暗殺だけしておけばいいんだからヴァリアーなんて案外楽なもんでしょ、なんて言うやつがもしいたら、きっとわたしはすぐさまそんなことを言ったやつらの口を縫い付けてコンクリートで固めて海にでも沈めてやっただろう。たしかにベルやレヴィなどのデスクワークに向いていないやつらは暗殺業だけやっていればいいのかもしれないが、それだって楽な仕事なわけではないし、デスクワークとて他の組織に見劣りするようなものではない。それどころかここヴァリアーではデスクワークに割ける人間が少ないからか、デスクワークがトップレベルに過酷な業務になりつつあるのが現状だ。ここ数年スクアーロがまともな睡眠をとっているところなんて見たことがない。

それならばすこしぐらいはスクアーロの負担を減らしてあげたい。その一心でわたしもスクアーロのデスクワークを手伝うようになったが、最初のころはスクアーロは絶対にわたしに仕事を分けてはくれなかった。「テメエはヒットマンやってりゃそれでいい」なんて、スクアーロなりの心配の言葉だ。デスクワークまでこなして、自分のような人間をもう1人つくるのが忍びなかったのである。だからこそわたしはそんなスクアーロの手から半ば奪い取るようにして書類を剥ぎ取ったのだが、そこまでするとさすがのスクアーロも諦めざるを得なかったらしい。少々不服そうではあるものの、スクアーロは多少なりとも仕事を分け与えてくれるようになった。それがどれだけ嬉しかったか、きっとスクアーロは一生気が付くことはないのだろう。良くも悪くも不器用なひとだ。
けれど、まさかこんな大失態を犯すことになるとは思わなかった。


「……あーこんなミス、ヴァリアーに入る前でもやらかしたことなかったのになあ」


いけない、1人でいるとつい愚痴っぽくなってしまう。わたしはもう1つ溜息を吐きだすと、今度は口を開くことなくさきほどボスに殴られた頬に右手を添えた。
笑ってしまうほど初歩的なミスだった。敵が残していた爆弾に気付かず、その爆弾をもろに食らってしまった。おかげさまでわたしの身体は見るも無残に火傷だらけで持っていたデータの入ったUSBも、復旧することができたからよかったもののボロボロになってしまった。そりゃあ殴られる。普段理不尽にスクアーロを殴るボスとは思えないほど、正当な暴力だ。
だからこそ悔しかった。
ヒットマンとして任務を滞りなく完遂できなかったことが不甲斐なかったし、それに加えてボスに言われた言葉に反論することができない自分の弱さを呪いたかった。


「…よお」
「…あ、スクアーロだ」
「火傷、痛むかあ」


どれだけの時間が経っていたのだろうか。気が付けば仕事が一段落ついたらしいスクアーロがわたしの病室に見舞いにきてくれていたらしく、わたしは急いで握りしめていた拳から力を抜いた。手のひらにはくっきりと爪が食い込んだ痕がのこっていた。


「火傷はちょっとだけね。あはは、こんなケロイドだらけになっちゃって、キレイじゃなくなっちゃったなあ」
「…そんなにケロイドだらけかあ?」
「服の下が結構すごいかも。右半分わりとやられてるから」
「任務には支障ねえんだろう」
「うん、ちょっとの間は安静にしなくちゃいけないけど、出れるよ。でもこんな不甲斐ないわたしにボスが任務をくれるかなあ」
「安心しろお」
「ん?」
「ザンザスがテメエに任務をやらなくても、俺がテメエに任務をやる。テメエのヒットマンとしての腕を1番信頼してんのは、俺だからなあ」


ギシ、と音をたててベッドのスプリングがちいさく軋む。けれどスクアーロはそれ以上の距離を絶対に詰めようとはしない。それどころか、わたしに触れることもない。けれどそれはケロイドを気持ち悪がっているからではないだろう。長い付き合いだ、スクアーロの考えそうなことぐらいわたしにだって分かる。きっと今スクアーロは、わたしにどうにかして笑ってほしくて、言葉を選んでいるのだろう。けれどスクアーロはお世辞にも口がうまくない。それどころか泣きそうになるぐらい、ストレートな言葉しか知らない。彼は嘘が吐けない。


「…こんな失敗しちゃっても?」
「挽回しろお」
「…うん、絶対に」
「ザンザスに、俺の仕事を手伝えるほど有能なのかって言われたみてえだが、言っておいたぞお」
「なんて、言っておいたの?」
「俺は有能なやつにしか仕事を渡さねえ、ってなあ」


…そんなことを言われたのは、はじめてだった。
そしてきっとそれは、わたしが1番言われたかった言葉だった。ずっとずっとスクアーロに認められたかった。見返りを求めていたわけではないけれど、わたしも、彼の隣に並んでいいのだと彼自身に保障されたかった。

たまらずじわりと滲む視界の向こう側で、スクアーロが手を彷徨わせているのが見えたけれど、やがてスクアーロは義手でないほうの手をわたしの頭に乗せると、頭がもげるのではないかと思うほどの力強さでわたしの頭を撫でた。もしわたしが首の据わっていない赤ん坊だったなら首がもげていたかもしれない。けれどこれがスクアーロだ。あんなにも流麗に刀を振ることができるくせに、だれよりも不器用でまっすぐなひと。そして人の努力を見ていて、認めることのできるひと。
そんなひとだからわたしは一生ついていこうと思ったのだ。


「テメエはよくやってる」
「う、うん。ありが、と」
「ンな怪我さっさと治してはやく戻ってこい。いつまでも休暇をくれてやるほど俺は優しくねえぞお」
「あはは、ブラック企業、ってやつだ」


頭を撫でる手つきも、涙をぬぐう指先もひどく乱暴だったけれど、それはわたしを満たすのには十分すぎた。ヒットマンとしてのわたしも、女としてのわたしも、どちらも同じわたし。きれいでありたいと思うけれど、ヒットマンのプライドだけはないがしろにされたくはない。それを分かった上で、スクアーロは拙い言葉でわたしのすべてを尊重してくれる。
「やっぱり笑ってるほうがいいぜえ」と安心したように笑うスクアーロの腕の中に飛び込んだ。

(14.0318)
リクエストが素敵すぎて書くの緊張しましたけど、こんな感じで大丈夫でしたかね…?(冷や汗)もしもう少しこうしてほしいといったところなどがありましたらいつでも気軽にメッセージください(;;)
素敵リクエストありがとうございました!

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