人1人がもつ影響力というものは、それぞれの人によって違うと思う。バレーにおいてわたしが言う言葉と緑間が述べる言葉の重みがちがうように、バスケにおいて緑間の言う言葉はわたしの使う言葉よりもずっと正しい。ことスポーツに限らず、他のことにだってそれらはすべて言えることであると思うのだ。たとえば、こういった場合、クラスの中心的人物が手をあげるだけで変わるものがたしかにある。ホームルームにてそろそろ文化祭の準備に本腰をいれよう、という真面目そうなクラス委員長の言葉に真っ先に手をあげたのはやはり和成だった。


「はいはーい!俺らのクラスお化け屋敷だよな!俺あの看板塗りしたい!」
「えー看板作りが1番面倒じゃねえ?」
「だからこそいいんじゃねえか!とっておきのやつ作ってやっから、おまえらは俺の看板に見合うぐらいのすげえお化け屋敷作ってくれんだろ?」
「まーおまえの看板の出来次第だろ」
「ひっでえ!」


そうゲラゲラ笑ってみせる和成がそう言わなければ、クラスの大半のやつらはそこまで準備に本気で取り組まなかっただろう。おそらくいいところだけ持っていって、さも自分たちの力だけでやりきりましたなんて大きい顔をしていただけだっただろうクラスメイトたちは俄然やる気のようで、和成とああでもないこうでもないとお化け屋敷の構成の話に盛り上がっている。

こういうところは素直に尊敬するべきところだと思う。わたしには一生涯かかっても真似できないことだ。まず、あれだけの影響力を持つことができないような気がする。そしておそらく発言による影響力というものは、その人自身がもっている存在感にも由来するものなのだろう。そうなると、わたしの存在感とはどの程度のものなのだろうか。…きっと、そうたいしたものではないに違いない。今までわたしは和成の幼馴染だった。それだけだった。和成の幼馴染ではないわたしに残っているものといえばバレーぐらいなものなのだろうか。いや、ほんとうはそれだけで十分なのだ。バレーはすきだし、楽しい。けれど、それだけでは足りないと思うのはわたし自身だ。きっと和成の幼馴染であることにだれよりもこだわっていたのは、わたしなのである。

だから、きっと、こんな気まぐれを起こした。和成の気持ちを考えていれば普通はできないことだろうけれど、どうしても和成ともう1度だけ話がしてみたかった。


「ここでやってたんだ」
「…うわっ!びっくりしたー!なんでおまえここいんの?」
「ここバレー部のランニングコースで通るんだ」
「じゃあおまえ部活中じゃん」
「自主練習中だから大丈夫だよ」
「へーそんなんあるんだなバレー部!」


知らなかったぜ、と笑う和成は第二体育館で文化祭の看板を作っていたようである。なるほどここならあまり人目にはつかないし、和成のやりたいようにやれるだろう。なんだかんだで昔から和成はまわりを引っ張っていくのがうまいけれど、それよりも1つのことに対して集中して取り組むほうが得意な男の子だった。きっとクラスのみんなも驚くような出来の看板が出来上がるに違いない。

そしてそのまま体育館に上がりこみ、和成が看板を仕上げていくのを眺めることにする。どうせ今日はコーチも監督もいやしないし、みんな練習だって適当にやっている。それどころか帰ってしまった子たちだってたくさんいるのだ。すこしぐらいサボったってなんのお咎めもないだろう。
すると和成はわたしのほうをチラリと見て微笑むと、そのまま黙々と看板に色を付け始めた。だからそんな和成の手つきを見つめることにする。


「…和成ってさ、器用だよね」
「それだけが取り柄だったかんね」
「昔はもっと手華奢じゃなかったっけ」
「そりゃ俺だって成長すんぜ」
「すっかり男の子なんだねえ」
「んーどうしちゃったのなまえちゃん」


前までの和成ならきっと「俺に惚れちゃった?」なんて軽口を叩いてくれただろう。けれど和成はもう前のように一歩は踏み込んでいない。限りなく以前と近い態度で接してくれてはいるけれど、それでも前とはやはり違うのだ。
だが、それでももし和成がそんなことを前と同じように聞いてくれたとしたら、わたしはなんと答えるつもりだったのだろうか。和成の言葉に便乗するようにして一歩を詰めるつもりだったのだろうか。だとしたら、なんて卑怯な女だろう。そんな女を和成は軽蔑する。わたしだってそんな自分を軽蔑できる自分のままでありたい。

ぶらぶらと足を揺らしても、これ以上距離は縮まらない。どれだけ速く走れても、高く飛べても、なんてことはない。わたしはまだまだこんなに子供のままだ。


「ねえ和成。なにかわたしに手伝うこととかないの?」
「そうだなーある程度の色付けは俺でもできるし、手伝ってもらうようなことはあんまり……あっ、1個だけあるわ」
「なに?」
「手形をつけたいんだよなー。だからおまえの手、借りれねえかな」
「手形?」
「よくあるじゃん。子供の手形がべたーってくっついてるみてえな展開。アレを看板でもやろうと思ってさ」
「わたしの手が子供の手形みたいになるとは思えないけど」
「いいんだって。どうせ俺もやりてえし。俺の手の隣ならおまえの手もちっちゃく見えんだろ」


何色がいい?と尋ねてくれる和成に、それならばオレンジ色がいいと答えたのにはなにかの意図があったのだろうか。けれど和成は最初こそ驚いたものの、それでもなにかを問いかけることもなく笑顔でわたしにオレンジ色のペンキを差し出した。だからわたしはそれを手にべったりと塗りつけて、看板の端のほうに手を張り付ける。すると和成はわたしとおなじように掌にべったりとオレンジ色のペンキを塗りつけて、なんとわたしの手形の隣に手を押し付けてきたではないか。
和成が手を離す。わたしも手を離す。
するとそこにはわたしと和成の手の痕がキレイに並ぶのだ。まるで、他になにもないみたいに。

こうあれたらどれだけよかっただろう。わたしたちにはわたしたちしかいなくて、その形にこだわることなく一緒にいられたら。それが一番だったように思う。けれど家族ではないわたしたちには形が必要なのだ。そうである理由が必要だったのだ。それがわからないほど、もう子供のままではいられなかった。


「そういやさ」
「え?」
「最近3年のやつといい感じなんだって?真ちゃんが言ってたぜ〜」


へらへらと笑いながらわたしにそんなことを言う和成の笑顔が、こんなに近いのに遠のいていくように見えた。だから何とかわたしはその場に留まろうと必死になって奥歯を噛みしめるのだけれど、どうやっても距離は縮まらない。
笑顔の和成は「おしあわせに」と言って手を洗うために水道へと向かって行った。その後姿を追うこともできないわたしは、一体どんな顔をしていたのだろう。ああ、どうして、

わたしは今でも和成がわたしのことを好きでいてくれていると、どこかで信じていたのだろう。

(14.0328)

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