正直に言えば、こんなふうに和成の家へと向かってみたところで和成と出会うことができるのはご都合主義の少女マンガの中だけだ。当然のように和成は部活へ行っていたし、おばさんはひさしぶりに家に遊びに来たわたしと話をしたがってくれていたけれど、それはまた別の機会にと言い残して急いで学校へ走り出した。そんなわたしの背中に向かっておばさんは「青春ねえ」と一人呟いていたそうだが、そのときのわたしにはもちろん聞こえるはずもない。いまだかつてこんなに早く走ったことがあるだろうかと言うぐらいに足を前へ進ませるけれど、こんなものじゃあ足りないような気がした。

だって今までわたしは和成をあまりにも蔑ろにしてしまっていた。だというのにいまさらになって、やっぱりあなたが大事だから戻ってきてくれなんて、どの口が言うのだろう。そう分かっていてはいても、これ以上は待てない。これ以上待っていては、そんなことを言うこともできなくなる。

けれどどこまで走っても和成の姿を見つけることはできない。それどころか、バスケ部は今日練習なんてしていないようである。まったくしてやられた。和成はただもしかしたらわたしとすれ違うかもしれないから、早めに家を出ただけだったのだ。その口実として部活を使っておけば、なるほどおばさんにばれるようなことはないだろう。おかげさまで和成を見つけるのはなかなか困難を極めているが、こんなことで諦められるぐらいなら、こんなふうに行動を起こしたりはしなかった。きっと、今までと同じように、ただ指をくわえて見守っていただけだ。わたしにはできなかった、そんなことをする勇気がない、とあとから恨み言のように繰り返していただけだ。
ならば学校中走り回ったとしても絶対に和成を見つけてみせる。そう思いながら足を走らせると、向かい側の校舎にやたらと目立つ頭をした男を見つけた。それはこの学校においてはたった1人しかいない緑色の頭をした変人で、きっと今、和成の居場所を知っている唯一の人間。するとその男はわたしの姿を見つけるや否や、くるりと背中を向けてどこかへ行ってしまった。


「…緑間め」


緑間はわたしを試そうとしているのだろうか。それならば受けて立とうではないか。わたしは緑間を見失わないようにと渡り廊下を走る足をさらに早めながら緑間の背中を追いかけた。その背中との距離はなかなか縮まらないが、それでも遠ざかりはしない。きっともうすこし早く走ることができれば、わたしは緑間に追いつけるだろう。そのギリギリのラインで緑間はわたしが和成のためにどこまで頑張れるかを知ろうとしている。
だからわたしはそのまま緑間の背中を追いかけながら口を開いた。この先はもうこれ以上進めない。


「…緑間、いきなりで悪いんだけど和成どこにいるかわかる?」
「分かるが、それをどうしておまえに教えなければならないのだよ」
「そうだね、緑間はわたしのこと快く思ってないだろうね。だけどわたし、ちゃんと気付けたの。だから和成に会いたい」
「あの例の先輩はどうしたのだよ」
「…悪いけど、帰ってもらったよ」
「おまえは本当にひどい女だな」
「ああ、うん、そうだね」
「高尾の気持ちを知りながら家族でありたいと言い、ストレートに好意を向けてくる男すらろくに相手をしない」
「そうだね、嫌な女だよ」


流れる汗を手の甲で拭いながら、できるだけ言葉を選ばないようにして話をしようと思った。そうでなければ伝わるものも伝わらない。それにやたら頭を使って話をするよりも、きっと今思っていることをそのまま飾ることなく伝えたほうが緑間には届くだろう。今わたしには緑間の協力が何よりも必要だった。
「だが」と緑間は言う。


「だが、まだ遅くはないのだよ」
「…ほんとうにそう思う?」
「なんだ、確証はなかったのか」
「あるわけないよ」
「打算で高尾を選ぼうとしたわけじゃないのは褒めてやる。…まあ、おまえの顔を見ればそんな考えじゃないことぐらい分かるがな」
「…今度おしるこでも奢るよ」
「いらん。ただ最近高尾が練習に身が入っていないのが目障りで仕方がないのだよ。根性を叩き直してやってくれ」


高尾は第二体育館の裏にいる。そう言われて、わたしは緑間へのお礼もそこそこに全速力で駆けだした。
もう逃げない。もうなにも隠さない。だから今、和成に伝えられることはすべて伝えてくるのだ。


「和成、話をしよう」


驚いた顔でわたしを見上げる和成は、もうわたしと話をするつもりなんてないだろうか。わたしのことをひどい女だと軽蔑するだろうか。だなんて、考えたって無駄だ。それを和成の口から聞くまではそれらは憶測でしかない。もう、勝手なわたし自身の憶測だけに左右されて、和成を後回しにするのはいやなのだ。

(14.0329)

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