女というのは分不相応なものすらも望まずにはいられないものである。諦める、ということがとにかく苦手なのだ。隙あらば夢を見ようとするし、ありとあらゆるものを自分の都合のいいように考えたがる。自分はそんな女ではない、と言ってみたところで、例外などないのだ。きっと離れようとすればするほどわたしたちはその本質に近づいていく。相手を大事にすればするほど自分のことしか見えなくなる。だから、おまえにそんな恋愛は向いてないよ、とベルは言ってくれたのに、わたしはそれでも彼の傍にいたいと願った馬鹿女だった。
恋人を亡くした彼の傍に寄り添うと決めたのはわたしだ。1番になれずとも、2番目でしかいられないとしても、それでも彼女がいなくなったことによって生まれた彼の中の欠落を埋めてあげられることができたなら、たったそれだけでいいと思っていた殊勝なわたしは一体どこへ消えてしまったのだろうか。キスをするたびに、抱き合うたびに、わたしはそれ以上を望みたくなる。彼の中の欠落を埋めるどころか、わたしは彼に新たな傷を作りたくてたまらないのだ。
そうしてその穴をわたしだけが塞いであげられたらいいのに、とそれだけを思う。そうしたらわたしはそのときこそ、代替品ではなく、彼にとって絶対的な必要なものになれると思った。

けれどそんな日は永遠に来ない。一途に彼女だけを想いつづける彼の横顔に惚れたのだ。きっと彼が彼女の亡霊を捨ててわたしを選んでくれることはないし、そんな卑怯な手を使ってまでもスクアーロの傍にいようとしたわたしを、彼がその心の近くに置くことは永劫ないだろう。

だというのにそれでも離れられないのは、わたしが女だからだ。彼の傍にいることによって苛まれる劣等感や悲しみよりも、彼が傍にいなくなってしまったときの喪失感や侘しさに怯えるほうがよほど耐えられない。


「今日はスクアーロの好きそうなワインを買っておいたよ、一緒に飲まない?」


何度も鏡の前で練習した最高の笑顔で微笑んで見せても、スクアーロがわたしに向ける目に情熱は宿らない。分かっているのに、それでもこうしてスクアーロに媚びるわたしが嫌で仕方がなかった。けれど、何かをしてあげたいと思うのは愛している証拠だ。見返りが欲しいから優しくしているのではない。笑ってほしいから。そんな健気な理由でスクアーロに献身を捧げるわたしはヒットマンらしくはないだろう。もしかしたらスクアーロはそんなわたしを軽蔑するかもしれない。
けれどスクアーロがわたしを利用しているのも事実だ。そしてその事実がある限りスクアーロはわたしを突き放したりはしない。

それでもスクアーロは書類に走らせていたペンを一度だけ置くと、考えるような素振りを見せてから、「仕事が立て込んでんだあ」とすこしだけ申し訳なさそうに言葉を返した。だが、それに迷いはなかったのだろう。きっとそれはあらかじめ用意されていた答えだった。
けれどわたしはそれに気が付かないふりをしなければならない。賢い女では、利用されてあげることすらできないのだ。


「…そっか。なら、いつか暇なときにでも一緒に飲もう」
「俺じゃなくてもベルとかと飲めばいいだろうが」
「やだ。ベル酒癖悪いもん」
「ルッスーリアは?」
「あいつワイン飲めないじゃん」
「そういやそうかあ」
「ボスは論外だしね」
「そうだな、あいつと一緒に酒は飲みたくねえ」
「スクアーロしかいないんだよ」
「たしかに酒癖は悪くねえからなあ」
「酔ってセックスするのも悪くないと思うわ」


身体を差し出せばスクアーロは手を伸ばしてくれる。けれど、それしか手段を持たない自分自身がどうしても許せなかった。だがもうどうしようもないだろう。わたしたちはもうこうなってしまった。きっと体の関係を持たないままだったなら、彼女の代わりになるなんてわたしが言い出したりしなければ、わたしと彼はもう少し対等でいられただろうに。惜しいことをしたと思うけれど、それでも彼に触れたかった。
彼の傍にいたいならバカな女で居続けなければ。
けれど彼を手に入れたいならわたしは傍にいられる権利を棒に振って、賢い自分に戻らなければならない。
そのどちらも選ぶことのできないわたしでは、きっと今以上の幸福など手に入れられるはずもないのだ。これから先もわたしは彼女の代替品でしかいられない。


「もうすぐ、命日だね」
「…そうだな」
「墓参りに行こうか。今年も真っ赤なバラの花束を買おう」
「おまえは何も思わねえのかあ」
「数少ない友人の命日にはさすがに悲しい気持ちになるよ」
「そうじゃねえだろお」
「そうじゃなかったとしたら、スクアーロはわたしをもう傍には置かないでしょ。わたしは今のままでいいよ。そう決めたんだからさ。スクアーロは気にしなくていいの」
「…他にもいい男はいくらでもいるぜえ」
「わたしだけを見てくれる男が『いい男』だっていうなら、確かにその通りなんだろうけど、それをわたしが欲しがるかどうかは別の話だわ」


ぎゅう、と裸のままわたしを抱きしめるスクアーロの香りを知らなかったあのころにはもう戻れないと思った。ああ、どうしてわたしを選んでくれないのだろうか。わたしなら彼女のように死んだりはしない。いつまでもこの腕の中にいるし、心変わりなんて絶対にしない。写真の中で微笑んでいたずらに彼を悲しませたりしない。…なんて、そんなことが言えたらいいのに。彼女が死んで数年経っても、わたしはまだ、写真を捨ててほしいとも言えないままだし、彼が墓参りに行くのに律儀に付き添っている。
彼女の墓は海の見えるキレイな丘の上にある。それは彼女が生前希望していた場所で、友人だったはずのわたしですらも忘れていた彼女の希望を彼が覚えていたのは、つまりはそういうことだろう。最初から彼女と彼の間にわたしの付け入る隙なんてなくて、ほんとうにわたしは惨めったらしいことをしていると思う。

いっそ、わたしが死んだら彼は悲しんでくれるだろうか。わたしの言葉の1つか2つぐらいは覚えていてくれるだろうか。そうして手紙でも残せば彼はわたしの骨も彼女とおなじように、希望通りの場所へ運んでくれるだろうか。
けれど、まだ死ねない。
彼が心から笑えるようになるまでは、わたしは死にたくない。


「…なあ」
「なによ」
「もう5年経ったぜ」
「早いね」
「なのに、おまえは泣かねえんだなあ」
「女の涙は卑怯だからって昔から言うでしょ」
「泣いてもいいんだぜえ」
「面倒な女は嫌いなんじゃなかったの?」
「おまえには泣く権利があんだろお」
「ないよ。わたしはスクアーロの弱みに付け込むような女だよ」
「ちげえよ」


俺がおまえの弱みに付け込んでんだ、なんて、そんならしくもないことを言ったスクアーロは、そのままわたしの額にキスをした。ああ、なんで、どうしてそんなふうに恋人のようにわたしに触れてくれるのだろう。彼女の代わりだとしてもあまりにも惨い。たしかにわたしには泣く権利があるのかもしれない、とすら思ってしまう。けれどそれは彼の前ではない。わたしは決して彼の前でこれ以上弱い女にはならない。
しかし彼はまるでわたしの涙をぬぐうかのように、わたしの目元を親指で撫でた。何度も何度もやさしく、ほんとうに、まるで愛し合っている恋人にそうするかのような彼の指先は残酷だ。
だからわたしは努めて優しく笑う。


「…どうしたの、今日は甘えたい気分なの?」
「かもなあ」
「もうすぐ命日だから?」
「あんときよりは立ち直ってる」
「あはは、もう、5年だもんね。ならわたしはもういらないかな」
「何言ってやがる」
「だって、そういうことでしょう」


らしくもなくわたしに優しくする彼の仕事が滞っていることを分かっているのに、わたしはほんとうに面倒な女に成り下がったものだと思う。こんなとき彼女の代わりになると決めたころのわたしだったら、彼の腕の中から抜け出して部屋を出ていけただろうに。わたしはもう彼の重荷になってしまっていた。
だというのにスクアーロはそんなわたしを許してしまう。わたしに多くを許されたからと、何があってもわたしのことをスクアーロは咎めたりしないのだ。


「正直に言えばよお」


その言葉が怖くて、そのときはじめて逃げようとした。けれど、スクアーロがそんな中途半端な行動をわたしに許すはずがない。最後まで聞け、と言わんばかりにわたしのことを強く抱きしめるスクアーロの腕は慣れていた。


「あいつはやっぱり俺の中で特別だあ。多分一生忘れられねえし、写真も思い出も捨てられねえ。墓参りだって俺が生きてる間は行くんだろうよ」
「…大丈夫よ、ちゃんと同行するわ」
「けど、おまえが必要なのは事実だあ」
「まだ立ち直れないの?」
「おまえがいたから立ち直った」
「…嬉しいことを言ってくれるのね」
「卑屈にとるな」
「…じゃあどうしたらいいの」
「おまえにとって一番都合のいい受け取り方で受け取りゃいいだろうがあ」


そっとわたしの目元を撫でるスクアーロの指は、いまだ止まらない。あたたかい。だからこれはきっと夢じゃあない。きっと、きっと、現実だ。
ずっと2番手だったわたしが、それでもスクアーロの心に寄り添えた。死んでしまった彼女には敵わないとしても、生きているわたしはたしかにスクアーロに必要とされた。それだけで十分だ、十分すぎるほど、幸せだ。彼の言う愛には、彼女に向けられていたかつての愛情ほどの情熱はないかもしれない。それでも穏やかな安らぎがある。そしてそれをわたしは彼に与えてあげることができた。それはきっとわたしがずっとずっと、彼にあげたかった愛情だった。


「…好きよ、スクアーロ」


いい歳をした大人だというのに、このなんてことはない愛の言葉を伝えるのに、5年もかかった。その上こんなに泣きじゃくっていてはボンゴレの子供たちに大人ぶって子ども扱いなんて、もう2度とできないんじゃあないだろうか。
けれどスクアーロはそんなふうに泣きじゃくるわたしを抱きしめながら、今までに聞いたことがないほど優しい声で囁くのだ。その言葉は静かにわたしの網膜に色を乗せた。ぱちり、と瞬きをすれば色あせていた世界が急速に色を取り戻していくのが見える。

ああ、ずっとこんな世界を待ちわびていた。

(14.0503)
甘くなったんでしょうか…?大変お待たせしてしまいまして申し訳ありません…!リクエストありがとうございました!

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -