高尾和成といえば秀徳高校で知らない人間はいないだろうと言われるぐらいの有名人である。それもそのはずで高尾和成は秀徳高校のバスケ部のレギュラーとして活躍することができるぐらいの抜群の運動神経を誇っている上に、いっそ神様からの贈り物ではないかと噂されるほどの社交性を持ち合わせるハイスペックな少年なのだ。もちろんそんな高尾和成に恋心を寄せる女の子は少なくない。そして彼女たちは毎日のようにわたしのところへやってきては、どうにかして和成に自分を紹介してくれないかと頼み込んでくるのだが、どうして彼女たちが和成とお知り合いになるためにわたしを頼ってくるのか。それはわたしが高尾和成のたった1人の幼馴染だからである。


「いいなーなまえ」
「え?なにが?」


いつも通り教室で友達と弁当を食べていると、彼女はいきなりそんなことを呟いてぼんやりと和成のほうを見つめた。ちなみにその視線の先にはやっぱりたくさんの友達に囲まれた和成の姿があって、そういえば和成が1人でいるところなんてもう何年もずっと一緒にいるけれど1度も見たことがない。ほんとうに和成のコミュニケーション能力は年々向上することはあっても低下することはなくて、すこしばかり口下手なわたしからしてみれば非常に羨ましいばかりである。


「高尾くんの幼馴染なんて、たぶんみんななりたがってるよ。ほんとあんたって幸せ者だよね」
「そりゃ母親同士が仲良くて家が隣なんて漫画みたいなシチュエーションが揃ってたら、誰だって幼馴染になるでしょ」
「分かってんだけどさー。あー、異性の幼馴染なんてこの年頃になったらみんな離れていくもんなんじゃないの?なんであんたらそんなずっと仲いいの?」
「和成が1度仲良くなった誰かと疎遠になるところなんて想像できる?」
「それもそうだわ」


ちなみにわたしはそんな社交的な和成とは少しばかり違い、地味なわけではないけれど、それでもまさかあんなふうに集団の中心に入っていって笑いをとれるような抜群の手腕は持ち合わせていない。それどころか言葉足らずなところを和成にいつも埋めてもらってばっかりで、むしろわたしの口下手は和成がわたしを甘やかしたせいではないのだろうかと最近では自分勝手すぎる八つ当たりのような不満を持ち始めているぐらいである。まあ、もちろんそれを本人に告げることはしないが、それでも本人にだってそれなりに自覚はあるだろう。それに和成は基本的に世話好きだ。だからこそ緑間と相棒なんてやっていられるのだろうけれど、あれはわたしから見てもかなり口下手だし偏屈だし、ツンデレなんて言葉では片付かないだろうと思う。いつも「真ちゃんってばツンデレだから!」と誤魔化そうとする和成の言葉に頷くクラスメイトたちだって「いや、それはちょっと違うんじゃねえの」と思っているに違いない。
だが、おそらく和成が傍にいる限り緑間がこのクラスで浮くことは決してないのだろう。まったく和成のコミュニケーション能力がすこしでもわたしに伝染してくれればいいのに、と願わずにはいられない。


「あ、なまえ!」


すると和成はさらりと集団の中から抜け出してこちらにやってくると、手にしていたジュースの缶をわたしに手渡してきた。ちなみにそれはわたしがちいさなころから大好きなジュースのうちの1つで、きっとわたしがこのジュースを好きだということを知っているのは和成1人だけなんだろうと思う。そしてそれをわたしに手渡した和成は満面の笑みを浮かべると「次の大会もレギュラー選ばれたんだろ?それは俺からのお祝いな!」と言って、ぽんぽんとわたしの頭を撫でると、そのまま集団の中へと戻って行ってしまった。
もちろん、こんなことを教室の真ん中でやらかしていれば、誰だってわたしと和成の仲を邪推するだろう。けれどわたしたちは幼馴染なのだ。ニヤニヤと締まりのない顔をしたままわたしのほうを見つめる彼女には悪いけれど、それでもきっと和成はわたしのことを妹のようにしか思っていないだろうし、わたしだって和成のことを友達としか思っていない。そんなわたしたちの間に甘酸っぱい恋の予兆なんてあるはずがないのだ。


「…なまえ、高尾くんとできちゃったりしないの?」
「できちゃったりしないの。だいたい和成は誰にだってやさしいでしょ。あんなので期待してたら幼馴染なんて務まらないからね」
「それはそうかもしれないんだけどさ、高尾くんだってあんたのことちょっと好きなんじゃないの?」
「バカじゃない?わたしたち幼馴染なんだよ。いまさらでしょ」



和成はなんだってできる。勉強だってスポーツだって、なにをさせたっていつも要領よくこなしてしまう和成の隣で、わたしはずっと、幼馴染として生きてきた。そんなわたしからして和成はもう家族同然の存在なのだ。きっとこんなふうにずっと傍にいるのだろうと信じて疑わないぐらいにはわたしたちは長い時間を共有してきたつもりだし、それに和成だってよっぽどのことがない限りわたしから離れていったりはしないだろう。
けれどたしかに1つだけ言わせてもらえるなら、わたしの初恋は和成だった。いつもキラキラとした笑顔を浮かべてわたしの手を引いてどこへでも連れて行ってくれる和成はわたしにとってとても魅力的だったし、まわりの子たちに口下手なのを指摘されてショックを受けているときには「俺がおまえの分まで喋れるから、俺ら、2人でちょうどいいじゃん」なんて言って慰めてくれた和成のやさしさは、たしかにわたしの恋心を一時期はぐくんではいたのだ。わたしたちがまだちいさかったころ、和成はわたしにとってたった1人きりの王子様だった。けれどわたしたちはお姫様でもなければ王子様でもなくなった。


「だいたい幼馴染なんてフラグじゃないの」
「幼馴染がフラグになるのは少女マンガの中だけでしょ。ホラ、早く食べちゃわないと。次の数学の宿題まだやってないんじゃなかったっけ」
「やっばい!忘れてた!」


そう言いながら急いで弁当を掻きこむ彼女が想像しているような事態は、きっと一生起こらない。そこには、家族ではないわたしたちが家族同然であるために必要なボーダーダインがある。それをきっと、わたしたちは、踏み越えない。

(13.1009)


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