我らが人類最強には恋人がいる、らしい。らしい、というのはあまりその存在が知られていないからで、彼女がおなじ兵士なのかそれとも地下街にいたころの馴染みなのか町娘なのか、それすらも知る人物は少ない。おそらくハンジ分隊長ぐらいならば知っているのだろうが、あの人は他人の秘密をおもしろがって明かすような人ではない。だからこそやはり兵士長の恋人、というのはやはりこれから先もずっと謎に包まれたままなのだろう。
と、エレンは思っていた。


「え?リヴァイの恋人?」


エルヴィンに書類を持っていけ、今すぐにだ。そう不機嫌そうに告げた兵長から受け取った書類を片手に団長室へと急げばそこには団長はおらず、代わりに団長補佐であるなまえさんがいた。だから彼女に書類を手渡し、なにげなく世間話として先ほどの兵長の恋人についての噂を投げかけてみたのだが、彼女はぱちくりと目を開いて今度はおかしそうに笑い始めた。
…なるほどおそらく彼女も兵長の恋人とやらを知っているのだろう。まあ彼女もハンジ分隊長と並ぶ古株だ。兵長とは長い付き合いだろうし、どちらかというとハンジ分隊長よりも彼女が知っていることのほうが自然に思えた俺は「知ってるなら教えてくださいよー」とワガママを言ってみたのだが、彼女はさらにおかしそうに笑いながら俺の肩をバンバンと叩いた。…黙っていればおしとやかそうに見える彼女だがさすがは調査兵団団長補佐といったところだろうか。わりとガサツである。

そして彼女は目に涙を浮かべながら、人差し指を自らに向けた。もちろんその人差し指は、きれいに、彼女に向けられている。だから俺は訳が分からなくて首をかしげたのだが、彼女はさらにおかしそうに笑いながら「わたしだよ」と言い切ったではないか。


「新兵は知らないだろうね。隠してたわけじゃないんだけど、リヴァイの恋人はわたしだよ。エレン・イェーガー」


その瞬間、城中に俺の叫び声が響き渡ったのは言うまでもない。








「いやー昼間のエレンは傑作だったな。リヴァイも見ればよかったのに」
「見ちゃいねえがある程度は想像できる」
「まああの叫び声だとねーすごかったなーそんな意外だったのかな?わたしがリヴァイの恋人って」
「立場上そんなに話すこともねえしな」
「それどころか、エレンはわたしのことをエルヴィンの恋人だと思ってたぐらいだしねー」


ストレッチをしながらなんでもないことのように告げる彼女の言う噂話は実際俺もよく耳にする。というか、耳だこだ。そしてなによりも嫌いな噂話でもある。だいたい何が悲しくて自分の恋人がエルヴィンの恋人だなどという根も葉もない噂をたてられなければならないのだろうか。こんな屈辱はそうそうないだろうと思う。
だがまあそれも無理もない話で、団長補佐である彼女は四六時中エルヴィンと一緒にいるし、そうなれば仲が良くなるのも当たり前のことだ。それに調査兵団は兵士の入れ替わりが激しい。その中で古株同士情が沸くのも当たり前の事だろう。幸いエルヴィンは彼女に対して恋愛感情などは抱いてはいないが、他の兵士と比べて小柄である体格もあいまって娘のような存在に見えているらしい。だがわざわざ娘などと呼んだりはしないため、まわりから見ればそれが恋人同士のスキンシップのように見えるのだろう。まったく、嫌になる話である。

だが俺も俺でぺトラと噂をたてられたりハンジと噂をたてられたり(このときはさすがにキレた)散々だ。俺だけが彼女の噂について憤ることができるはずもない。それにこの手の問題は散々2人で争ったのだ。だからこれからは多少噂をたてられても気にしないようにしようと数年前誓い合った。そうでもしなければ互いに疲弊して別れを決意してしまいかねなかったからだ。これは案外いい誓いだったと俺は思っている。


「ていうか今日は結構起きてるんだね」
「テメエが部屋に来るのが久しぶりだからな」
「あはは、ごめんねー仕事が立て込んじゃってて」
「そりゃエルヴィンから聞いてる」
「さすがエルヴィン。そこらへんはしっかりしてくれてるみたいね」
「俺らの父親気取ってやがるからな」
「いい父親じゃない」
「父親が子供を戦場に送り出すってんならなかなかいい親父だな」
「人類のためよ、人類最強」
「…そうだな」


昔巨人に親を殺されたのだと言う彼女は巨人を憎んでいる。もちろん巨人を憎んでいない人間など調査兵団にはいないだろうが、彼女の憎しみは群を抜いて強い。それこそあのエレン・イェーガーとも張り合うのではないだろうか。だからこそ彼女はエレンとも仲がいいのかもしれない。まあ、さすがに彼女とエレンが恋仲なのではないかと噂が立った時はそんな噂をしていたやつらを完膚なきまでにぶちのめしてやったが、それでも彼女の巨人が憎いと囁くときの目が俺は好きだ。だからこそ彼女にはその気持ちを失ってほしくはない。だから俺はたいして巨人への憎しみもない身で調査兵団に入団しておきながら、ずっと彼女の憎しみに同調してきた。まあ今は部下を殺され、仲間を殺される過程で、彼女にも負けないほど巨人を憎んではいるつもりだが、俺でさえ巨人を憎むようになったのだから、彼女の巨人への憎しみは入団当初の比ではないだろう。だからこそ彼女はずっと生き残ってきたのだ。

しかし、装備を外してしまえば俺たちはただの人間だ。そしてまわりに部下や上司がいなければ、もう立場も関係ない。

だから俺は彼女の細い腰に腕を回してそのまま抱き上げ、ベッドの上に放り投げた。すると彼女は一瞬だけ呆けたような顔をしていたけれどすぐさま愉快そうに微笑んで、腕を広げて俺をその胸に抱き抱えてきた。…付き合いも数年になると、目を見るだけで互いが次に何をしようとしているか、何をしてほしいかが分かってしまうようになるものだ。


「今日のリヴァイは甘えただねー?」
「うるせえ」
「あはは、一喝された」
「テメエもなかなか寂しそうな目してたじゃねえか」
「あ、ばれた?」
「すぐに甘やかしてやる」
「でも今は甘えたいんだね」
「悪いかよ」
「んーん、全然」
「こっちはテメエがエルヴィンにばっかり構ってやがるから気が気じゃねえんだよ…」
「お父さん相手に妬いちゃった?」
「男だろうが女だろうがテメエの近くにいるやつらは総じて俺の敵だ」
「かーわいいやつー」


ぐりぐりと俺の頭を撫でる彼女の細い腕から抜け出すことなんて簡単だ。それにこいつの訓練兵時代の対人格闘の成績はお世辞にもいいとは言えなかった。だから俺はそっと彼女の腕の中から抜け出すと、今度は彼女を抱きすくめた。そしてそのままごろりと横になる。そのときもやっぱり彼女は大きな瞳をぱちくりと大きく見開いていたけれどすぐに猫のように細まるそれを見て、ようやく心臓が軽くなるのが感じられた。厄介なことに俺の心臓はいつもなにかにがんじがらめに縛られていて、満足に呼吸すらできない。その上、その鎖を外すことができるのは世界中にたった1人、彼女だけなのである。


「明日も早えのか」
「明日はオフだよ」
「奇遇だな、俺もだ」
「これはパパが気を利かせてくれたんだね」
「そろそろ充電しねえと俺が倒れるからな」
「そんなにわたしのこと好きなの?」
「当然だろうが」
「ま、真顔で言われると照れるわ」
「テメエもそうだろ?」


そう聞いてやれば真っ赤な顔をして頷く彼女があまりにも可愛らしくて、顔中にキスをしてやったら、彼女はなにやらよくわからない言葉を発しながら抵抗にもならないような抵抗をした。ということはつまり、ただ恥ずかしがっているだけなのだ。まったくこんなふうに抱きしめられるのもキスをされるのももう数年のことになるのに、どうしていつまでたっても慣れやしないのか。まあそんなところもいじらしいと思ってしまうあたり、俺は相当こいつに惚れているのだろう。


「リヴァイ、あのさあ」
「眠いんだろ?俺も寝る」
「リヴァイあったかいからすぐ眠たくなっちゃう」
「その代わり明日は1日中俺の相手してもらうからな」
「うわーそれは…しっかり寝ないとだ」
「おやすみ、なまえ」


おやすみリヴァイ、と呟いて子供のように目を閉じる彼女の瞼の上にもキスをしてやれば、今度はひどく穏やかに微笑んで彼女は寝息を立て始めた。まったく、いつまでたっても子供並の寝つきの良さだ。だがそんな彼女の兵士のわりにつやつやとしてキレイな髪を指で梳いているうちに、俺もだんだんと眠くなってくる。だから俺もそのまま目を閉じた。

(13.1228)
甘くなってますかね…?なってるといいな…!(希望系)
それでは素敵なリクエスト、本当にありがとうございましたー!!

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