったくもって何も考えちゃいなかっただろうし、つないだ手に緊張感なんてものはなかったろうと思う。
だがまあ俺だって彼女と手をつないだだけで体温があがって仕方がないだとか、心臓が爆発しそうなほど高鳴るだとか、そういったことはなかった。彼女はあまりにも近すぎたのだ。生まれた時からそばにいる彼女は、俺にとって、お嫁さんにしたい女の子でもあったけれどそれと同時に自分の半身のような存在でもあった。

だがそれほど大好きで大事な彼女は俺の好意になどまるで気がついちゃいなかった。おそらく彼女の目には俺は妹離れできない兄のような存在としてうつっていただろう。だが俺の好意なんてのは周囲から見れば実に分かりやすいもので、よく母さんには同情されたっけか。俺は幼稚園の運動会のかけっこで、親にいいところを見せようと走るのではなく彼女にかっこいいと思ってもらえるように頑張ろうと思って走る幼稚園児だった。

けれど俺はなかなかのロマンチストで、おそらく無意識のうちに何もしなくても運命のようなものが自然に俺と彼女をくっつけてくれるとでも思っていたのだろう。特別彼女にアプローチするということはなかった。まあ、俺はしていたつもりだったのだが、俺にやさしくされることに慣れ切ってしまっている彼女には届かなかったのだ。それはつまり無効だろう。

そんな俺がとうとう焦り始めたのは中学生のころだった。


「ねえねえ和成、手紙もらったんだけど」
「は?手紙?」
「ラブレターってやつなのかな。なんかアドレスと電話番号と、お話があるから放課後中庭に来てくださいってあるんだけど」


あんまりよく分かっていなさそうに手紙を片手に首をかしげる彼女に、男子の人気が出始めたのは中学2年生にあがったころからだっただろうか。たしかに彼女は抜群に目を引くというわけではないにしても男子受けしそうなかわいらしい顔立ちをしていたし、自己主張の激しい女の子ばかりのうちの学年においてはすこし口下手なところもポイントが高かったのだろう。一緒にいて落ち着く雰囲気のある彼女に言いよる男は決して少なくはなかった。

けれど彼女はそのころ部活に打ち込んでいたからか、その男たちを相手にすることはなかったのが救いだったように思う。「番号とアドレス書いてあるなら、部活に行きたいからごめんなさいってメールしとこ」とナチュラルに最も残酷な選択をとっていた。

だが、おそらくこのときの俺は、彼女に心底好きな男ができて、それが俺以外のだれかだったとしても、その男が彼女のことをほんとうに幸せにできるのなら、潔く身を引けたんだろうと思う。どちらかというとこのときの俺の恋は家族愛に近かったし、強い執着を見せるほどのものではなかったはずだった。まあこのときからすでに妹ちゃんには「どこが家族愛よ。あんだけ嫉妬深いのに」と言わしめるほど俺の目は彼女のまわりの男どもに向けられていたようだがそれはそれだ。おそらく品定めといった意味合いも含まれていたのだろう。
しかしそんな俺の気持ちも完全に恋心へと昇華する日が訪れた。忘れもしない、帝光にボロボロに負けたあの日だ。

試合のあと1人になりたい、と言った俺にかける言葉を見つけることができなかったチームメイトたちが帰っていく中、彼女はずっとそこにいた。おそらく彼女はうまく俺から隠れているつもりだったのだろう。けれど俺の目を甘く見てもらっちゃ困るのだ。俺にはしっかりと彼女がそこにいるのが見えたのだ。
けれど彼女はそこに突っ立ったまま、俺に近寄ってこようとはしない。それどころか、ときおりどこかへふらっと消えては、またおなじ場所に戻ってきて消える前とおなじようにただ俺を見つめ続けた。

だが俺にも余裕はなかった。いつものように笑いながら「なまえそんなとこでどうしたんだよ」なんて声をかけることはできなかったのだ。負けたのが俺だけの責任とはさすがに言わないが、どうしても1人でいたかった。気持ちの整理をしなければ、きっと、彼女の前で今までと同じようには笑えない。

すると視界の端で彼女が動いた。その華奢な肩にはパンパンに膨らんだエナメルバックがかけられている。それを見て、珍しいこともあるものだと思った。彼女はいつも必要最低限のものしかエナメルバックに詰め込まない。彼女のエナメルバックがパンパンに膨らんでいるところなんて1度だって見たことがなかったのである。
しかし彼女はやたらめったら真剣な顔をしたまま俺の隣に並び、俺の目の前にそのエナメルバックを置くと、そのまま「あんまり遅くまでいたらだめだよ」なんてまるで母親のような捨て台詞を残して去って行った。その間がまるで練習されたかのようにあっという間で、声をかけることもできやしなかった。


「……なんだこりゃ」


目の前には彼女の残したエナメルバック、それを手にしているのは感傷に浸るに浸れなくなった男子中学生。なかなかシュールな光景だが、残されたものは仕方がない。きっとなにかの意図があるのだろう。そう思いパンパンに膨らんだエナメルバックを開けた瞬間、とうとう耐えきれなくてそのまま膝に顔を埋めた。


「…あーもう」


だめだ、目の奥が熱かった。そんな俺に涙を止めるすべなどない。次から次へとこぼれていく涙は彼女のエナメルバックを濡らしていくけれど、あまりにも嬉しくて笑いながら泣いた。もう、ほんとうに、今すぐにでも、彼女に会いたいと思った。

彼女のエナメルには、俺が好きな菓子からはじまり、彼女お手製の弁当やジュースがいっぱいに詰められていた。そして途中で気恥ずかしくなって隠されたのだろう、ちいさな手紙も入れられてあって、そのちいさな封筒には「高校でリベンジ」と彼女のなかなか達者な字で綴られていたのだから、そりゃあいやでも自覚する。

このときからだ、彼女にどうしようもない愛しさと苦しさを感じ始めたのは。他のだれかでは認めてやることができなくなったのは。なんだかんだでそのまま家に帰らずに俺が来るまで俺の自転車の前で待っていた彼女は俺の姿を見ておおきく手を振りながら、まるでなんでもなかったかのように「和成、帰ろう!」と言ってくれた。そんな彼女を抱きしめたのは、ただ感極まったからという理由だけではなかったのだ。

運命が俺達をつないでくれる、なんて、もうそんな他力本願なことを言ってはいられない。もしいつかの未来に、彼女が他のだれかと結ばれたとしても、これが運命だったんだと神様とやらを呪ったところで納得などできない。
どうしても彼女と結ばれたい、彼女に愛されたい、彼女の傍にいたい、彼女が好きだ。そう心臓が焦げ付くほど思ったのは、この日がはじめてだっただろうと思う。


「これが俺があいつへの恋心ってやつを自覚した日のはなし。なんてことはねえ普通の話だよ。ドラマチックなことなんて何もねえけど、だけどさ、俺の一世一代の恋のはなし。最初で最後の恋のはじまりなんだ」


(14.0325)
こんな感じで良かったんですかね…;;あれでしたら全然修正しますので!いつでもおっしゃってください!というよりわたしが修正するかもしれません…。
リクエストありがとうございました!

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