長い間、というわけではないのかもしれないけれど、付き合っていた彼氏に別れを告げられた。まあ、珍しいことではないだろう。結婚するわけでもないのなら、いずれは別れとやらがくるのだから。そう友達はわたしを慰めてくれたけれど、そう簡単に諦めてしまえるほどわたしは理性的な人間ではなかった。

だがしかしいつまでも悲しいと言っていられるわけではない。おそらくそんなことを言ったところで「あんたを捨てる男なら願い下げでしょうに」だなんて的外れな慰めの言葉をもらうだけだ。しかもそれ以外にどんな慰めの言葉をもらいたいかなんて希望すらもわたしにあはないのだから、結局なんにも言われたくないのである。それなら1人で勝手にやってればいい。というわけでわたしは学校であの男とすれ違うたびにどこかへ逃げ込んでこうして1人で気持ちを落ち着かせているのだけれど、これもそう長く続けていてもいいものではないだろう。
どうにかして諦めなくちゃ。
そう思うもやめられない。だが、今日は隠れた場所が悪かったようである。いきなりグラウンドを横切ったあいつの顔を見たくなくて、あいつの視界に入りたくなくて、わたしが咄嗟に隠れたのはテニス部の部室の隣の空き部屋だった。だが、そこは実際空き部屋ではない。教師たちもなにも言わないのをいいことに、テニス部の面々がその部屋をまるで第二の部室のように使っているというのは周知の事実だった。
それでもまあ、そうそう彼らに会うこともないだろう。今彼らは部活をしているはずだし、きっと大丈夫だ。もうすこしして涙が乾いたらわたしだってすぐさまここから出ていくつもりだし。

だがだいたいこういう場合、神様はやさしくない。
ガラリとあけられたドアの向こう側にいるのは心優しいわたしの友達ではなかったし、彼の位置からわたしがここにいるのはよく見えたらしい。しまった、動くことも忘れていた。とりあえずわたしは真っ赤な目のまま木手くんに手を振ってみたのだけれど、木手くんはめんどうくさそうな顔をするだけだった。


「それはないんじゃないの木手くん」
「考えてもみなさいよ、部活に必要なものを取りに来たらクラスメイトの女の子が泣いてるんですよ。そりゃあこんな顔にもなるでしょう」
「そこは紳士的に対応してほしかったかも」
「俺が紳士的に対応ですか」
「してそうなイメージはあるけどね」
「浅はかな考えですねえ」


しかしそう言いながらも木手くんは必要なものだけとって、そこから出ていくというような真似はしなかった。あまり距離を詰めるわけではないが、それでもある程度一定の距離を保ちながらもわたしと会話をしてくれるらしい。それは木手くんにとってはただ単にこの部屋から部外者であるわたしを追い出したかっただけの行動だったのかもしれないけれど、今は、なんとなく木手くんと話がしたい気分だった。


「木手くん部活はいいの」
「今はトーナメント練習ですし大丈夫でしょう」
「そんなもんなの?」
「邪魔でしたら出ていきますよ」
「ううん、邪魔じゃない」
「そうですか」


木手くんが言葉少ななことは知っている。だがそれでいて、人を気遣うことができるやさしいひとであることもわたしは知っている。そんな木手くんは、おそらくわたしがどうしてこんなふうに泣いているかを知っているのだろう。彼氏だった男が有名だったということもあってかわたしたちが別れたというのはみんなが知っていたし、その男がまた新しい女を連れていることもまたおなじぐらい有名なことだった。


「…あの男、部室の前を通って行きましたよ。もう帰ったでしょう」
「そうか」
「不細工な女を連れて」
「不細工って、あのひとキレイじゃん」
「あなたのほうがよっぽど愛らしいでしょうに」
「はは、すっごい口説き文句」
「口説けば落ちるんですか」
「えーどうだろ。木手くんみたいなやさしいひとに口説かれたら、今のわたしならころっといっちゃうのかもね」
「じゃあ、いっちゃってくださいよ」
「…わたしを慰めようとしてくれてるの?」
「さあ、どうでしょう」


それはあなたが考えることでしょう、なんて、そんなことを言ってのける木手くんの表情はおそろしいぐらいいつもと変わらない。クールですまし顔。だというのに、目元がちょっとだけ赤い。それを自分にもっとも都合のいい解釈で受け取ったら、木手くんは怒るんだろうか。一定の距離を絶対に詰めようとしない木手くんのもう1歩を促すのは、わたしの一言だけだ。


「前の恋を忘れるには新しい恋をはじめるのがいいそうですよ」


きっと前の男よりは大事にしてやれると思いますがね、と告げる木手くんはほんとうにわたしの答えを必要としているのだろうか。このひとはほんとうはわたしがどうしたいと思ってるか、なんて、分かっているに違いない。

きっともう明日からは、あの男の姿を見たからと言ってどこかへ逃げ込むようなわたしはいない。その代わり、隣には木手くんが立っていてくれているだろうから。

(14.0315)
すみません大変遅れました…!毎回毎回エセ木手くんですみません…!素敵なリクエストありがとうございました!

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