一番隊副隊長なまえは先の攘夷浪士との争いで殉死した。
というのが世間一般的に公表されている情報である。


「沖田ぁー、ごはんが足りないよごはんが」
「ほんとあんたはよく食いやすねィ」
「たいして外にも出てないのにお腹ってすくんだから人間って不思議だねえ」


そう言いながら大量の飯を食べきった彼女は口周りをティッシュで拭いながら、ニッコリと微笑んだ。そしてなんと、白飯のおかわりすらおねだりしてきたではないか。ぶっちゃけもうすでに白飯だけでも3合の飯をたいらげているというのにまだ食べるのかと逆に心配になるレベルではあるが、食いたいというのなら好きなだけ食わせてやれというのが局長命令である。だから俺は隣に置いておいた炊飯ジャーから飯をつぎ、それを彼女に渡してやった。ちなみに炊飯ジャーは彼女のために常に3つ常備してある。まあこれも下手をすると1日の間に2回転してしまったりするのだが、食えるうちはまだいいほうだろう。

あの攘夷浪士との論争の後、なんとか生き残った俺たちの目の前で彼女は倒れた。そのとき倒れる直前まで彼女はえらく幸せそうな顔をしていたからきっと疲れが来ただけだろうと俺も土方さんも安易に考えていたのだが、その直後やってきた医療班は彼女を見るなり顔を真っ青にさせて彼女を医務室へと運んで行った。もちろん俺たちは何が起こったのか分からない。それでも、なにかよくないことが起こっているのではないかとそんな嫌な予感ばかりが働いて、俺たちだってすぐに医務室へ行って治療を受けなければならない身だというのに痛む身体を引きずるようにして彼女を追ったのだ。
そして女性の着物を脱がすから退室ください、と言うことすらも忘れていたらしい医療班のやつらが彼女の着物を引んいたそのとき、俺たちが見たのは、大きな着物の下に隠されていた彼女の痩せ細った身体とその身体中に広がる奇妙な痣だった。そう、まるで、中から腐敗が進んでいるような、緑色。

それが俺が最後に見たものだ。それから俺は意識を失ってしまったらしく、気が付いた時にはベッドの上だった。そして目が覚めた俺につらそうな顔をして土方にしては珍しく冗談を言った。


「あいつの寿命はもう長くねえ」


なんでも、あいつの身体には本来人間の身体にあってはならない毒素があり、その毒が年々あいつを蝕んでいたのだと言う。そしてその毒はいまの医学では解明されていたないものだから余命を宣告することはできないが、もうそう長くはないだろう、というのが医者の見解だった。
冗談だろう、と何度聞いても土方は何も言わなかった。俺が胸倉を掴みあげても、キレることすらなかった。それがあまりにも痛々しくて、現実がうまく飲み込めない。そんな俺に土方は、暇を出した。

あいつが死ぬまで傍にいてやるべきはおまえだ、と。

俺がずっと望んでいた、彼女に刀を捨てさせる日はあっさりと訪れた。けれど、彼女は侍として、自分が潰れる日まで刀を振り続けたのだ。彼女は真撰組隊士としての自分の死を受け入れた。そして彼女は死んだのだ。


「あんまり食いすぎても体に悪いですぜィ」
「食べなかったらしんどいじゃん」
「まあそう言うなら好きなだけ食べなせェ。どうせ食いもんは大量に買ってやすしねィ。あんたが食わなけりゃ腐るだけでさァ」
「わたしが食べ物を腐らせるだなんて絶対ありえないけどね」
「それも言えてらァ」
「沖田は何食べるの?」
「俺ァ今日はカツ丼でさァ」
「警察がカツ丼なんて面白いね」
「今頃事情聴取でカツ丼なんざ出しやせんぜ」
「出せばいいのに。あれロマンだよ」
「そりゃあんただけだろィ」


コロコロと笑う彼女はもうあの大きな着物を着てはいない。不要だからだ。もう俺たちに自分の身体を隠す必要はない。すべて見られてしまったのだから当たり前である。
だが、やはりあの大きな着物を着こんだ不格好なあの姿が恋しいと思うのはやめられない。そんな、死に装束のような白い病人の着物なんざ似合わない。だが、もう彼女はあの着物を着ることはないだろうし、この部屋から出ることもないのだろう。
医者はこの身体であれほどまでに動けていたのことの方が信じがたいことなのだと言っていた。なんでも、気力だけで動いていたのだろう、なんて、医者が根性論を持ち出してくるぐらいだ。それはよっぽどだったのだろう。
彼女はもうこの部屋から出ることもないし、基本的に布団から動くこともない。たまに庭が見たいと駄々をこねることはあるが、それも俺の手を借りる状態だ。もう刀を握るどころか、走ることもできないだろう。そんな彼女の部屋にはいまだに真撰組の隊服が掛けられていて、やるせなくなる。


「なァ」
「なあに」
「あんた、なんでそこまでしてくれたんでさァ」
「んー。ヒーローだからかな」
「はぐらかしてほしいわけじゃねえ」
「答えが欲しいの?」
「ああ」
「でも、多少謎に包まれてる方が女はキレイよ」
「あんたは元からキレイだろィ」
「沖田はもっと女を知らなきゃダメね」
「あんな体で、動けたわけがねえって医者言ってやしたぜ」
「そうだね、目的が達成できちゃったから、気力が切れちゃった」
「全部覚悟の上だったってことかィ」
「うん、わたしは自分の身体の問題を知ってたよ」
「……なんで」


男のくせに泣くなよ、と強く背中を叩いてほしかったのに、いつかよりも華奢になった手は俺の背を撫でるばかりで俺を責めてはくれない。それどころか、ただ優しい笑顔を浮かべて俺を慰めてくれるだけだ。

なあ、もうやめてくれよ。
死にたくないって嘆いてくれよ。
そうしたら俺はおまえと一緒に死んでやれるのに。

けれど、彼女はそれをけっして望まない。それどころか、おそらく、彼女をここまで追い込んでしまったのはこの俺だ。だというのにどうして彼女は俺を抱きしめてくれるのだろう。どうして彼女は俺を守ってくれたのだろう。こんなにも細い腕をしているというのに。俺を抱きしめる力はこんなにも弱いというのに、俺はなぜ、彼女の背中を見つめることしかできなかったのか。自分のあまりの不甲斐なさに、涙も出ない。


「まあ、あれよ。後学のために覚えておきなさい」
「なにをでィ」
「女は惚れた相手のためならなんだってできるってことよ」
「…後学なんざ、必要ねえや」
「そんなに女心が分かってないのに?」
「そっちだって男心が分かってねえや。心底惚れた女がいたら、もう他の女なんざいらねえだろィ」
「嬉しいこと言ってくれるけど、沖田は、他の人を愛さなくちゃ」


わたしはもう消えちゃうんだから、次は健康的でやさしくて料理のうまい女の子でも探しなさい。
そう言う彼女の表情は見えないけれど、きっと、いつもよりもすこしだけ大人びた顔をしているのだろうと思った。彼女はいつもそうだ。普段は俺と一緒になってはしゃぐくせに、ふとした瞬間に年上の顔をする。ずるいひとだ。だって俺はこんなにも、あんたに惚れているのに。
健康的じゃなくていい。半日以上眠りこけていたって構わないし、料理がつくれようがつくれまいが美味しそうに食べるあんたの顔を見ているだけで幸せだし、あんたは誰よりも優しい。こんなにも俺はあんたを求めているのに、どうしてあんたは俺から遠ざかっていこうとするのか。

いつか冷たくなる身体を、離すものかと抱きすくめたら、耳元で彼女が息を詰めるのが分かった。ああ、おそらく俺を愛したことによって死ぬことになる彼女はその死の瞬間まで俺を想ってくれるのだろう。ならば俺とて、彼女を愛そう。彼女が死んでも、俺が死ぬまで。
後学役に立たなかったね、といつか笑ってくれ。そのときはきっと、俺だってこんなふうに泣いてばかりではいねえだろう。

(13.1228)
あの連載の番外編となると、もうシリアスしか浮かびませんでした…。
もし彼女が沖田と生き残れた場合、のエンディングです。ちょっと…ハッピーエンドもそのうち…書きますね…あまりにもいたたまれない…。
素敵なリクエストありがとうございました!ちょっとコレ違うわーと思ったらお気軽にお申し付けくださいませー!


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