ちいさなころからなまえは俺にとってたった1人のお姫様だった。だからこそ俺は彼女のためにかっこよくなろうとしたし、彼女が泣いていたらすぐさま駆けつけて守ってやろうとした。まあ、それに関しては俺の運動神経やら要領やらがよかったのは幸いだった。こればっかりは親にいくら感謝しても足りないぐらいだろう。幼稚園に通っていたころかけっこで1位をとった俺に「かっこいい」と言ってくれた女の子は、俺の気持ちなんてこれっぽっちも気が付かないまま成長し、同じ小学校へ通い中学校へ通い、高校に通うようになっても俺の隣にいてくれている。

けれど、俺だって人間だ。彼女が傍にいてくれるだけでいい、なんて殊勝な考えでは満足できないようになってしまった。そしてできることなら彼女からも愛されたいと望むようになった俺には、彼女は、あまりにも酷だったと言わざるを得ないだろう。彼女は俺を家族同然の存在としてだけ求めていた。彼女を愛する高尾和成など、彼女には不要だったのだ。
だから俺は気持ちを隠した。だれにも知られないように奥底へとその気持ちを閉じ込めて、彼女のよき家族であれるよう、精いっぱいの努力をした、つもりだった。けれど彼女の傍に居続ける限り、彼女のことをさらに好きになることはあってもこの気持ちが下降することはない。それに気付いてからは、夜が億劫になるほど長く感じられるようになった。

親がふざけて俺たちが結婚すればいいのに、と口にしたとき、本当にそうできたらどれだけいいかと思った俺に、彼女は俺と結婚するのだけはないと言い切って、それでも俺に触れた。そして俺を美形だと褒めて、俺と結婚できる女がどれだけ幸せかと説き、そして自分は俺のような男には選ばれないだろうとまで口にした彼女は、ほんとうに、これっぽっちだって俺を男として見ていなかったのだろう。
けれどそれに気が付かなかったわけじゃあない。それどころか知っていた。そしてその上で、俺が高望みをすることさえなければ俺は彼女とずっと一緒にいられるのだからと自分に言い聞かせたことだって、1度や2度じゃあない。

それでも諦められない、と思ったのは、年々キレイになっていく彼女のことを好きだと言っている男がいるらしいという噂を聞いてからだ。

だって、信じられるか。俺は誰よりも彼女の傍にいて、彼女の趣味嗜好のすべてを理解し、こんなにも彼女に寄り添える。それに俺は彼女がこんなにも愛おしいのに、他の男に彼女が奪われるのをまるで家族のような顔をして見守らなければならないだなんて、そんな苦行はない。そんなことに、耐えられるはずがないのだ。
それなら、あるかどうかもわからない未来に縋ってこの気持ちを抱えていくぐらいなら、俺はその未来を壊してでも、今、彼女を手に入れたくなった。たったそれだけの話である。笑えてくるほど身勝手なだけの俺の恋心。きっと彼女は傷つくだろう。泣いてしまうだろう。そこまで理解できていたのに、俺は今までの人生ではじめて、彼女よりも俺自身を優先させた。
もちろん翌日会うのはかなり気まずかったけれど、それでも俺が気まずい雰囲気を出してしまったら本格的に終わりだ。だからこそいつも通りの俺で彼女に接したのだが、どうやら彼女はそうはいかなかったらしい。…だが、予想は出来たことだ。彼女はとても誠実な女の子だから、きっと昨日の俺の言葉にだってきちんと答えをくれるだろうと思っていた。そしてその予想通り、彼女は俺に答えをくれるつもりらしい。人気のいないところに行こう、と俺を誘った彼女のちいさな背中についていきながら、答えなんていらないと突っぱねてやれたらどれだけよかったのだろう。けれど結局、俺は彼女の言うことならなんだって従ってしまう馬鹿な男なのだ。

そして人気のいない場所へ連れて行かれて2人で向かい合ったとき、我慢できないといった様子でぼろり、と彼女のおおきな双眸から涙が零れ落ちるのを、俺はただ黙って見つめていた。あーあ、今まで泣かせたことなんか、なかったのに。それにまさか彼女が泣いているのにその涙をぬぐうことすらできねえなんて、もうろくなもんじゃねえ。まったく、俺はただ、彼女のことをずっとずっと好きでいただけなのに。

その結果が、これなのか。


「わたしは、和成のことを、たぶん好きにはなれない。ずっと家族だと思ってたし、家族でいたい。本当に、ごめんなさい」


涙を流してはいても意志の強そうな瞳がまっすぐに俺を見据えるのを見つめながら、この気持ちをどこに捨てればいいのかを考えたけれど、浮かぶはずもない。捨てる場所などないのだ。もうこの気持ちは俺の一部となってしまっている。彼女を愛さない俺の人生なんて、ありえない。
だが、他にどうすればよかったというのだろう。もう俺の気持ちは、1人で抱えていくのには重すぎたし、隠し通すには大きくなりすぎていた。

だというのに俺の恋心は、ただ彼女を泣かせることしかできなかったのだ。

だから俺は努めて明るく笑って「愛にだっていろいろあるわけだしさ、おまえがそう望むなら、きっと俺の気持ちも家族愛になる日がくるって。俺だっておまえと家族でありたいって気持ちはあんだしさ」と言ってやった。ああ、そんなこと、これっぽっちだって思ったことはなかったのに。彼女と家庭をつくる、ならまだしも、兄と妹のような関係性など構築したくもない。だっていうのにおまえが嬉しそうに笑うから、結局俺はまた、ここで立ち往生するしかない。

おまえのことを家族と思えることができたなら、どれだけ楽だろうか。もう馬鹿な男でもなんでもいいから、せめて、おまえのことが好きだと言いたいよ。

(13.1011)


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