秀徳高校バスケ部はバスケ部に所属している人間なら知らない人間はいないだろうというぐらいの超強豪校である。だからこそ練習量だってそれに見合ったものがある。そんなバスケ部に所属している和成だって練習終了時間はかなり遅いのだが、わたしが所蔵しているバレー部だってそう早く終わるわけじゃあない。それなら女の子1人で夜道を歩かせるのは心配だからと、バレー部が特別遅く終わるときは和成と一緒に帰宅するのが実は中学時代から変わらない習慣の内の1つだったりする。

そして今日も今日とてハードな練習を終えたとは思えないぐらいのけろりとした顔をしたままわたしの隣に並ぶ和成は、チャリヤカーは学校に置いてきたらしい。まあ、たしかにあれで登下校ができるのはいくらなんでも緑間ぐらいなものだ。わたしだってさすがに羞恥心はある。あんなもので帰宅していたらあっという間に近所のおばさんたちに見つかって、さぞや盛大な噂を流されるに違いない。まあわたしがそんなふうに噂をされるのが嫌いだということを知っている和成はおそらく明日、緑間を迎えに行くために1度学校にチャリヤカーを取りに行ったりするのだろうが、和成いわく「真ちゃん家学校超えた先だから別にどうってことねえよ」だそうだからわたしが気にする必要はないらしい。…ほんとうに和成は将来だれかと結婚したらいい旦那になると思う。


「和成ってさー」
「うん」
「あんな練習した後なのに、なんで全然しんどそうに見えないんだろうね」
「いやーしんどいぜ?マジ今日も吐くかと思ったもん俺」
「全然そうは見えないけど」
「かわいい女の子の前じゃかっこつけたい男心ってやつじゃね?俺だっていろいろ必死にもなんのよー?」
「あーはいはい。和成マジでそればっかりだからビックリするわ」
「はは、嫌じゃないっしょ」
「まあね」


そう言ってやると和成はにっこりと嬉しそうな顔で微笑んだ後に、スポーツバックの中に入れていたジュースを取り出しそれをわたしに差し出した。だからわたしもそれを受け取り、口をつける。まあ、間接キスなんていまさら気にするような関係性ではない。それにこうして和成がジュースをくれたのだって、あまり水分を積極的に摂取しようとしないわたしが昔脱水症状で和成の前で倒れたことがあったのをいまだに気にしている和成が心配してくれているだけなのだから、それは素直に従っておかなければ。まさか中学時代のように和成にわたしを背負わせた状態でこの住宅街を全力疾走させるわけにはいかない。わたしだってあのころに比べれば身長も伸びたし、体重もそれに比例するのだ。いくら和成とはいえ、そう簡単に運べはしないだろう。

しかしわたしの身長が伸びたのなら、和成もおなじように背が伸びた。昔はそんなに身長差があったようには思えないのに、今ではわたしたちの身長は頭1つ分ぐらい違う。


「身長伸びたよね」
「それ言うならおまえもだろ」
「わたしバレー部だもん」
「俺だってバスケ部だぜ」
「もっと伸びるのかな」
「もっと伸びるだろ、多分だけど」
「へー」
「もしかしたら俺も180超えるかもよ」
「はは、和成が180オーバーとかスペック高すぎて女の子選び放題じゃん。今でも選びたい放題なのにさ」
「俺にはなまえちゃんがいてくれっからなー別に他の女の子はいらねえかなみたいな」
「なにそれ」


和成はそういう冗談がすきだ。結構な頻度で口にする。だからこそわたしのまわりの人間は和成はわたしのことが好きなのではないかなんて勘違いするのだが、それでもわたしたちは家族同然の存在なのだ。まさかわたしたちの関係性が幼馴染から恋人に変わるだなんて、想像もできない。

けれど、180オーバーの和成は一体どんなふうなのだろう、と想像する。まあわたしの今までの彼氏は歴代180cmを超えていたから想像するのは決して難しくはなかったのだが、それでもさすがに和成の顔で180cmオーバーなんてそれは神様に愛されすぎているような気がする。今でも顔がちいさくてスタイルがいいおかげで実際の身長よりも背が高く見える和成が本当に高身長になったら。…もしわたしが幼馴染じゃなかったら、うっかり和成のことを好きになるかもしれないレベルでイケメンである。まあそんなイケメンはわたしのことなんて相手にはしてくれないだろうが。

そう思っていると和成はなぜかわたしに向かって手を差し伸べてきた。…だが、その手を振り払うことはしない。なぜなら和成は普段こちらが驚くほど周囲を見渡すことのできる視界の広さを持ってはいるが、暗いところにくるとその目は普通の人よりもまわりが見えなくなってしまう。いわゆる鳥目なのだ。だからちいさなころから暗いところを歩くときはわたしと手を繋ぐのがわたしたちの中での習慣でもあった。だからわたしの手よりもすこしだけごつごつしているおおきな手をそっと握り返してやる。


「まったく、視力いいのにね」
「ほんと鳥目って嫌だよなー」
「不便だよね。彼女とお化け屋敷とか肝試し行くとき和成どうすんの。彼女に手引いてもらわなくちゃじゃんか」
「おまえが俺の手引いてくれるもーん」
「和成だってそろそろ彼女の1人ぐらい作るでしょ」
「…あのさ、それって計算なわけ?」
「はあ?」


いきなり何を言い出すのだろう、と、足を止めると、和成は切れ長の目をすこしばかり訝しげに歪めてこちらを見つめていたものだから、わずかに息が詰まる。こればかりは理屈ではないのだ。いつだってわたしはこんなふうに和成に見つめられるのに弱い。いつもよりは見えていない状態だというのに、なぜだかすべて見透かされたような気になるからだ。
けれど実際、和成はわたしのことなんてすべて見透かしてしまっているのではないだろうか。和成はとても賢い少年だし、それに、わたしたちは互いのことを理解し合うに十分すぎる時間を共有してきたのだから。


「なあ」


だからこそその先は聞きたくなくて、わたしはきっと、ずっとその言葉から逃げていた。だというのに、もう和成はわたしを笑いながら逃がしてはくれないのだ。


「俺たち、家族じゃねえんだぜ」


そんなこと、とっくの昔から知っている。けれど、それでも、わたしは和成と家族でいたかったのだ。男女の友情を完璧に成立させていたかった。ずっとずっとこのまま、仲良くやっていけたらと、それだけを願い続けた。その間に、和成の望むような形となることを、わたしは1度だって望んだことがなかったのだ。

けれど和成はそんなわたしの気持ちも見透かして、へらりとわたしの好きな笑顔を浮かべると「じゃあ、おまえも早く家入れよ」と言いながら手を振り、家の中へと入っていった。

繋いでいた手はいつのまに離されていたのか。わたしはもう1度和成の名前を呼ぶこともできないまま、自分の家に入った。

知らないままでいたかった
(13.1011)


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