ヴァリアーの幹部に1人だけジャッポネーゼの女がいる。その女はいつも穏やかそうに笑っているというのにいざ任務となればだれよりも的確に任務をこなし、その相手が自分よりも年若い人間であろうが女子供であろうが容赦なく殺す。その冷たさと温かさの対比がすきだ、と思った。だが、彼女は任務以外では絶対に人を傷つけたりしないし、その絶大な力を自衛以外の目的では決して使おうとはしない。ベルとはえらい違いだと笑ってやったら、ベルだって一生懸命だと微笑んでベルを擁護するだけの余裕さえ持ち合わせているようだったのだから、勝ち目などあるはずがない。

そんな彼女と行動を共にすることが多くなったのは、いつからだっただろうか。気が付いた時には俺はもう彼女のことを四六時中目で追っていて、彼女がアジトにいるときは彼女についてまわっていたように思う。アフタヌーンティーを飲むのだと言われれば俺も付き合うと言って仕事を溜めてでも彼女と茶を飲んでいたし、稽古をするのだと言われればいくらでもその相手になってやっていた。そんな俺の好意はもちろんヴァリアー中に筒抜けで、そして彼女の好意もまたおなじだった。そうして俺たちはいつしか恋人という関係性に落ち着いたのだが、ぶっちゃけここまでくると落ち着きすぎているのではないかと思わないでもない。


「ジャッポネーゼは穏やかな気性のやつが多いのかあ」
「比較的そうなんじゃないの」
「情熱的なやつは少ねえのか」
「少ないかどうかはわからないけど、まあ、こっちほど情熱的なひとは多くはないと思うよ」


クスクス笑いながら「わたしに情熱を期待したの?」と冗談めかして俺をなじる彼女は、俺が彼女の穏やかさにほれ込んでいることを知っている。だからこそのこの冗談だ。それに俺だってこんなことを言っておきながら彼女がそこらのラテン女のように派手に着飾って男を誘惑なんてしていたら興ざめするに違いないし、俺が彼女に求めるものなんて正直なところこれ以上何一つとしてないのだ。すでに彼女は完成されている。
だが、多少刺激がほしいと思ってしまうのもまた男の性である。

しかしその刺激を優先させることによって彼女を失う危険性があるのだとしたら、そんな大博打に意味などまるでない。それにこんなふうに彼女の私室に設けられた縁側で彼女の淹れてくれた日本茶を飲みながらぼんやりと話をする日常だって、俺はそれなりに気に入っているのだ。


「日本茶気に入らなかった?」
「んなわきゃねえ。今まで紅茶なんかは嫌いだったが、これはいけるぜえ。惚れた女が淹れたからかもしれねえがなあ」
「随所随所で口説き文句は忘れないのね」
「イタリア男の礼儀だからなあ」
「スクアーロはそんなに口がうまかったっけ」
「ウソがつけねえ」
「なら本当のことしか言えないの?」
「ああ。光栄に思えよ」
「そうするわ」


クスクス笑う彼女の細い指先がペラペラと何度か書類をめくって、それをそのまま縁側に置いた。どうやら仕事は終わったらしい。あるいはまだ終わっていないのかもしれないが、それでも少なくとも、今は俺を優先するということだ。ならばそれに乗らない手はない。
だがだからといって彼女とロマンティックな雰囲気に呑まれてしまいたいというわけではないのだ。いや、呑まれてしまいたいときだってあるし、それだって悪くはないと思うのだが、それよりもこうして気を抜いてリラックスしてしまえる時間を惜しいと思う気持ちの方が強い。それに俺たちだって枯れているわけではない。こうして老夫婦のようにのんびりと時間を過ごすことだってあるが、若い恋人同士らしく甘い夜を過ごしたりだってする。ベルなんかは俺たちをもうすでに老夫婦とみなしているようだが、そんなことはない。


「なんか時間の流れがゆっくりに感じるねえ」
「雲の流れが今日は遅いからじゃねえのかあ、気温も高いしなあ」
「そうかもしれないね。なんか、スクアーロがそんなところまで見てるってのがすごい意外」
「おまえと恋人になるまではそんなこと気にしたこともなあったがなあ」
「あはは、そっちのほうがぽいな」
「最初のころはザンザスに散々腑抜けたって殴られてたような気がするぜえ」
「あれはスクアーロが離れていくのが寂しかっただけなんだと思うよ。なんだかんだでザンザス、スクアーロのこと気に入ってるでしょ」
「そんなわきゃねえ。ありゃテメエが離れていくのが嫌だっただけだろ」
「わたし?」
「ああ」


ジャッポネーゼだから、というわけではないだろうが、かなり酒の強いこいつは基本的にザンザスの酒の相手役だった。その上滅多なことでは腹を立てない上に人を怒らせないことに関してはヒットマンらしからぬ才能を持っていた彼女は、かなりザンザスのお気に入りだったようである。まあそんな稀有な存在がそうそう現れるはずもない。だからこそ俺と彼女が付き合い始めたときに俺はしこたまあいつに暴力をふるわれたが、今となってはザンザスも落ち着いているし、彼女も彼女で定期的にザンザスを酒を酌み交わしてくれているのでヴァリアーはまだ平和な方である。

しかし、こうして彼女と並んで茶を飲んでいると、自分がヒットマンであることすら忘れてしまいそうになる。まあさすがにこれだけリラックスしている状態でも敵が近づいてくれば殺気でわかるだろうし、そこまで腑抜けているわけではないだろうが、それでも自分がただの人間であるような気がしてくるのだ。人など殺したこともない、ただの一般人。清廉潔白な、過去になんの汚れもない男。そんなわけがあるはずがないのに、彼女だって俺とおなじだけ汚れているはずなのに、彼女もうつくしい女であるように見えてくる。
だが、だからこそ俺は彼女の傍にいるのがすきなんだろうと思う。自分の汚さを忘れて、きれいなものを見つめることのできる、そんな余裕をもたらしてくれる彼女がすきだ。


「こうしてるとさー」
「おう」
「自分がヒットマンじゃないみたいな気分になってくるよね」
「………」
「あ、呆れてるでしょ」
「いや、呆れてねえよ」
「ほんとに?」
「俺も同じこと考えてたってだけだあ」
「え、奇遇だね。ていうかスクアーロがそんなこと考えるなんてほんと意外だなあ」
「ヒットマンであることに誇りも持っちゃいるが、たまに重荷になるときだってあるってことだあ」
「へえ、そうなの」
「まあそれに気付けたのはおまえのおかげだがなあ」
「それはスクアーロにとっていいこと?」
「当たり前だろうがあ」
「そりゃよかったわ」


潰される前にあんたのこと拾い上げられて、よかったわ。
そう言って笑う彼女はそのまま俺の頭をまるで子供にするみたいに撫でると、茶のおかわりを作ってくると言って台所へと去って行った。まったく、俺と同い年のくせにまるで姉のように振る舞うところは出会ったころからまるで変わらない。それに、俺の手とは違ってあたたかい手から石鹸の香りがするところも、ちっとも変わらない。


「スクアーロー!おまんじゅうあるけど、こしあんとつぶあんならどっちが好きー?」
「こしあん」
「了解ー!」


もし、もしものはなしだ。もしも俺たちがヴァリアーという組織にこだわらなくてもいい日がきたとしたら、そのときは、俺は彼女を連れて日本へ行こうと思う。この銀髪ではあの国で生きていくのには不便かもしれないが、それならばそのときは黒色にでも染めればいい。そして今の彼女を形成してきたもののすべてを、この目で見て、1つ1つ確かめるのだ。きっと過去の俺なら平和ボケの象徴だと切り捨てていたものすら、今の俺は愛せるようになっているはずだから。
そのときは毎日縁側に座って茶を飲みながら、彼女の好きな和菓子でもつまんでいたい。雲の流れが速いこととか天気の話だとか、くだらないことを延々と話し続けていたい。そして彼女と年を取り、平和も悪くなかったなって、思いながら死んでいきたいのだ。そうしたらそのとき、彼女はどんな反応をするだろうか。

彼女がくれる穏やかな日々のなかで、ようやく俺は呼吸を覚えた。


(14.0306)
遅くなってしまいまして申し訳ございません…!(;;)素敵リクエストありがとうございました!お気に召しませんでしたらいつでもメッセージくださいー!それではほんとうにありがとうございました!

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -