女子の平均身長なんてやつがいくつだかは知らないが、あいつはきっとその平均身長とやらをゆうに超えているんだろう。クラスの中でもあいつの身長はだいたいの女子より頭1つ分かそれ以上に飛び出ていて、まわりのやつらはあいつを羨ましがっている節がある。だけど俺からしてみればあいつなんてまだまだチビで、だけど女子の世界に籍を置いているあいつからしてみればその高身長はたまにコンプレックスになったり不便さを感じるものだったりするようだ。まあ、俺には分からない世界なんだけど。
だが、それでもあいつは俺の彼女で、そんなちいさな不満を俺にこっそり打ち明けてくれる。それが俺は結構うれしくて、そんなあいつのよき理解者なんてやつになってみたいなんて顔に似合わない殊勝なことを思っていたりもする。


「新しい靴が欲しい」


あいつはそう言ってぺらりとファッション雑誌のページをめくった。そこには満面の笑顔を浮かべた女たちがそれぞれのポーズを取って衣装をアピールしていて、女ってのはすげえなとおもわず感心してしまう。が、本題はそこではないのだ。
あいつは靴が欲しいといった。
それは俺たちにとって大冒険を意味するのである。


「すみませんこちらのサイズが1番大きいサイズになっております…」
「あ、そうですか…」
「似たようなものでしたらこちらのものもおすすめですがお試しになりますか?」
「いや、いいです。わたし第一印象からあいつに決めてたんで」
「そうですか…残念です…」


そう言いあいながらしょんぼりと眉を下げるなまえとショップ店員を見比べながら、やっぱりこうなるのかと人知れず溜息をついた。
俺も高身長の部類に入るのでその悩みはわかる。靴のサイズがないのだ。身長に見合った足、と言えば聞こえはいいが、比較的小柄なやつらが多い日本人の感覚からすれば俺たちのサイズはイレギュラー。そうなればレギュラーなサイズに合わせていれば売り上げはいいのは理解ができるのだが、それにしてもここまで玉砕するあいつを見ていると可哀想だと思う気持ちも湧き上がるわけで。

今回はかなり気に入っていたのに、やはりすこしばかりちいさかったそれを恨みがましく見つめるなまえの手を取り、ショップを出る。まあ、しきりに謝ってきている小柄なショップ店員にもすこしばかり同情はしたが、さてこれからどうしようかとあたりを見渡す。だが、いくらここがそれなりにおおきなショッピングモールだといえどもこいつのサイズにあう靴が見つかる可能性とやらは案外に低い。しかもそれがヒールであればなおさらだ。せめてローヒールぐらいならもうちょっとおおきくサイズ展開をしてくれていてもいいものを、と思うものの、そんな文句がまさかデザイナーたちに届くはずもない。


「…やっぱりわたしスニーカー買う」


すると彼女はほんのすこし寂しそうな声を滲ませながら、そう言って俺を安心させるかのように笑いかけるのだからもうこれはあまりにも胸が痛い。


「…あるかもしれねぇだろ、おまえのサイズの靴。ヒール欲しいって言ってたじゃねえか」
「ヒールの方が足キレイに見えるから履きたかったけど、買いたいなーって思ってたんだけど、実際わたしが痩せたらいいだけの話だから。頑張ってダイエットするわ」
「…する必要ねえだろ」
「そう見えないように頑張ってるだけよ」
「俺から見りゃおまえガリガリだけどな」
「青峰は筋肉質だしね」


まあたしかに筋肉質だけど、それにしてもこいつは普通の細いと思う。まあ、だからといって骨と皮といったふうではなく触った感じではなくどこもかしこも柔らかく女性らしさも失っていない感じがたまらなくツボなのだが、そんなことを言ったところでこいつには「変態くさい」と切り捨てられるだけなので言わない。


「おまえの体重とか俺の半分ぐらいしかねえんじゃねえの」
「さすがにそれは言い過ぎだわ」
「だっておまえ絶対50ねえだろ」
「ノーコメントー」
「まあいいけどよ。俺おまえなら片腕で持ち上がる気がするわ」
「子供じゃないんだからさすがにそれは無理だろ」
「じゃあ今度試してみてもいいか」
「下にマットがあるならね」


ということは暗にできないと思われているということか。これは絶対に成功させてやろう、とひそかに意気込みながら人混みの中を歩いていく。…まあ、背の低いやつに比べたら俺たちは比較的人混みも楽なのかもしれないが、それにしても視界よりすこし低いところに大量にある頭はいつになっても気持ちが悪い。なるべくなら人混みは避けて通りたいし、夏祭りなんざ何が悲しくて行かなくちゃいけねえんだとも思う。何度部活のやつらに誘われても絶対に行かなかったぐらいだし。まあこいつが誘ってくれば人混みなんざ気にすることもなく行くんだけど。実際、2人で夏祭りに来ているところを黄瀬に目撃されたときは次の日散々キレられたっけか。あまりよくは覚えていない。

まあとりあえずはぐれることはないだろうが、しっかりと手を繋いで人混みを歩いていく。目的地は、とりあえずここらで1番でかいシューズショップだ。


「じゃあ、わたしスニーカー見てこよっと」
「…おー」


もうすでにヒールを諦めているらしいなまえは、手当たり次第にスニーカーを手に取り、それらを試着しながらああだこうだと頭を悩ませていた。が、どうにもこちらは腑に落ちない。だから再度言ってやったのだ。ヒールはいいのかよ、と。そうするとなまえはぱちくりと目を瞬かせた後に、ふんわり笑って「ヒールでも履けばかわいい恰好できるかなって思っただけだから」となんでもないことのように言い切ったのだ。
だから俺は面食らってしまって、しばらく何も言えないで黙り込むしかなかった。するとなまえはそんなことなんて気にしないですらすらと言葉を続けるので、俺はそれに耳を傾けることにする。


「ほら、わたしスニーカーとかばっかりだから。カジュアル系ばっかりでしょ」
「でもおまえカジュアル好きだろ」
「はは、好きだよー。でも青峰も男の子じゃん。隣に連れて歩くなら、さつきみたいな華やかな女の子の方がいいかなって思っただけ」
「…なればいいじゃねえか」
「ぶは、似合わないことはしないよ。身の丈に合った格好が一番ってことでしょ」


そう言いながら笑うあいつは黒のスキニーパンツを履いていて、それはほっそりとしたあいつの足にびっくりするぐらいよく似合っていた。カジュアルだけどキレイだと思う。それはあいつが自分の魅力を誰よりもよく分かっている証拠だとは思うけれど、それでおそれを妥協のように思うのは、すこしだけ気に入らなかった。それだけだった。
だから黒のハイカットのスニーカーを購入したあいつの手を引いて、今度はまったく別の店に入ったのだ。


「…あ、おみね?」


隣であいつはきょどったような声で俺の名前をちいさく呼んだけれど、無視である。そしてざっと店内に目を向け、よさそうなものを手当たり次第に手に取りあいつの身体にあてていく。そんな俺にさらになまえは慌てたようだが、俺はいつだって俺だ。俺がやりたいようにやるだけ。
まあ、こいつがこれだけ慌てるのも無理はない。ショーウィンドウに飾られている服装はやたらと女の子っぽいデザインのものばかりでこいつが好むようなそれではないし、普段こいつはこういうショップを絶対に利用しないだろう。そんな店。まあそれを見越してここを選んだのだが、やはりこいつはいまだに困惑しているようだった。

だが許さない。

とりあえずこれだというものを見つけたので、それをなまえに押し付けて試着室に無理矢理押し込んだ。ちなみに俺が選んだのは、白のシンプルなワンピース。だが、素材がキレイ目で可愛らしすぎるというものではない。それも俺が目をつけたところのうちの1つだ。あと、こいつは絶対に手に取ってみないだろうな、というのも重大なポイントのうちの1つでもある。
さてどんなふうになるだろうか、と考えを馳せる。が、どう考えても俺の見立ては間違っていたとは思えない。そうしているうちに、俺は結構自分の世界に入り込んでしまっていたようである。


「青峰さん…着てみましたけど…」


さっとカーテンを引き、かなりバツが悪そうに小声でつぶやくなまえの声に顔を上げる。そこには俺の見立てた白のワンピースを着た彼女が立っていて、俺は心の中でちいさくガッツポーズをとった。


「あ、あの…ガラじゃなさ過ぎてさっきから照れるんだけど」
「あ?んなわけねえだろ」
「だってわたしがこんな可愛いの…」
「似合ってっから、大丈夫だよ」
「……んなわけないじゃん」
「それに、こういうのにヒールとか合わせたら甘すぎんだよ。これにさっき買った黒のスニーカー合わせてみろよ」
「え?え?」
「あー袋貸せ。出してやる」


未だにテンパっているなまえの荷物からさっきのスニーカーを取り出すと、ショップのお姉さんに声をかけハサミを借りる。ちなみにそのハサミは赤色でオフの日にまで思い出さなくていいとある男の顔が浮かんだが、それはそれだ。以上。

そしてタグを切ったそれをなまえの足元に置いてやると、そこでようやくなまえは覚悟を決めたのか、そっとスニーカーに足をいれた。そしてとんとんと何度かそれで地面を叩いて鳴らしたあとに、そっと鏡を振り返る。その姿はほんとうにおっかなびっくりといった感じで、こちらが笑ってしまいそうになったがそれを堪えて鏡に映るなまえを彼女の後ろから眺める。


「は、我ながら完璧だな。さすが俺」


そこには甘すぎず辛すぎない絶妙なテイストを守ったなまえが立っていて、心の底から満足してしまう。そしてそれに嬉しそうにしているなまえは、きっと鏡越しにその表情まで俺に見られているだなんて思ってもいないに違いない。

だからやっぱり手を繋いで、その服はしっかりお買い上げして、嬉しそうなショップ店員の声をバックに俺たちは店を出たのだった。


「青峰、ありがとう」
「あ?何がだよ」
「ショッピングは男の子はあんまり楽しくないって言うけど青峰はいつも付き合ってくれるし、それに青峰と行くと絶対失敗しないし。ほんとに助かる」
「おまえと買い物行くのは嫌いじゃねえからな」
「あはは、嬉しいな」
「(それにぶっちゃけ、俺の手でこいつをキレイにすんのは結構男のプライド満たされるっつうか、嬉しいし)」


なんて、絶対に言えないけど。

(13.0310)


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