大島さんが和成とデートするという噂はあっという間に広がって、当然のようにわたしの耳にも入って来た。というよりその噂を聞いてわたしの親友は「わざと言いふらすとか外堀とか固めていく感じがやっぱりあたしあんまり好きじゃないわ」とポテトチップスを食べながら憤慨していたが、たしかにかなりまわりから固めてくるなとは思った。というよりそんなことなんてしなくても和成と大島さんはすでにかなりいい感じなのに、大島さんはなにを恐れているのだろうか。だれも大島さんに勝てるような女の子はいないだろうに。
そう思うが、わたしは最初から蚊帳の外だ。憤慨する親友の彼女のほうが、この問題により近いような気がする。それにわたしはこれ以上近づいてはいけない気がするのだ。あれから緑間はよくわたしを睨み付けるようになったし、たまに目が合っていたように思っていた和成ともめっきり目が合わなくなった。おそらく、こちらなど見てもいないのだろう。大島さんしか見えないということか。ああ、そういうことか。


「リア充か」


ぼそりとつぶやいた声は誰も拾ってくれなかったので、とりあえず用事があるとウソをついて屋上へと飛び出した。とにかく、教室でみんなに見せつけるようにいちゃついている2人を見たくなかったのである。お似合いだから。入り込む隙なんてないから。いや、入り込むつもりなんてないのに邪魔する覚悟もないのに、勝手に不機嫌になる自分がいやだったからだ。それに和成に捨てられた可哀想な女の子、として見られるのも耐えきれなかった。だれもそんなふうには見ていないと言ってきたところで、わたしにとってその言葉は信用ならなかったのだ。

ああ、どうしてこんなに不機嫌になっているのだろう。わたしにはなにも関係ないじゃないか。どうしてこんなに内側に入り込んでくるのだろう。家族同然のような存在に思っていたとしたって、こんなふうにモヤモヤすることはないだろう。どこの家族が、兄や弟のような存在に彼女ができたからといってモヤモヤするのだ。むしろ喜ぶところなのではないだろうか。

そう思っていると、なぜか本を持って神崎先輩が屋上へやってきたではないか。だから驚いている神崎先輩にかるく会釈をして、なんとなく1人でここにいる理由を言いたくなくて貯水タンクの上にのぼった。
だが、神崎先輩は当たり前のように貯水タンクの上におなじようにのぼってきたもんだから、思わずため息をついてしまいそうになったのをいそいで飲み込んだ。…和成なら、すこし近付いてくることはあっても、逃げるわたしを追いかけてきたりはしないだろう。守ってほしい距離感はある。たとえどれだけ仲が良くても。


「…神崎先輩はどうしてここにいるんですか」
「本を読みに来たんだよ。今日は試験発表期間で図書館に人が多くて集中できなくてね。きみはどうしてここへ?」
「友達と喧嘩しました」


ウソだった。けれど先輩にそれを知る由はない。ならばウソをついたところでかまわないだろう。本当の理由なんて、言いたくなかった。


「そうだったのか」
「ねえ、神崎先輩」


だから急に話を変える。おそらく先輩はわたしがこの話をしたくなかったということには気づいてくれなかっただろうけれど、それでもその話を聞いてくれるつもりにはなってくれたらしい。


「先輩には異性の兄弟っていますか」
「ああ、いるよ。妹が1人」
「おいくつですか」
「2つ下。ちょうどきみとおなじだね」
「じゃ、もしその子に彼氏ができたら先輩はどう思います?」
「あいつに彼氏か。こいつは大変だぞってその彼氏に言ってやりたいけど、そうだな、ひとまずは嬉しいかな」
「嬉しいですか」
「そりゃあね」
「寂しくはないですか」
「さあ…寂しくはないだろうね。家族だし、ずっと一緒にいるだろう。そんなことで不安になったりはしないよ」


弟かお兄さんに彼女でもできたのかい?と尋ねてくれる先輩とそれ以上会話をひろげるつもりにはならなかったけれど、わたしは曖昧に頷いて見せた。すると先輩は納得したように文庫本を広げていたけれど、依然としてわたしの心は晴れないままだ。
そうだ、不安になるはずがないのだ。家族であるならば切っても切れない縁があると確信できる。それは安心感につながるのだ。家族ではないにしても家族同然であるとわたしが思っているならば、こんなふうに考えることなんてやはりないのだ。
ならば今わたしの抱える気持ちは一体何なのか。もうすこしで答えに手が届きそうだけれど、その答えに手を伸ばすのはすこしばかり躊躇われた。

もう、遅い気がしたのだ。なにをやっても、もう何も手に入らない。それならば動かない。傷つきたくないから行動なんて起こさない。そうすればわたしは将来ずっと、あのときああしていればもしかしたらこうなったかもしれない、なんてありもしないもしもを思い描いて、イメージ上にしかない幸せを夢見るのだろうか。なんて孤独なんだろう。けれど、遅すぎた女の末路などそんなものだ。喉から手が出るほど欲しがっても、何事にもタイミングというものがある。
それにきっと、他の人を愛すことだって無理なことじゃあない。輪郭しかつかめないこの気持ちは、まだ和成でなければならないものではないのだ。


「そういえば、今週の日曜日は暇かな」
「今週の日曜日ですか?」
「部活とかあるならいいんだけど」
「いえ、ないですけど」
「ああ、よかった。それなら無料券をもらったんだ。映画でも見に行かないか?」
「映画、ですか」
「最近浮かない顔をしているから」
「わたしが?」
「それにきみの幼馴染のバスケ部のイケメンくん、チア部の女の子とデートに行くんだろう?きみはあの子とできていると思っていたけど、そうでないなら俺もデートに誘えると思ってさ」
「デート!?」
「そう、デート」


ただ映画を見に来るだけだと思って、楽にして来てよ。そう言ってわたしの日曜日の予定を抑えた神崎先輩は、そのまま貯水タンクから降りて教室へと帰って行ってしまった。だが、その背中を追いかけることはできない。だって、わたしにはそのデートとやらを断る理由がないのだ。だからそのままもう1度コンクリートに背中を預けたのだが、やはりこんなときにも浮かぶのは和成の顔だった。


「こんなとき和成はなんて言ってくれるんだろう」


なんでもいいから和成の言葉がほしかった。会って話がしたかった。そうすれば、きっと、もう戻れなくはなるだろうけれど。

(14.0327)

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