たとえば明日明後日世界が終わるとしたら、もうこんなふうにぐちゃぐちゃとわけのわからないことを考えることもなくなるだろうし、潔く諦めきれるんだろうと思う。まったく自分がここまで自分本位な人間だったなんてできれば知りたくなかったと心底思う。和成のことを好きかどうかもわからないくせして和成がわたしの傍から離れていくのは嫌で、和成がわたしのことを好きだと思ってくれているのも素直に嬉しい。考えれば考えるほど、わからなくなってくる。

けれどあのときのわたしは、たしかにその気持ちをいらないと思ったのだ。それは家族である上でもっとも不必要な感情である、と。だがそれは和成と家族同然の仲であり続けることが必要条件だった。けれど今はどうだろう。わたしと和成は、まるで他人のような存在になってしまった。だなんて、分かりきっている。もとからわたしと和成はただの他人だ。いままでが近すぎただけなのである。
それならばわたしが和成を好きになれれば、またもう1度和成の傍にいられるのだろうか。それはほんとうに恋だろうか。和成の傍にいたいという目的のために、恋という名前を利用しているだけではないか。…つくづく自分が嫌になる。

こんな気持ちのまま部活をしていたってろくな練習なんてできやしないし、最近ではミスも多くなってきた。先輩やコーチはまだ見守ってくれているが、それも長くは続かないだろう。どうにかしなければならない。


「最近あの図書委員の3年生と仲が良いそうだな」
「…神崎先輩?なんていうか、なんでそれを緑間が知ってるの」
「俺もよく図書館には行くからな」
「へーまあそれなら納得か」


おおかた、わたしと先輩が話をしているところでも見たのだろう。たしかにわたしたちはよく図書室で本について語り合っているし、別段みられて困るような場面でもない。だから日誌を書く手を止めることなく緑間に言葉を返したのだが、どうやら緑間は日誌なんて書くつもりはないらしい。…だから緑間と日直がかぶるのは嫌なのである。言いはしないけれど。


「付き合ってるのか?」
「まさかそんな言葉が緑間から出てくるとは」
「茶化すな」
「付き合ってないよ」
「おまえ、高尾と最近どうしたのだよ」
「…緑間までそんなこと言っちゃうの」
「誰から見ても最近のおまえらはおかしいのだよ」


言ってみろ、と言わんばかりに腕を組んでいる女王様然とした緑間に、打ち明ける気にはなれなかった。というより考えなんてまとまっちゃいないのだ。そんなわたしに言えることなんてなにもないし、それを言って緑間を伝わり和成に失望されてしまう可能性を考えると自然と口をつぐんでしまう。けれど緑間はそんなことなど分かりきっているのだろう。それでいて、わたしの答えを求めているのだからほんとうに清々しいほどまっすぐな人だと思う。おそらく和成のことを下僕だとかなんだとか言っているのはただのフェイクで、緑間のほうがわたしなんかよりもよっぽど和成のことを考えている。

だからこそわたしは離れていく和成を引き留めることはできないのではないだろうか。もうすこしわたしが前に向かって進んで行ける人間だったら、きっと何かが変わるのかもしれない。保身にばかり頼らないで、どこかへ進んで行ければ見えるものもあるかもしれない。そうは思うのに、わたしの足は縫い付けられたようにここから動かない。これ以上失ったり傷ついたりするのがこわいのだ。


「おかしい、とか言われてもな。男女間の幼馴染なんてこんなものでしょ。それに和成は最近大島さんと一緒だし、わたしの入る隙ないっていうかさ」
「それを本気で言っているのか」
「うん、本気だよ」
「高尾はおまえのことばかり見ている」
「…なんとなく、目につくんじゃない」
「おまえだって高尾のことばかり見ているだろう」
「いままでの癖が抜けないだけでしょ」
「ほんとうにそれでいいのか」
「いいもなにも、わたしに何て答えてほしいの」
「…おまえのそれは考えることを放棄しているだけなのだよ」


考えるのを放棄しているだけ、なんて、よくも言ってくれたものだ。今、わたしはかつてこれほどまでに和成のことについて考えたことがあるかと言うぐらい、考えている。寝ても覚めても和成のことだけを考えている。けれど、どうにもならないのだ。どうにもできない。言葉がまとまらない。和成の存在は、わたしのなかで大きすぎる。その気持ちにいまさら名前をつけるだなんて、どんな言葉でも追いつかない。
なのに和成はどんどん離れていく。かつての笑顔だけ残して去っていく和成の残像に触れてしまったら、今度こそ消えていってしまいそうにも見える。

だから進めない進みたくない。なのにどうしてまわりはわたしに進めと言う。わからないことを許さない。わたしはすこし、疲れてしまった。


「このままいけば高尾は大島とお付き合いとやらをするのだよ。おまえは神崎とかいう男と交際をしていればいい」
「…なんでそうなるのよ」
「わからない、だとか、これが一般論では正しいから、だとか、その程度の理由でまとめられるなら、高尾のことなどおまえは好きではなかったのだよ。それどころか、家族としてすらも見ていなかったはずだ」
「そんなことない」
「反論する言葉があるのか」
「……」
「おまえは高尾に頼りすぎだ」


日誌だけ出しておけ、と捨て台詞のようなものを吐いて教室を飛び出していった緑間の言葉が、ぐるぐると耳の奥でリフレインする。いいや、わかっていたことだったのだ。言われた言葉で目新しいものはなかった。もうすでにわたしが自分自身で見つけていた答えだった。けれど人に指摘されるとこんなにも重みが違うのか。
たしかにわたしは和成に頼りすぎていた。気持ちの整理をするのも、言葉をえらぶのも、和成が一緒にやってくれていたことだった。だからこそいなくなればこんなにも不安になる。わたしは和成を家族のように無償で大事にしていたわけではなくて、依存していただけだったのかもしれない。

震える手ではろくに日誌なんて書けやしない。
だからわたしはそのままシャーペンを放り投げて、机に突っ伏した。今日はもうなにもしたくない。けれどそういうわけにもいかないから、あと5分だけせめて泣かせてほしい。こんなどうしようもないことをいつまでも続けたりはしないから、あと5分だけ、不甲斐なさに任せて惨めになりたい。

(14.0327)

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