付き合いはじめたのは高校のときからだ。当時はここまで長く続くなんて思っちゃいなかったけれど、それでもわたしたちは高校を卒業してそれぞれ短大と大学を卒業しても尚、お付き合いを継続させている。その間、たしかに楽しいことはたくさんあった。たとえば旅行に行ったり、お互いの友達を連れて遊びに行ってみたり。だが、その過程に忘れてきたものがいくらか多すぎやしないだろうか。たとえばお互いを思いやることだとか、相手の好きなところだとか、ときめきだとか。それらはけっして失ってはいけないものではなかったか。

デスクの上に置いてあるカレンダーにはもうしばらくの間ハートマークがつけられていない。職場のひとには知らせていないけれどそのハートマークは銀時に会える日で、わたしはいつもそれを見ながら仕事を頑張っていたっけか。わたしが社会人で銀時がまだ大学生だったころは頻繁に会えていたのに、その頻度は銀時も社会人になってからは減る一方である。それどころか、月に何度か会えればいいほうではないだろうか。前までは平気で週に何度かは会っていたし、土曜日なんかはお泊りするのが当たり前だったのに。
ハートマークはすっかり減って、最後に銀時に会ったのはちょうど2週間前だ。もしわたしが猫だったなら、キレイに顔すら忘れている。

けれど会ったところで、お互い疲れ切ってしまっていて、お互いを気遣う余裕なんてないのだ。口を開けば愚痴ばかりで、銀時だって新社会人として働く中疲労がたまっているのを理解することができるのに、それでも銀時ばかりが吐き出す愚痴を飲み込み続けることはできない。それならわたしだって疲れている、と言いたくなる。教員がどれだけ大変な仕事なのかわたしには分からないけれど、事務仕事が楽なことばかりであるわけではない。そんなふうに、言わないでほしい。
結局最後は妙な雰囲気になって謝りあうだけだ。そりゃあ銀時じゃなくたって前ほど会いたいとは思わなくなるだろう。わたしだって会えなければ寂しいけれど、それならば前のような頻度で会うかと言われれば答えに詰まる。


「ひさしぶりじゃねーの」


だいたいわたしたちの会話はこれからはじまる。前まではこんなことはなかったのに、なんて考えるのはいい加減やめたいけれど、この言葉を言われるたびにまるでわたしたちは恋人ではなくなってしまったかのような距離感を感じてしまうのだ。


「ひさしぶりだね銀時」
「今回はどんぐらい会ってなかったんだっけ」
「2週間とちょっとぐらい」
「あーそりゃ懐かしいはずだわ。最近、元気?」
「うん、元気だよ」
「そっか。俺も」
「でも学校ではインフルエンザとか流行ってないの?さいきんニュースになってるじゃん」
「あーアレね。俺の隣のクラスは学級閉鎖になってたけど、俺のクラスは大丈夫だったわ。まったくあいつら丈夫すぎんだよ」


新任教師だというのにさっそく担任を任されているらしい銀時は、けっこう自分の教え子たちのことが好きだと思う。まあ話を聞いていればアグレッシブなんて言葉じゃおさまりきらないぐらいエキセントリックな子たちだなという印象しか受けないけれど、それでもやはり教職をとっている人間というのはそのぐらいの優しさや包容力がなければやっていられないのだろうと思う。

カラン、とカクテルグラスを傾ければ液体のないグラスの中で氷が音を立てた。けれど、銀時はそれに気付くこともなく自分のビールジョッキを必死になって傾けている。


「おまえは最近どうなの」
「わたしももう3年目になればそんなに目新しいこともないよ。ちょっとした教育係に任命されたぐらい」


昔の銀時なら「お、すげーじゃん!」とわたしが教育係に任命されたことを喜んでくれただろう。けれど今の銀時は「まあ事務だもんなー」と言って枝豆を食べるだけだ。
そのとき、わたしはどうしてこの男と一緒にいるのだろうと思った。いや、わたしだって事務仕事に誇りを持ってやっているわけではないけれど、それでもわたしはそれをもう数年もしているのだ。そんなに、ないがしろにされてしまうような仕事ではないのだと言ってやりたい。こんなことばかり繰り返していると、怒りにまかせて言いたくないことすら言ってしまいそうだ。きっと、汚い関係になる。

こうして一緒に過ごして、なんとなく笑い合っているふりをして、実のところすこしも楽しくない。そんな時間ばかりを過ごしている意味を問えば、終わりだと思っていた。けれどわたしはそれを自問してしまった。
その瞬間、答えははじき出される。
もう銀時と一緒にいる意味なんてないのだ。


「別れよっか」


それだけ言って、テーブルに3千円を置いて席を立ったわたしを見上げる銀時の呆けた顔は一生忘れられないと思う。けれどそのままさっさと店を出て、タクシーを捕まえて家まで直接帰ってしまったわたしを銀時は捕まえることができなかった。まあ、捕まえられたところでする話などなかったのだが、これはこれでいいのだろうか。
もう無理だと思った。このままでは耐えられないと思った。会う約束をしてもドタキャンされることだって多かったし、そう満足に会えるわけではなかったし。
けれどほんとうにそれでよかったのだろうか。わたしは、銀時が必要だったのではないだろうか。

部屋には銀時とおそろいで買ったマグカップが置いてある。
耐えきれなくて部屋を飛び出した。


「…なのにあんたなんでここにいんの」
「俺とお前が何年の付き合いだと思ってんの」
「そりゃあ、相当な付き合い」
「はぐらかすなよ」


銀時はマフラーを鼻のあたりまえでぐるぐる巻きつけた格好のまま真剣な声で言った。ああ、まったく、家に来られるならまだしも、どうしてこいつはいつもこうして先回りしてわたしを待っているのだろう。逃げるに逃げられないじゃないか。
「隣座れよ」そう言われてわたしも銀時の隣に腰掛ける。そういえばこんなふうに隣に座るのはいつぶりだろうか。わたしも背が高い方だけれど、そんなわたしよりも銀時は座高が高かった。


「で?なんで別れたいの」
「最近、会っても喧嘩ばかりじゃない」
「あー…それは俺も薄々思ってた」
「それでも銀時は別れたくないの?」
「別れたくねえよ」
「なんで?」
「なんでって」
「わたしのこと好きなの?」
「好きだろ、そりゃ」
「そりゃってなによ。ねえ、それって惰性じゃないの。ほんとうにわたしのことが好きなわけじゃなくて、わたしといた時間にこだわってるだけよ」
「あー、それもあるかもな」


あっけらかんとそんなことすら認めてしまう銀時が、最終的にこの話をどういった方向に持っていきたいのかは謎である。だが、きっとそれが銀時だ。だからわたしはもう言葉を選ぶことはしない。言いたいことならすべて言ってしまうのだ。抱え込む必要はもうたったいまなくなってしまったのだから、なんて、いつからわたしたちは秘密を作らなくてはならなくなってしまったのだろうか。それは、ひどく寂しいことのように思えた。


「今までもよく喧嘩したよな」
「そういえばそうね」
「俺が実習とレポートばっかりで全然会えなくて、おまえを寂しがらせたこともあったよな」
「そういうこともあったね」
「でも俺ら、別れなかった」
「…だってそれは、」
「まだ好きだったからだろ」
「…うん」
「俺も、おまえがまだ好きだよ。たしかにイライラすることもあるけど、おまえと笑いあえたらンなことはどうでもよくなっちまう。今までだってなんとなくおまえといたわけじゃねえよ」
「……そんなこと、いまさら」
「おう。いまさらだ。だからおまえも自分の思ってること、全部言っちまえよ」


言い訳はもう、しねえよ。
そう告げた銀時に、すべて打ち明けてしまった。愚痴ばかりでつらかったこと、事務仕事をばかにされたように思えて苦しかったこと、他にもいろいろなことを言ったと思う。脈絡すらなかった。きっと思うようには伝えられなかった。けれど銀時は言葉を探すわたしに「俺は国語教師だから、おまえの言葉ぐらい拾えっから。好きに話してみろ」だなんて言うもんだから、結局わたしは支離滅裂な言葉で銀時をなじっただけだ。

けれど銀時はすべてを聞き終えて、頭を下げた。そして「ごめん」と謝った。だというのに、わたしに謝ることを許さなかった銀時は、そのまま「それでも俺を許してほしい」と言ってのけたではないか。


「許してほしい、ってどういうことなの」
「もう俺のこと好きじゃねえってんなら別れるのも仕方ねえ。でも俺はおまえが好きだからよ、もう1度おまえと付き合えるように頑張りてえんだよ」
「他の女の子探す方が簡単じゃん」
「他の女じゃダメだから、こんなこと言ってんだよ」
「…なんでそんなこと言うのよ」
「おまえがもしここに来なかったら俺もこんなこと言えなかったわ」
「は?どういうこと」
「おまえ、迷ったときいつもここに来るだろ」


まさか自分がそんな行動を起こしていたことなんて、知らなかった。そんな理由でこの場所に足を運んでいただなんて、知らなかった。けれど、だからこそわたしはこの場所に足を運んだのだろう。ここに来れば、いつも銀時が見つけてくれていた。それを期待していなかったと言えばウソになるのだ。


「俺にもう1回チャンスをくれねえか」


好きだ、大好きだ、愛してる。その言葉に、長い付き合いの中で思いやりを忘れていたのはわたしだけだったことに気が付いた。だって、銀時はこんなにもわたしのことを考えてくれていた。こんなにもわたしのことを知ってくれていた。けれどそれを思い出した今、思い浮かぶのは銀時の笑顔だけだ。はにかんだようなものから、ほんとうに楽しそうに笑うものまで、いろんな銀時が思い浮かぶ。そしてそれらはすべて、わたしだけに向けられるのだ。それから楽しそうにわたしの名前を呼ぶ。
なんて、幸福だろうと思った。


「どうしよう、銀時」
「…なにがだよ」
「わたし、やっぱり銀時がすき」
「…うん」
「だいすきなの」


俺もだよ、そう言って抱きしめてくれた銀時の腕の中で、おもわず泣いてしまったのは何年ぶりのことだろうか。だけど、わたしを抱きしめる銀時だっておなじように泣いているのだからおあいこだろう。

こうしてわたしたちは何度も失いそうになって、そのたび何度も繋ぎ止めて、それでも、どうやってでも一緒にいたいと思うだろう。そうしているうちに、銀時はわたしにとって必要不可欠な存在になってしまった。銀時にとってもわたしがそうであったなら、どれだけいいだろう。

ねえ銀時、わたしはまた不安になるかもしれない。あるいは、あんたが不安になるのかもしれない。だけどそのたび、繋ぎ止めあうことのできる2人でいられたらいいね。そうしていつまでも、互いを好きな気持ちを忘れない、そんな2人になれたらいいね。

(14.0315)

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