まだまだちいさかったころ、よく転ぶわたしの手を引いて歩いてくれるのは和成の役目だった。まったく同い年だったというのに和成はほんとうにあのころからしっかりした子供だった。何もないところでも転ぶわたしとは裏腹に和成はいつもしっかりと歩いていたし、転んだ程度では泣くこともしなかった彼は他の人から見ればわたしの兄のようにも見えただろう。そして実際、わたし自身すらも和成のことを兄のようだと感じていたことだってあった。
けれど高校生にもなって和成と手を繋ぐことなどあまりない、どころか、ほとんどない。イレギュラーな場合を除けば、おそらく繋ごうとすることすらないだろう。まあそのイレギュラーな事態というのもちいさなころは夜に出歩かなかったから気が付かなかったことだったけれど、和成があまりにも鳥目なのものだから、夜は逆に和成が転んでしまわないようにわたしが手を引かなければならないというだけのことであって、それほどドラマティックなことでもない。それを初めてわたしにカミングアウトしたときの和成の顔は笑っていたけれどすこしばかり申し訳なさそうで、そのときはじめて和成をすこしだけ身近に感じられた、なんて言ったら、和成はわたしのことを性格の悪い女だと思うだろうか。

だが、普段の和成はいっそ弱点などあるのかと思うほどハイスペックな少年である。暗い中でさえなければ和成はわたしの手なんて必要じゃないのだ。けれどわたしだって大人になった。いつまでたっても和成の助けが必要なちいさな女の子じゃない、
と思っていた。
数分前までは。


「い、っだああああ!」
「なまえ!?」


放課後部活がないならひさしぶりに遊ぼうぜ!と和成に誘ってもらって足を運んだのはバスケのストリートコートだった。いや、もちろんわたしなんかが和成とバスケをして和成を満足させられるほどのプレイができるわけはなかったのだけれど、だからといってバレーは「ちょっとやって帰ろうか」なんてテンションでできるようなスポーツではない。お互いなまじスポーツができるからか、そんなそこらの女子高生みたいにトスをしあってキャッキャとはしゃげるほど簡単なつくりはしていないのだ。
だが、だからといってバスケなんてするものじゃあない。
たしかにそこそこ運動はできるほうだし、バスケだって苦手じゃなかったけれど、なまじ負けん気が強いのが災いした。和成の動きについていこうと一生懸命になりすぎて、慣れない足の動きに戸惑い、思いっきり転んでしまったのだ。

しかもただ転んだだけではなく、足までくじいてしまっただなんて、正直バスケをやっていないからだとかそんな問題ではなく、運動部としてどうかと思うレベルである。


「…おーい?なまえ?」
「なに和成」
「なんで起き上がらねえの?」
「じゃあなんで和成は立ってるの?」
「え、そうなっちゃう?」
「ちょっと横になりたい気分だから」
「ジャージとはいえ汚えだろ」
「そうでもないそうでもない」
「あーもしかしてだけどさ」
「うん」
「足くじいた?」
「くじいてない」
「足痛えの?」
「痛くない」
「立てないほど?」
「立てる」
「じゃあ立ってよ」
「今はまだその時じゃない」
「はいはい、足見せてなー」
「セクハラ!!」


しかし和成がもはやその程度の言葉でひるむはずがない。和成は動けないわたしをさっさと抑え込むと、そのまま足首をそっと握りしめてきた。が、足を盛大にくじいているわたしからしてみればそんな些細な刺激すらも激痛なのである。そしてそんなわたしの反応は和成が思っていたものよりもひどいものだったらしい。和成はすぐさま自分のバックのあるほうへと走っていくと、バックの中から冷却スプレーやらテーピングやらを運びだしせっせとわたしの足に的確すぎる処置を施し始めた。


「なんかすごいな…冷却スプレーいつも持ち歩いてんの?」
「人事を尽くさねえとしつこく言ってくるやつがいるもんで」
「あー緑間か」
「つうかおまえは大丈夫じゃねえだろコレ」
「もうちょっとしたら歩けるようになるから大丈夫だよ。テーピングもしてくれてるし」
「いやいや歩かせるわけねえじゃん」
「じゃあどうやって帰るのわたし。ここで野宿とか絶対嫌だよ」
「女の子野宿させるわけねえっしょ!」
「え?お父さん呼ぶ?」
「ここに男手があんだろ」


最高にいい笑顔でそんなことを言ってのける和成は、そのままバンバンと頼もしく自分の肩を叩いてみせた。が、そんなことが間違ってもできるはずがない。わたしたちだってもう子供ではないのだ。ぶっちゃけた話わたしだって運動部だし身長も伸びたし、体重だって増えた。だというのに和成に背負ってもらうだなんて、そんなことを軽々しく頼めるほどわたしは鋼の心を持ってはいない。
けれど和成はもう譲るつもりはないようである。それから「あんまり動かして悪化したらダメだからなー」なんて言いながらすさまじい速さでわたしの分の支度まで整えた和成は、そのままわたしの前に座り込んだ。が、乗れるはずがないのである。


「いや、乗れないわ」
「え、なんで?」


即答だった。


「いやいやいや、乗れるわけないじゃん!わたしが体重どんだけあると思ってんの!言わないけど!」
「俺だってさすがに聞かねえよ」
「和成持ち上げられないよ」
「持ちあげれるに決まってんだろ?」
「だって和成細いじゃん!」
「え?俺細く見える?」
「うん」
「結構筋肉あんぜ?つうかなまえ俺よりは軽いだろ」
「まあ、そりゃそうでしょ」
「なら余裕!」


だから高尾ちゃんに任せなさい!なんて言ってくれる和成を頼れるほどわたしが可愛らしい女の子だったなら、恥ずかしがりながらでも和成の背中に身を委ねることができたのだろう。けれどわたしはそんな女の子ではない。自分で言うのも嫌だけれど、なかなかに面倒な女なのだ。

しかし和成はあまりにも嫌がるわたしに少々腹を立てたらしい。普段はあまり怒らないけれど、やはりあれだけポテンシャルの高い選手たちに囲まれていれば、いくら平均以上の身長があるとはいえど身長やガタイはそこそこコンプレックスにもなっているのかもしれない。なんなら意地でもおんぶする!と覚悟を決めてしまったらしい和成から逃げるのは至難の業である。
だがわたしとて分かってはいるのだ。下手に動いて足をさらに悪化させれば部活に支障もでる。ならば素直に甘えたほうがいいのだけれど、やはりこちらも意地がある。ああ、でも、と悩んでいる間に、和成はわたしの答えを聞くのをやめたらしい。
「ちょっとごめんな」と言った和成はそのままわたしの腕を掴んで、わたしの身体を引っ張った。そうすると不思議なことに、わたしの身体はあっけなく和成に引き寄せられてぴったりとくっついてしまった。そうなると後は一瞬だった。和成はあっさりとわたしを背負うとそのまま立ち上がったではないか。それどころかさきほどまでのわたしの発言がよほど気に障ったのだろう。「軽い軽い!スキップもできんぜ〜」なんて言いながら、わたしを背負ったままスキップすらしはじめたではないか。


「ちょ、やば、タンマ和成!」
「タンマなし!よっしこのまま帰んぜー」
「えええ恥ずかし…!」
「こういうときぐらい甘えてくれていいっしょ」
「…重くないの?」
「もう1回スキップしてほしい?」
「いや、それはもういい」
「照れちゃって可愛いとこあんじゃん」
「そりゃ照れるでしょ!あーもう、お願いだから落とさないでね。重かったら言ってね」
「落とすわけねえって!」
「ほんとにー?」
「大事な彼女だかんな」


絶対落とさねえし、こんな軽い子落とすほど俺弱っちくねえから!なんて、そんな満面の笑顔は反則だ。いつもよりずっと近い距離で見つめる和成の笑顔は、あまりにも心臓に悪い。
けれど、やっぱり好きだなあ、と思う。

ああ、今日はほんとうに散々で、運動部のくせに足をくじいて動けなくなって和成におんぶしてもらうなんて、お母さんが知ったら死ぬほど笑うだろう。でも、こんな時間も悪くない。細いと思っていた和成の身体はこうして間近で触れてみるとわたしよりもずっとたくましくて、結局バスケをしている間にも和成は利き手を使うことはなかった。
そんな主張のない優しさが嬉しくて、そっと和成の頭に頬を摺り寄せた。きっと和成はそんなわたしの分かりづら過ぎる甘えも汲み取ってくれるだろうと信じて。

(14.0425)
連載が終了しましたので、せっかくなのでその後っぽい感じで書いてみました…!大丈夫でしたかね…。リクエストありがとうございました!

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