高尾いわく、高校時代バスケ部のマネージャーだったわたしを一番かわいがってくれていたのは宮地さんだった、らしい。だがわたしとしては一番かわいがられていたのは高尾や緑間でありわたしではないと思っていたのだが、高尾としてはその意見は譲れないらしい。「同窓会くるんだろ?楽しみにしてっから!」なんて言葉で通話を終了した高尾から聞かされた同窓会は、もう来週にまで迫っていた。しかも今回はわたしたちの代もみんな20歳を超えたのだ。これで堂々と酒が飲める、と一番はりきっていたのは高尾で、そいつはなぜだかわたしと宮地さんがどうにかなることを期待しているらしいのだから一度ぐらい殴ってやってもいいと思う。

けれど、そういえばこの同窓会に行くのはひさしぶりだと思った。地元に残ったメンバーとは違い、わたしは都外に進学したのだ。なかなか行ける機会もなかったし、みんなから送られてくる写真を見て1人寂しくなっていた今までとは違う。
それに高校時代からただでさえイケメンとして名をはせていた宮地さんともひさしぶりに会えるのだ。直接会ったことはわたしが卒業して以来まだないが、それでも高尾から送られてくる写真なんかで宮地さんが高校時代よりもさらにイケメンになったのは知っているからこそ、会うのが余計に楽しみだった。
なんて言うと、わたしが宮地さんに惚れていたように思われるかもしれないが、それはすこしばかり違う。たしかにわたしは宮地さんに憧れていたけれど、それは恋ではなかったと思う。なぜだか宮地さんは遠く見えたのだ。それは高校1年生から見た高校3年生が大人だったからなのかもしれないし、わたしがただ宮地さんに憧れていたからだったのかもしれない。だからこそ、こうして成人した今ならば、もしかするともう少し宮地さんを近くに感じることもできるのかもしれない、なんて浮き足だっているわたしがいるのもたしかに事実だった。


「よー!遅えじゃん!もうはじまってんぜ!」
「そんなに遅れてないし!ていうか高尾はすでに出来上がってんの!?」
「こいつはいつもこうなのだよ」
「緑間は全然変わらないんだね」
「あまり酒には酔わん性質なだけだ」
「うわー!言ってみたい!お酒飲める人ってかっこいいよね」
「おまえは何を飲むのだよ」
「カシオレ」
「ジュースじゃねーかそんなの!」
「そのジュースで出来上がっているのはどこのどいつなのだよ。カシスオレンジだな。頼んでくるのだよ」
「いやいや高尾置いてくなよ!ただ面倒になっただけでしょ緑間!」


すこしばかり遅くなったが向かった先では、はじまって30分ほどしか経っていないだろうにすでに出来上がっている高尾がいて早々に出鼻をくじかれた気分になる。そしてそんな高尾に相当辟易していたのだろう緑間から高尾を体よく渡されたわたしはどうすればいいのだろうか。高尾も高尾でひたすらわたしに話しかけているし、それに答えるのはいいのだが、なにせ普段から頭のおかしいやつだったのだ。酒が入ってさらに手の付けられないようになっている。
だがしかしそんなわたしを救ってくれるのは、高校時代からいつだってただ1人だった。本当にこの人ほどまわりを見ている人もそう多くはいないと心から思う。


「うるせーぞ高尾。なまえも困ってんじゃねーか」
「いいじゃないっスか宮地さん!こいつと会うのひさしぶりだしテンションあがっちゃったんスよー!あ、それは宮地さんも一緒ですかね!」
「うるせえなこのバカ。捨てるぞ」
「ガチじゃないスかそれ!やーだー!」
「もうこいつほっといていいからおまえこっち来い」
「え、大丈夫なんですかこれ」
「ほっとけほっとけ。いつものことだ」


どうやらほんとうに高尾がああなるのはいつものことらしい。みんなの対応は慣れたもので、それも座布団を渡しておけば高尾は勝手にすやすやと寝始めた。…まったくなんてやつだ。だが高尾は幸せいっぱいなことにどうやら飲んだ日のことはあまり覚えていないらしい。最弱で最速の男なのだよ、なんて言いながらわたしにカシオレを差し出す緑間はこうなることを分かっていたのだろう。ちゃっかり自分だけはやめにこちらのテーブルに避難していたのだから、やっぱりこいつはこういうやつだ。


「そういえば宮地さんおひさしぶりですね!」
「おまえが帰ってこなさすぎんだよ」


当たり前のようにわたしの隣に座ってくれた宮地さんはそれから容赦なくわたしの額にデコピンをした。…ひさしぶりにされたデコピンは高校時代から変わらない威力をもっていて思わず涙目になるが、それすらも懐かしい。


「あーたしかにそれもそうかも」
「大学は慣れたか?」
「はい!ていうか宮地さんなんかお父さんみたいですね」
「轢くぞコラ」
「懐かしいそれ!えへへ、ひさしぶりに言われちゃった」
「なんで嬉しそうなんだよ馬鹿」
「ひさしぶりに宮地さんに会えると、全部嬉しい」
「もう酔ってんのか?おまえも高尾か?」
「そんなわけないじゃないですか!」


分かってるっつーの、なんて言いながら笑う宮地さんの手にはビールジョッキが握られていて、わたしには飲めないお酒を飲める宮地さんはやっぱり大人の男の人になったんだなあといまさらながらに実感した。まあそりゃそうだ。わたしが20歳になったのだから、宮地さんだってもう22歳になっている。それは当たり前のことなのだけれど、今でも宮地さんを思い返そうとすると一番に浮かぶのは学生服を着ている宮地さんなのだ。まるでいきなり数年後に放り出されたような気持ちになりながら、これが寂しいということなのかと思った。

だがよくよく見てみるまでもなく、宮地さんはさらにかっこよくなっていた。写真で見る分にもかっこよかったけれど、実物のほうがもっとかっこいい。なんて直接言えるような勇気もないわたしはひさしぶりに交わす宮地さんとの会話を楽しみながらちびちびとカシオレに口をつけていたのだが、どうやら宮地さんはかなりお酒が飲めるほうらしい。
さきほどからいっそ豪快なほどにビールを飲み、おかわりを緑間に頼み続けている。だが緑間はそんな宮地さんよりもさらに強いのか、宮地さんと同じペースで日本酒をあけているのだからこいつが新成人だなんて言ったところで誰も信じないだろう。


「緑間おまえやっぱり強いな」
「俺は特殊なほうだと思います」
「たしかにそれはわたしも思うわ」
「酒など強くてもいいことはないのだよ」
「えーそう?」
「酔えるほうが面白いだろう」
「それは強いからこそ言える台詞だよね」
「でも今日は宮地さんも飲んでいるのだよ」
「普段はそんなに飲まないんですか?」
「普段はな」
「なら今日はどうして?」
「気分だ、気分」


そう言ってビールを飲み干す宮地さんの頬はほんのりと赤い。それは女のわたしの目から見てもやたらとキレイで、やっぱりこのひとは永遠にわたしの憧れなのだと思った。隙がなくてかっこよくて、キレイなひと。
けれどわたしも大人になった。そしてわたしたちはたしかに先輩後輩という関係であったけれど、今はもう少しだけ、宮地さんの近くに寄り添える。だからわたしはすこしだけお酒に酔ったふりをした。


「わたしに会えるから嬉しくて飲んじゃってるんですか?」


こんな冗談を言うのは高尾の専売特許のように思われがちだが、わたしもたまにはこういう冗談を言っていた。そんなとき宮地さんはだいたい乱暴な言葉で返してくるか、あるいは無視を決め込むかどちらかだったけれど、そのどちらかの対応を向けてくれることを期待して冗談を口にした。会っていない数年間の間にもわたしたちの関係性は損なわれていないことを知りたくて、らしくもなく冒険に出た。

すると宮地さんは笑うでもなく至って真面目に「そりゃそうだろ」なんて言うのだから、時の経過というものは恐ろしい。


「え、轢くぞじゃないんですかそこは」
「事実だから仕方ねえだろ」
「え、宮地さん酔ってるんですか?」
「ちょっとだけな」
「うーわー宮地さんからそんなこと言われるなんて予想外すぎて、なんかニヤニヤしちゃいますね」
「ニヤニヤしとけよ。俺も似たようなもんだし」
「全然ニヤニヤしてないじゃないですか!」
「俺がニヤニヤしてても気持ち悪いだろうが」
「ならわたしも一緒ですよ!」
「おまえはいいだろ」
「そうですかね?」
「みんなおまえに会えんの楽しみにしてたんだからよ」


その「みんな」に、宮地さんも含まれているのだろうか。いや、あきらかにそうだろう。高校時代は素直に言葉を口にできなかったあの宮地さんが、なんて思うのはもうよそう。酔っているからだとしても、あの宮地さんがわたしと会うのを楽しみにしてくれていただなんて、これ以上幸せなことなんてない。
そんなわたしの今の顔は見るに耐えないほど緩み切っているだろうが、それを隣に座っている宮地さんすらも諌めないのだから、きっとこの顔が元に戻ることはないだろう。

ああ、今までお酒を飲む機会はそれなりにあったほうだったけれど、こんなにも幸せな日がかつてあっただろうか。何を飲んでも美味しいし、いくらでも騒げそうな気がする。それに今日の宮地さんは、とても優しい。なにか妙な勘違いをしてしまいそうなぐらいに。

そういえば同窓会があるたびに高尾から「宮地さんがなまえは?っていっつも聞いてくんだよ」なんて言っていたけれど、あれはほんとうだったのだろうか。いつも適当に流していたけれど、もしかしたらあれは冗談じゃなかったのかもしれない。
なんて、期待してはいけない。高校生だったわたしなら飛んで喜びそうなことだけれど、わたしだってもう大人になったのだ。些細なことで勘違いを起こしたりなんてしない。

すると、そのまましばらく飲んでいた宮地さんがトイレに立ったのを見て、緑間は飲んでいた日本酒を置いてそのままわたしに水の入ったジョッキを差し出してきたではないか。…いや、たしかにいつもよりは飲んでいるけれど、わたしはまだ水が必要なほど酔ってはいない。だからその意味がわからなくて首をかしげたのだが、緑間は「おまえにではないのだよ」と吐き捨てて、それをわたしに握らせて廊下へと放り出したではないか。


「え、ちょっと待って。マジで意味がわからない」
「あきらかに今日の宮地さんは飲みすぎなのだよ」
「たしかに普段はあんまり飲まないって言ってたけど」
「普段はビールは1杯しか飲まないからな」
「え、そうなの!?」
「おまえが来たのがよっぽど嬉しかったのだろう。だからおまえが水を持っていってやれ。おそらくどこかで休んでいるはずなのだよ」


頼んだぞ、と襖を閉める緑間の目はいたずらっぽく細められていて、あれはあきらかに高尾の影響だろう。まったく高校を卒業しても仲良くしているとは聞いていたけれど、そんなところまで似なくてもいいだろうに。
けれど、たしかにそれがその通りなら、わたしは宮地さんのところへ行かなければならないと思う。いや、べつにわたしである必要はないし、ぶっちゃけて言えばこういうのは大坪さんのほうが得意そうだとは思ったけれど、それでもわたしが行きたいのだ。

だから水を片手に宮地さんを探そうとしたのだが、宮地さんは思いのほか近いところで休んでいた。


「……なんでおまえが来るんだよ」
「わたしが来ちゃダメですか?」
「かっこ悪いじゃねーか」
「そんなことないですよ。宮地さん高校時代よりかっこよくなってますよ」
「そりゃ嬉しいけどよ、あー、ダメだ。俺酒あんまり強くねーんだよ」
「普段は一杯しか飲まないって緑間が言ってました」
「あの野郎絶対轢く」
「いいじゃないですか別に。わたしもお酒あんまり強くないし」
「おまえが言ったんじゃねーか」
「え?」
「…酒強いやつかっこいいって」


そんなこといつ言ったっけか。ぶっちゃけ覚えていないが、どうやら宮地さんはそんなわたしの言葉を真に受けたらしい。そして普段は飲まないお酒をさも慣れているかのように飲んで、わたしにかっこいいところを見せたかっただなんて、そんなことってあるだろうか。
今顔を真っ赤にしながら項垂れる宮地さんは、遠いところにはいない。こんなにも近くにいてくれている。なんならわたしでも触れられるのではないかと思うほど、近い存在に思えた。だからわたしはそっと手を伸ばした。恥ずかしそうにしゃがみこんだ宮地さんの前に座り込んで、宮地さんの頭を撫でるかのように。けれど、もしも嫌がられたならこの手はすぐに引っ込めるつもりだった。そして後輩としてかつての距離感を守ろうと、考えていた。
けれど宮地さんはわたしをちらりと見上げると、そのまま抵抗1つしないでわたしの手を受け入れた。はじめて出会ってから5年、ずっと印象的だったあのハチミツ色の髪がこんなに柔らかっただなんて、わたしはずっとずっと知らないでいると思っていたのに、世の中何が起こるかなんてほんとうに分からない。


「宮地さん宮地さん」
「なんだよ」
「宮地さんはかっこいいですよ」
「…そうかよ」
「だけど、今の宮地さんはちょっと可愛いです」
「おまえに言われてもな」


クツクツのどもとで笑う宮地さんの手は驚くほど熱かった。冷たい床と宮地さんの手に挟まれて、その熱が余計に感じられる。


「宮地さん手熱いですね」
「不甲斐ねえことに酔ってるからな」


宮地さんはわたしから目をそらさなかった。そしてそのまま、すこしずつ手に力を込めていく。節くれだった指は細く見えたのに、それでもわたしの指よりは太くて、もうずっと長い間憧れのひとだった宮地さんが次第にわたしの中で男になっていくのが分かった。


「なあ」
「はい」
「おまえさえよかったらだけど」
「はい」
「抜けようぜ」


おまえと2人になりたい、なんて、そんな言葉をどこで覚えたんですか、なんて、こんな真っ赤な顔をした人が酒の勢いで他の女の人にこんなセリフを言えるはずがない。それにわたしだって、すこしぐらいは期待していなかったといえばウソになる。
はい、と頷いたらあとは一瞬だった。
憧れはどこかに吹き飛んで、遠くにいる宮地さんを眺めているだけだったわたしはもういない。

(14.0511)
うきさんのリクエストなんてめちゃくちゃ緊張して…!結局これでいいのか…?って感じになりましたけど、もうほんと、お気に召しませんでしたらいつでも!いくらでも!ダメだししてください!!!!リクエストありがとうございましたー!

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