もし、彼女が俺のことを好きになってくれたら。そんな期待に押しつぶされて眠れない夜がある、なんて言ったら真ちゃんは笑うだろうか、それとも呆れるだろうか。「そんなことで部活に身が入らないと言うのなら恋なんてやめてしまえばいのだよ」と怒るだろうか。あるいは同情してくれるだろうか。けれどたとえ真ちゃんが俺のためにどんな行動を起こしてくれたとしても、結局この気持ちは晴れないのだ。
おそらく彼女に他に好きな男ができて、それを認めることができてようやく、俺は彼女のことを忘れられる。それまではきっと何があったって無理だ。どうしたって諦められるわけがない。さすがに今のように部活に身が入らなかったりあるいは逆にのめり込みすぎてまわりを巻き込んでしまうなんて状況はよろしくないが、バスケに関してはどうにかすることはできるだろう。きっとバスケを疎かにするような俺では、彼女の幼馴染にもどることすらできない。それだけ分かっていればきっとすぐに以前の俺に戻れるだろう。

だが、もしも彼女がここへ来てくれたら、と思わずにはいられなかった。今日あの先輩とデートをするのだということはなんとなく知っていた。だからこそ、今日、彼女がここへ来てくれたらどれだけいいだろうかと思った。
そうしたら彼女はあの先輩よりも俺を選んでくれたということになる。それはつまり、すこしぐらいは期待したっていいということだろう。そんな奇跡を待ちわびるけれど、きっとうまくはいかない。いくらシュートを打ってもちっとも入らないのと同じように、世界はそれほどやさしくはできていない。

だから、その姿を見たとき、一瞬夢かと思った。


「和成」


どれだけ走ったのだろうか、浮かぶ汗をぬぐいながら彼女は「話をしよう」と俺に言った。だから、きっと夢だと思った。それはそうだろう。これは今まで俺が何度も夢に見るほど焦がれたシチュエーションだ。あまりにもできすぎていたし、飲み込むには衝撃的すぎた。
けれど紛れもない現実なのだ。
彼女は今ここにいるし、俺と話をするために走り回って俺を探してくれもした。


「…どうしたのなまえ、おまえ今日デートじゃなかったっけ」
「うん、デートだった」
「もう解散したわけ?」
「ううん、帰ってもらったの」


俺と話をするためにデートすらほったらかして俺のところへ来てくれたらしい彼女に、期待するなというほうが無理なはなしだ。それに、すこし話をしていなかった間に彼女はすさまじいスピードで大人になってしまったらしい。今まで見たことがないぐらい真剣な目をして俺を見据える彼女は、そのまま俺の隣に腰を下ろした。そうしていると、俺も彼女も随分と成長したものだと思う。昔は彼女のほうがすこし俺より背が高いぐらいだったのに、今ではもうこんなにも違うのだ。手の大きさだって体の大きさだってなにもかもが違う。
だが、女の子の方が精神的な成長がはやいというのは真実だったらしい。今や彼女は俺には真似できないぐらい大人びた笑顔を浮かべて俺の隣に座っている。


「つうかとりあえず水飲めって。どんだけ走ったのおまえ」
「限界に挑戦してんのかなってぐらい走ってきた」
「すげえ汗かいてんもんな。ちゃんと水とらねえとまたぶっ倒れるぜ」
「あはは、あとで奢って返すよコレ」
「いいっていいって。全部いっちゃえよ」
「じゃあお言葉に甘えて」


その言葉と同時に男前にペットボトルのスポーツドリンクを半分ほど一気に飲んだ彼女は、それを俺と彼女の間に置いた。そうして俺が差し出したタオルで簡単に汗を拭くと、彼女は「大島さんとは最近どうなの」と切り出してきたではないか。

…やっぱり舞い上がっていたのは俺だけで、実際彼女はなんてことはない会話を幼馴染としにきただけなのではないかなんて考えが浮かぶ。そうだとしたらなんてひどい話だろうか。そう思いながらも、努めて笑顔をつくりながら「なんだかんだでうまくいってるぜ」と答えるつもりだった。しかし彼女は俺の言葉なんて待つこともなく「わたしは先輩に謝るつもりだよ」と言い切ったではないか。


「…え?なんでおまえが謝んの?」
「どっかで利用しようとしてたんだよね。空いた穴をふさごうとしてたかもしれない。だからそんな不誠実なことしちゃってごめんなさいってちゃんと言わなくちゃダメかなって。自己満足だけど」
「そんなことねえんじゃねえの」
「どうしたって和成と比べちゃう。和成と一緒にいるほうが楽しかったって、思っちゃうんだよ」


そんなことを言いながら「和成の思っていることが聞きたくて来たんだよ」なんて笑う彼女は、もう俺のことを家族としては見ていないのだろうか。だとしたら、俺のことを1人の男として意識してくれている、ということなのだろうか。
それはなんて、幸せなことだろう。
俺はもう彼女に「好きだ」と伝えることができるのだ。彼女が俺との関係性を守るために引いた境界線を越えて、その先に触れることができる。それはもう長いこと俺の前にあった障害だった。それが今、彼女の手によって取り壊された。その壁の向こう側で彼女は俺の言葉を待っている。

だから俺は口を開いた。

もうずっとずっと、この境界線を越えることができたら言いたいと思っていた言葉がたくさんあったはずなのに、出てくるのはシンプルな言葉だけだった。けれど、それで十分なのだろう。


「…好きだ」
「うん」
「おまえが好きだよ、ガキだったころからずっとおまえだけが好きで、兄みてえな存在ってのも悪くはなかったけど、俺はやっぱりおまえのことが女の子として好きでさ」
「うん」
「家族みたいだって言ってくれたのも嬉しかったけど、それだけじゃ足りなくて」
「うん」
「大島といたって、誰といたって、おまえのこと忘れらんなかった。たぶん他の人を、俺は一生好きになれねえのかもしんない」
「うん」
「好きだよ、なまえ」


わたしもだよ。
そう囁く彼女をほとんど反射的に抱きしめたら、彼女は抵抗1つしないで俺の腕の中におさまってくれた。だからもうすこし力を込める。すると彼女はクスクス笑いながら「そんなんじゃ壊れたりしないから」と言いながら俺の背中にも腕をまわしてくれたではないか。だから、もう、全部夢でもいい。夢ならこのままずっと覚めないままでいるから。けれど、もしこれが現実なら、きっとこれ以上の幸せなんてない。


「俺めっちゃ一途だから。絶対浮気しねえから!」
「知ってるよバカ」


ずっと眺めていたボーダーラインの向こう側にはなんでもあるように見えた。だけどそれはきっと、彼女がいてくれるからだ。


「そういえばさ」
「うん?」
「映画、観てえんだけど」
「映画?」
「そう、映画。よかったら一緒に見に行かねえ?」


あのとき彼女と一緒に観ようとしていた映画に彼女を誘えば、彼女はうれしそうに笑いながら「それわたしも見たかったやつだ」と言ってくれる。それだけで世界は今まで薄暗かったのがウソのように明るく輝いて、ずっと付きまとっていた息苦しさが糸をほどいたようになくなっていくのが分かった。

好きだ、と思う。そしてそれを明日も明後日も、彼女に繰り返し伝えることができる。それはどれだけ幸せなことだろうと思った。

(14.0329)


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