(「I am all you need」の彼女が出てきますが、「I am all you need」ではこの設定は引き継がれません)

すさまじいスピードでスマホの液晶を叩くなまえは俺の方をチラリとも見ないまま、液晶に目を落としている。まあ、だいたいこういう場合はツイッターだ。どうやらツイッターで他の学校に進学した友達とやらと定期的に連絡を取っているらしく、昔あいつに見せてもらったが、もうメールしたほうがいいんじゃねえかと思うぐらいにリプライを互いにしまくっていた。まあ、こいつがこちらの学校に進学してきたのは俺がここに進学すると決めたからでもあるわけだし、俺も何も言うことができない。だから一応は彼氏である俺を放置してツイッターに夢中になっているのも正直何も言えないわけである。…いや俺も俺でこいつの隣で平然とマイちゃんの写真集に夢中になっているのだから俺だって何か言えた立場ではないのだが、まあそれは置いていて、彼女は依然ツイートを連発させながらぼんやりと口を開いた。


「そういやさー」
「おう」
「黄瀬の彼女いるじゃん」
「あーあの潰しそうな」
「そうそう、あの小っちゃい子」


黄瀬の彼女というのは中学のころから黄瀬と付き合っている、小柄という表現だけでは収まりきらないぐらい身長の低いやつだ。もちろんこいつもその女と会ったことはあるし、連絡も取りあっていると聞いている。それになかなかどうして気も合うようだ。傍から見ると姉妹かなにかのようにしか見えない組み合わせだが、それでもこいつらはいつも顔を合わせばキャッキャと嬉しそうにはしゃぐし、ショッピングやカラオケなんかにもしょっちゅう行くようである。それに俺だって知らないやつじゃない。だからそんなふうにこいつらが遊んでいるのは知っていたし、それを微笑ましくも思っていた。だからぼんやりと相槌を打つ。


「なんかこの間遊んだんだけどさ、なんかさらにちっちゃくなった感じがしてさ」
「は?もうあいつ地面に埋まるんじゃねえの」
「いや、わたしもさすがにそこまでは言ってないから」
「でもあれより縮むってよっぽどだぞ」
「そりゃわたしから見てもちっちゃいんだからあんたから見たら余計にそう見えるんだろうけど」
「つむじしか見えねえからな」
「黄瀬は普段どんなふうにスキンシップ取ってんだろうね」
「さあ。膝とかに乗せてんじゃねえの」
「ぶは、ありえるわ」
「おまえもやってやろうか?」
「膝割れるよ」
「割れるわけねえだろ」
「高身長ってそれに見合うだけの体重があるんだからさあ」
「それなら俺もだろうが」
「あーまあ、それはいいや」


彼女は細い指でくるくると髪を巻きつけながら苦笑した。ちなみにこうやって髪を指に巻きつけて遊ぶのは彼女の癖のうちの1つでもある。まあ、そんな仕草1つ1つすらも可愛く見えてしまうようになってしまっているあたり、俺も黄瀬をバカにできないぐらいこいつのことが好きなんだろう。それこそ末期だ。たぶんこいつが何をしても可愛く見えるに違いない。…まあこんなことをこいつに言ってみたところで「可愛いっていう形容詞は小さくてふわふわした女の子につくものであって、わたしにつくものじゃないでしょ。小さいはかわいい、かわいいは正義よ」とまるでそれが正論であるかのように俺を論破しようとしてくるだけだろうから、言いはしない。
だがやっぱり俺から見たらこいつは可愛くて仕方のない女の子だし、背が高いことをややコンプレックスにも思っているようだがそんなものはこいつの魅力をこれっぽっちだって損なわせちゃいないと思うのだ。まあ、それは追々俺がこいつに教えてやれればいい。時間はまだまだたっぷりあるのだ。こいつが俺に愛想を尽かさない限りは、俺はずっとこいつの傍にいるつもりなのだから。


「んでさ、なんていうか。そんなちっさいあの子を見てたら、こう、守ってあげたいなーって思っちゃってさ」
「とんだ男前発言だな」
「でしょ。惚れてもいいよ」
「もうとっくに惚れてる」
「…ほんっとあんたって恥ずかしいよね…」
「恥ずかしくねえよ」
「あんたって前世イタリア人か何かなんじゃないの?」
「ウソ吐いてるわけじゃねえし、本当のこと言うのに照れる理由がねえだろ」
「あーもうほんとあんたバカだわ」
「あ?」
「バスケ馬鹿だわバスケ馬鹿」
「そんなん今さらだろうが」
「あーそれもそうなんだけど、あれ、わたし何言おうとしてたんだっけ」
「黄瀬の彼女がちっさかったんだろ」
「ああ。それでね、なんていうか、ちいさい女の子を守ってあげたいっていうのは結構男の夢みたいなもんじゃん?」


どうやツイッターでの連絡は一段落ついたらしい。彼女はなめらかな動きでスマホをポケットに戻すと、今度は机に乗り出す勢いで俺に顔を近づけてきた。どうやらなぜだかすこしばかりテンションが上がっているらしい。だから俺もほとんど投げ捨てるようにしてただ眺めていたマイちゃんの写真集をカバンの中に仕舞うと、彼女と同じように机の上に肘をついて体を乗り出した。

だが、どれだけ考えてもかつて同じ中学校に通っていたチームメイトの彼女を思い返しても、守ってあげたいという感情は沸いてこない。まあ、同い年とはいえ、あいつは黙っていれば絶対に同い年とは思えないし、そのくせ危なっかしいことばっかりしようとするから「怪我するんじゃねえだろうな」と思わず見てしまうこともあるが、それはどちらかというと正月に帰省してきた親戚が連れている小さな子供が転んでしまわないか見張ってしまうのとおなじような心理だ。けっしてこいつが思っているようなそれじゃない。しかも俺がそうやって見てしまうのはどちらかというと、あいつが怪我をしてしまうとその後に黄瀬に「青峰っち!傍にいたんならどうしてあいつが怪我する前に声かけてくれなかったんスか!」と逆にキレられかねないからだ。まったくあいつはとんだモンスターペアレンツである。
だから俺は静かに首を振った。
もちろん横に。


「俺は特にそういうのはねえな」


すると彼女は俺の目の前で信じられないといったような表情を浮かべて言葉を詰まらせるものだから俺はどうしてよいやら分からなくなってしまった。


「青峰、目腐ってるわ…」
「おい、なんで俺は全否定されてんだよ」
「だって小さい女の子がぽてぽて歩いてたら可愛いじゃん。うち家族全員背が高いから、そういう小さい子見たらほっこりするよ」
「動物園でガキのパンダ見るのと変わらねえだろ」
「人間と動物一緒にしちゃダメでしょ」
「つうか、俺が守りたいって思うのはおまえだけだしな」
「は!?」
「ぶっちゃけ他はどうでもいいし」


仮にだ。
仮にこいつと他の誰か、まあ誰でもいい、俺の知り合いやこいつが今話題にあげている黄瀬の彼女でもいい、その2人が崖から落ちそうになっていたら、俺はまず間違いなくこいつのほうを助けるだろうし、他のやつらなら見向きもしないようなことでもこいつがやっていることなら何か手助けができないかと考えるだろう。それに他のやつらが「なまえなら大丈夫」と思うようなことでも、俺はそれをこいつなら大丈夫とはきっと考えない。いや、バカにしているわけではないのだが、それでもこいつは身長があるから高いところにあるものを取ってくれだの資料集を運んでくれだの、女子になら普通は頼まないようなことを頼まれがちだったりするのだ。そういうとき、なんでこいつに頼むのだろう、と俺は思う。
だって一目見れば分かることじゃないか。
たしかにこいつは女子の平均より身長が高いかもしれないが、それでも腕はおどろくほど細いし、足だってそうだ。要するに華奢なのだ。だからそういった頼まれごとをするたびに断らずに請け負うこいつを見ていてハラハラしてしまうし、なにか別のことをしていてもよっぽどの場合じゃない限りはこいつの代わりに俺がそれを請け負っている。まあ、最近ではあんまりにも俺が動くので最初からこいつではなくクラスのやつらも俺を頼ってくるようになったのは、いい傾向と言えるものだろうと思う。

しかしどうやら俺のこういった言葉にまだまだ慣れていないらしい彼女は顔をまるでリンゴのように真っ赤にさせて、何を言えばいいのか言葉がまとまらないのだろう、唇をせわしなくぱくぱくと開閉させながらうろうろと手を彷徨わせている。


「ぶは!真っ赤じゃねえかよ」
「そ、そりゃ!真っ赤にもなるよ!いきなりそんなこと言われたら誰だって…」
「いいんじゃねえの、そういうところも好きだぜ」
「だから…っ!」
「嫌いじゃねえだろ?」
「…う、うん…」
「おまえは俺が守りてえって思える唯一の女なんだからよ、堂々と胸張ってろ」
「…黄瀬の彼女よりも?」
「言っただろうが」
「え?」
「たった1人だって」


黄瀬の彼女だろうが誰だろうが関係ねえよ、おまえだけなんだから。そう言ってやると、どうやら彼女は爆発してしまったらしい。言葉にならない言葉を発しながら机に突っ伏してしまった彼女の形のいい頭を撫でながら、きっと黄瀬やその彼女なんかが今の俺を見たら笑うんだろうなんて思った。ああ、そうだ。中学時代からあいつらはいつもそうだった。ニヤニヤと俺たちの方を眺めては、こう言うのだ。
「青峰っちはほんとなまえっちの前だとすげえ幸せそうな顔になるっスよねー」
その言葉を聞くたびになまえは不思議そうな顔をして「いつも通りじゃん」なんて答えていたけれど、その言葉にまたあのはた迷惑な凸凹カップルは笑いながら俺たちを茶化してきて、部室はいつだってちょっとしたカオスだった。だってそうだろう。俺のこんな顔なんて、おまえしか知らない。そしておまえはこんな顔をした俺しか、知らないのだから。


「…なに笑ってんのよ」
「おまえはほんと可愛いな」
「ばっかじゃないの…」


ほら、俺はおまえの前ではこんなにも素直だ。


(13.0510)


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