今のわたしは傍から見れば順風満帆な生活を送っているように見えるらしい。というのはこれはわたしの親友が言っていたことだからわたし自身はあまり確証を得ていないというだけで、そりゃあたしかに何も知らない人から見れば幸せいっぱいにも見えるだろう。部活もそこそこ充実していて、2つ年上の優しい先輩といい雰囲気になっているだなんて、わたしだって他の子がそんなふうになっていれば「おめでとう」と一声ぐらいかけていたかもしれない。けれど、そのどれもが今のわたしにとっては重くのしかかるものでしかなかったのだ。神崎先輩とのデートに至っては、もう憂鬱でしかなかった。

けれど、ぼうっとしているだけでも時間というのは過ぎていくものである。あっという間に日曜日になってしまった。だからわたしはそれなりに気に入っている服を着て、緊張というよりは憂鬱な気持ちで家を出た。先輩は「家まで迎えに行こうか」と言ってくれたけれど、あまり来てほしくなくて丁重に断りを入れたのは、隣に和成が住んでいるからだろうか。あるいは、ただ親にそういった男の存在を知られることが単純に嫌だっただけだったのだろうか。どちらでもかまわないけれど、なんて先輩に対して不誠実な態度でのぞんでいるのだろうと思った。


「制服しか見たことなかったけど、私服もかわいいんだね」
「え、そうですかね」
「でもスカートとか履いてそうなイメージだったから、意外だったかな。パンツ派なんだね。でもすらっとしてるから似合うかな」
「…はは、ありがとうございます」


そんなこと言われたことがなかったし、どちらかといえばパンツ派のイメージをもたれていることのほうが多かったように思う。というのもわたしの私服を知っているのなんて和成ぐらいなものだったし、お互いジャージで家でゴロゴロしているイメージがおおきいから、スカートなんて想像すらつかなかったのだろう。いや、スカートを履いたとしてもそれはそれで「似合う」と言ってくれるのが和成なのだが、なんとなく神崎先輩の言葉にはスカートであってほしかったという押し付けがましさが込められているような気がして気が滅入った。

だがそんな先輩の隣を歩くのはそこまで苦ではなかった。先輩はそれなりに気の使える人らしく、歩幅をわたしの歩幅に合わせてくれていたのだ。先輩は和成以上に背が高いし、わたしの歩幅に合わせて歩くのはわりと苦労するだろうに。
それに話の内容だって趣味が共通しているだけあって興味深いものだったし、勉強でわからないところがあれば先輩は教師なんかよりもずっとわかりやすく教えてくれた。けれどそれだって、言ってしまえば互いに読んでいる本のレパートリーが尽きてしまったら、わたしたちは一体どんな会話をして場を繋ぐのだろうと考えずにはいられないのだ。場を繋ぐ、と考えている時点でこれ以上の関係などありえないだろうと、どこかでは分かっているのに、どうしてここから離れられないのか。

それはきっと、和成がもうこちら側へ戻ってこないと思っているからだ。そしてその隙間を見つめるのが嫌なだけ。だから一瞬だけだとしても、先輩にそこにいてほしいと考えているだけなのだ。

もういっそ先輩に謝って帰ってしまいたい気分だった。けれどそうしないのは、きっとわたしが抜群に意気地のない女だからなんだろう。


「ああ、そういえば喉は乾いてない?」
「喉ですか?」
「うん。今日はすこしあたたかいからね」
「そうですね…なら、コーヒーが飲みたいです」
「コーヒー?どこかのカフェにでも入る?」
「いいえ、缶コーヒーで大丈夫です」
「はは、遠慮しなくていいのに」


遠慮をしたつもりではなかったけれど何かを勘違いしたらしい先輩は、わたしを連れて一番近くの自販機へと連れて行った。そしてそれにわたしがお金を入れるよりも先にお金を入れてしまうと、「さあ、どれがいい?」と当たり前のように問いかけてくる。

それは当たり前の事だろう。わたしの好みなど何も知らない先輩が、勝手にボタンを押すことなどありえない。だというのにわたしはその瞬間、どうしようもなくこの人と一緒にいることに不安を感じたのだ。それはこの人が不甲斐ないからという理由からよるものではない。わたしはなにがあってもこの先輩と和成を比べずにはいられないのだ。
そしてこの先輩が何をしたとしても、それは和成がわたしにしてくれるよりも輝いて見えることはない。
けれどそれは、和成がわたしのことをなんでも知ってくれているからではない。和成でなくてはならないのだ。あの笑顔でなくてはならないし、あの声でなくてはならない。

こんなことってあるだろうか。わたしってこんなにも自分勝手な人間だっただろうか。けれど、気付いてしまったら仕方がない。それに、結局そこまで輝いて見える和成を何もしないまま大島さんに引き渡してしまえるはずがない。応援すると言った手前何もできない、なんて結局はそんなもの自己保身だ。自分を守るほうが大事なら、一生そうして守っていればいい。けれど今抱えるこの気持ちが本物なら、和成に自分の思っていることを伝えることぐらい難しい事じゃあないだろう。
今やらなければ後悔するかもしれない、ではない。今やらなければ確実に後悔するのだ。そう分かっているのに、このままここに立ち止まっているわけにはいかなかった。


「先輩、」


驚いた先輩の手に120円を手渡せば、先輩は今までに見たことがないくらいきょとんとした顔をしてわたしを見上げていた。だから、もう自分の体裁を守るのはやめよう。先輩にも嫌われないように、大島さんにも嫌われないように、わたしの評判も損なわれないように、なんてまわりのことばかり気にするのはもうやめだ。


「今日はもうわたし帰ります」


先輩はその後、なにか呼び止めるようなことを言ったかもしれない。けれど立ち止まることなく走り続けた。きっと文化部の先輩はわたしには追いつけない。追いつかれても立ち止まるつもりはない。
今、和成に会わなければならないと思った。

(14.0328)

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -