藁にもすがる思いでもう1度スクールバックの中を確認する。が、それはやはりと言うべきか無駄な努力に終わり、なおかつわたしの地獄を決定的なものにするだけに終わってしまった。だからこそ人知れず溜息をつく。まったくついてない。どうして朝もう1度バックの中を確認して出てこなかったのか。


「ジャージの上忘れてきた」


今日はとびきり寒いですよーなんて言っていたお天気お姉さんの言葉が頭の中でもう1度繰り返されるとおりに、今日はびゅうびゅうと冷たすぎる風が吹いていて笑えない。ああ、せめて今日の体育が屋内だったらどれほどよかっただろうか。なのに今日わたしたちは外でサッカーなのだ。そんな中半そでで授業を受けるだなんてそんなご無体な。
けれどわたしは身長が高い。同学年にわたしぐらい背の高い女の子はまずいないので、他のクラスの女の子たちにジャージを借りる、ということはできないわけである。だってそんな、あきらかにちんちくりんになるのを分かっていて借りるのは分かっていたことではあったとしても心が痛いし見た目もかなしい。

じゃあもう身長の高い男子に借りるしかないか…と決心をするも、わたしはあまり男子と仲がいいほうではない。だってあいつらは事あるごとにわたしの身長を馬鹿にしてくるのだ。そんなやつらと当たり前のように仲良くできるほど私は出来た人間ではない。ではわたしと身長がどっこいどっこいなやつと言えば黒子か赤司だが、黒子ではすこしばかり小さいし、赤司からジャージを借りるだなんて烏滸がましくてできる気もしない。いや、さすがに洗って返すけどそれにしてもつらい。
じゃあ消去法で貸してくれそうな黄瀬に頼むしかないか…青峰はおなじクラスだしあいつも屋外だし借りるのは忍びないし。そこまで考えがまとまったところで、あっという間に体育の前の休み時間、つまりは着替えの時間がやってきてしまった。
なのでわたしは席を立ち、なるべく黄瀬の取り巻きに睨まれませんようにと願いながら黄瀬のクラスへと向かったのだが。


「黄瀬ージャージ貸してよ」
「え、なまえっち忘れたんスか?」
「うん」
「あー貸してあげたいのは山々なんスけど今日俺のクラス体育ないんスよね」
「え、でもいっつも持ってるじゃん」
「今日は部活の方のジャージしか持ってきてないんスよ…」


そう言って軽く頭を下げる黄瀬の背後にはどんよりと曇ったものが見える。なのでわたしは今日はもう諦めて半そでで体育を受けることにした。

が、理屈じゃなく寒い日っていうのはある。


「きゃー寒いー」
「ねーほんと寒いよね今日ー」
「なのにこんな中どうしてなまえちゃん半そでなの?」
「上着忘れてきたからだよ…!」


しかし上着を着ていても寒いってのに上着のないわたしなんて体感温度はマジで氷点下だ。さすさすと腕をさすってみるも特にと言ってそれが効果を発揮することはない。あったかくなんてなるはずがない。
でもこの状態でサッカーをしなくちゃいけないという現実は変わらない。さて、それじゃあ身体でも動かして温まるかーと気合をいれて立ち上がると、ふわっと鼻孔を嗅ぎ慣れた香水の香りがくすぐった。


「………あ?コレ」
「おっまえクソ寒そうだな」
「クソ寒いよ今日何度だと思ってんの」
「風邪引きやすいんだからよ、気をつけろって」
「気をつけろもクソも…」
「だから、ソレ羽織ってろってことだよバーカ」
「え、あ…?」
「大人しくそれ借りとけ」


そう言ってわたしの頭をがしがしと撫でてから自分のグループに戻ろうとしている青峰の背中に「あんたが風邪引くでしょうが馬鹿!」と叫んでやると、青峰は走りながらこちらに振り返り「そこまで柔じゃねえよバーカ」と言い残して帰って行った。
…もうほんとスポーツやってるくせにこんなクソ寒い中半袖で体育やった、なんて赤司が聞いたら絶対にキレてくるだろうに。まあわたしが黙っていたらバレることはないか。そして相変わらず間抜け全開で頭の上に乗せられたままだった青峰のジャージを手に取ると、それに袖を通した。

するとそれはわたしをすっぽり覆うほど大きくて、笑ってしまう。あーあ、わたしも背が高い方だと思ってたけど青峰と比べちゃうとこんなに違うんだ、なんて。袖は長すぎて指先なんてすっぽり覆われちゃってるし、裾だって軽くお尻を隠すぐらいは長い。たぶん他の女の子たちが着たらワンピースみたいになっちゃうんだろうなあ。
だけどくすぐったくてどうしようもなく嬉しい。
ふわふわ漂う青峰の家の柔軟剤の匂いとシトラスの匂い。ぶかぶかの裾と袖に、胸元に書かれたちいさな青峰っていう文字の刺繍。

というか、わたしの人生において彼氏にジャージを借りるなんてことはないと思っていたのに。しかもそれがぶかぶかなんてありえないことだと思ってたのに。


「…青峰、アレ洗って返すからね」
「あー?べつに気にすんなって」
「さすがに気にするわ。てか青峰寒くなかったの?」
「動いてたら大丈夫だった」
「風の子って感じだよね青峰って」
「あとバカは風邪引かねえしな」
「はは、それは言えてるー」
「あとおまえ、俺のジャージに着られてたな」
「…青峰がでかいんだってば」
「あ?おまえがちっせえだけだろ?」


そんな言葉がわたしを喜ばせることなんて何一つとして知らない青峰はそう言ってわたしを自然に喜ばせて、肘置きにちょうどいいんだって言って肘をわたしの頭に置いた。だからわたしの頭を肘置きにすんなって何度も言ったんだけど、でもそれを本気でわたしが嫌がっていないことを知っている青峰はそれをやってくるんだからもうどうしようもない。だけどわたしだってぶっちゃけ嫌じゃない。


「わたしを小さいだなんていうのは青峰だけよ」
「何センチ身長差があると思ってんだよ」
「わたしが168で青峰が192だから…24?」
「チビじゃねえかよ」


こーんな違うんだぜ、と言って手で一生懸命24cm差を説明しようとする青峰の表情を盗み見ながらとうとうこみあげてくる笑いを抑えることができないで、わたしは思いきり笑ってしまった。そんなわたしを見て今度は青峰も不服そうに振る舞いながらそれでも笑ってくれて、結局はわたしたちってただのバカップル。まあ、分かってたことだけど。


(13.0312)


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