大人気タレント黄瀬涼太が一般人と結婚した。その記者会見は未だにワイドショーでは根強く報道されており、ツイッターのトレンドはキセリョ結婚という文字が1週間連続で並ぶといった非常事態が起きている。だが、黄瀬涼太はその噂の結婚相手について「彼女は一般人です」以上にコメントすることはない。だからか、一部の熱狂的なファンの中ではキセリョが結婚したというのは嘘でなんらかのカモフラージュ結婚なのではないかと囁かれていたり、あるいはキセリョの嫁はかなりの不細工なのではないかと噂されていたり、わりと散々だが、それでも涼太とほんとうに仲のいいやつらだけは涼太がどうしてそれ以上のコメントをしなかったのかをよくよく知っている。

涼太は異常なまでの束縛癖なのだ。それはもういっそ青峰ですらもわたしに対して同情するレベルである。だが、まだそれはわたしにとって可愛いレベルのものでしかなかった。たとえば高校時代涼太は毎日のようにわたしの学校までわたしを迎えに来ては海常へ連れて行き、そして自分の部活が終わるまでどこかで暇をつぶさせ、毎日一緒に帰りたがった。たとえたくさん女友達がいたとしてもそこに男が1人でもいるならその遊びにわたしは参加できなかったし、当然のようにわたしの携帯には涼太と父親以外の連絡先など入っていなかった。だが、それは別によかったのである。わたしもわたしでそこまで涼太に愛されているという事実が嬉しかったし、涼太以外の男と連絡をとる必要性が分からなかったから。
けれど、涼太の束縛癖は異常である、ということに気が付けたのは結婚してからで、そのときにはもうすでにわたしは涼太からは逃げられなくなっていたのだった。


「ただいまなまえっち」
「おかえり涼太」
「今日も外には出なかったっスか?」


テレビでは見せないような満面の笑みを浮かべてわたしにそう尋ねる涼太は、わたしを家から出したがらない。それはたとえば夕飯の買い出しにしてもネットスーパーで済ませてほしいと言ってくるほどの徹底ぶりである。そんな涼太がわたしが仕事を続けることを快く思うはずがない。勤めていた職場は入籍したその日のうちに退職させられてしまった。まあ、それはそれで、涼太の収入があればわたしが働く必要はまるでなかったので、そう言われてしまえばわたしに何か言えることがあるはずもなかった。それにわたしとて専業主婦に憧れがなかったわけではなかったし。けれど、べつにそれはこんなふうに束縛されたいという意味合いではなかったのである。
だが涼太はすこしでも自分の知らないところへわたしが向かうことが許せないようである。結婚してからそれが女友達相手であろうとも遊びに行ったことなどない。それどころか涼太は式が終わったその日の晩のうちにわたしの携帯を壊して、新しい携帯をわたしに寄越してきた。それはつまり、すべて自分のために捨てろということである。だからまあ、今のわたしが彼女らと連絡を取りあうこともできないし、遊びに行くことなんて夢のまた夢でしかないのだが、それでもさすがにたまには寂しいと思うことだってある。

けれどそんなとき決まって涼太はわたしが寂しがっていることに真っ先に気が付いて、涙ながらに「俺だけじゃダメなんスか」と懇願するようなことを言う。

そんな涼太から離れる覚悟を決められないうちは、わたしは一生こうして涼太の籠の中の鳥でしかいられない。


「今日のお仕事はどうだった?」
「普通だったっスよ。あ、でもヒロイン役の女の子がすげえしつこいんス。プライベートまでおまえと会いたくないって話っスよね〜仕事以外の俺の時間は全部あんたのためのものなのに」
「すこしぐらいは羽伸ばしてきたっていいんだよ」
「なまえっちは俺が他の誰かと一緒にいて平気なんスか?」
「…ううん、寂しい」
「でしょ!?だから俺はずっとあんたの傍にいるっスよ!」


ね!なんて嬉しそうに笑う涼太は自分の愛とおなじだけの重さをわたしにも強要する。けれど、ああ、もうどうしたらいいのだろう。わたしは涼太としか付き合ってことがない。涼太以外を知らない。何が普通かなんてわからないのだ。心優しい涼太の友人たちは涼太を普通ではないと言ってくれるし、わたしのことをかわいそうだと言ってくれるけれど、それでもわたしは普通の在り方など知らない。おかしいのなら、教えてほしい。
けれどきっと教えられたとしても、わたしはもう、涼太を捨ててまでその普通を愛することはないのだろう。


「そういえば涼太のお母さんから電話があったよ」
「俺の母さんから?なんて?」
「まだあの子は子供はいらないって言ってるの?って」
「ああ、そのことか。そのことなら母さんにはちゃんと話したはずなのにな」
「ねえ、涼太。ほんとうに子供はいらないの?」
「なまえっちまでそんなこと言うー。だから俺、言ったじゃないスか。俺、あんたのこと一生独り占めしてたいの。子供にあんたを取られるのなんて我慢ならねえっス」


もしかしたらその子のこと殺しちゃうかもだし、そうなったらあんたは悲しむでしょ?
なんてそんなことを笑いながら言ってしまう涼太の考えていることは、わたしにはわからない。わたしは涼太との子供が欲しいと思うのに。そうして家族になりたいのに、涼太の世界はたとえ血のつながった子供だとしても他人の介入を許さないらしい。
涼太のお母さんは申し訳なさそうにわたしに謝った。わたしたちがあんまり忙しくしていたから愛情に飢えているのかもしれない、と言って、わたしに涼太を頼むと言い残して電話を切った。たしかにそれはその通りなのかもしれない。だって涼太にちいさなころの話を聞いても涼太はちっとも両親の話をしないし、精々1人で食べる冷たいご飯は味気なかったっスねと返してくるぐらいだ。そんな涼太とだからこそ、あたたかい家庭を築きたかったと心底思う。

だがそう考えるたびに、わたしが涼太へと向けている愛は愛ではないのではないかと考えてしまうわたしがいる。もしかしたらこれは同情でしかないのかもしれない、と。だが、この同情は涼太でなければ意味がない。他の誰かでは代用が効かないのだ。ならばやはりこれも、愛の一つだろう。
そう思いながら同じような毎日を涼太と共に過ごす。そうしてわたしはいつか年老いて死ぬ。たった1人きりで、たった2人きりで、一生ここにいる。

そんな未来を思い描くたびに、無性におそろしいと感じる。


「ねえ涼太、今度高校の同窓会があるんだけど…」
「行かないっスよね?」
「…1度くらい、顔出したいなって」
「いらないっしょ。俺以外の人間なんてあんたには必要ないっスよ。ほんとなら桃っちと仲良くしてんのも嫌なぐらいなのに。なのに俺はそれを許してるっしょ?気の合う女友達が1人ぐらいいたほうがいいだろうし。なんであんたは俺を裏切ろうとすんの?」
「…うん、ごめん。行かない」
「だよね」
「ねえ、あのさ」
「俺、もっと頑張るっス」
「え?」
「俺、もっともっと頑張って、いっぱい稼いで、かっこよくなって、あんたが俺だけで満足できるようになるっスから。ね、どこにも行かないで。俺だけ見てて。俺だけ愛してて。俺以外のことを考える時間なんてほんとは1秒だっていらないんスよ、俺」


そう言う涼太の目は暗く淀んでいて、わたしのことなんてこれっぽっちだって見えていない。こういうときの涼太は、もう止まらない。だからわたしはちいさく息を吐いて、目を閉じた。その瞬間わたしの首に触れた涼太の手はひんやりとしていて冷たくて、まるで死人のようだ。だがその手はいつでもわたしの首なんてへし折れてしまえるぐらいの力強さを持っている。わたしの命なんて簡単に奪われてしまうのだ。けれど涼太はどうすればわたしが死ぬか、どこまでならわたしが死なないか。その線引きをきちんと理解していて、いつもそのギリギリまでわたしを追い立てる。

殴られたことだってある。蹴られたことだって、包丁を出されたことだってある。ただそれでも涼太の傍から離れないのは、涼太がわたしがいないと生きていけないと泣くからだ。わたしがいなくなれば涼太はきっと狂ってしまう。涼太を守れるのは、わたしだけ。だからわたしは涼太から離れない。


「俺を許して、愛してるから」


うん、許してあげるよ。愛してるよ。そんなわたしの言葉は押しつぶされた喉からでも、涼太に届いただろうか。

(14.0208)


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