黄瀬のことを好きになって、黄瀬とお付き合いをするようになって、そのまま大学へ進学してお互い1人暮らしをするようになった。当たり前のようにおなじ大学に進学したあたしたちは近くにマンションを借りて、たまにお泊りなんかをして、そうしたらだんだんとあたしよりも広い部屋に住む黄瀬の家に泊まることが多くなってきて、青峰に「おまえら半分同棲してるようなもんじゃね」とか言って笑われたっけか。だからあたしも「ほんとにそれだよね」って笑って、いつもいつも2人で行動して、そんなあたしたちを見て高尾も「おまえらほんとラブラブすぎるわ」とか言ってあたしたちを笑って、だからあたしも「僻まないでよね」って軽く返したりして。そうしたら赤司はちょっとだけ心配そうな顔をして、それから「おまえが幸せならそれでいい」なんて言ってあたしの頭を撫でてくれたっけ。
そんなふうに、あたしたちはそれこそ周りからからかわれるぐらいにバカップルで、それでも互いのことを尊重し合いながら愛をはぐくんできた、つもりだった。だけど時たまふっと思い出すことがあるのだ。
そういえば、最後にみんなで集まったのはいつだったろう、なんて、そんなことすら思い返さなければならないぐらいに昔のことになってしまったことに、あたしは気が付けなかった。


「なまえっち、今日はバイトお休みっスか?」
「うん、今日は大学もないしバイトもないから家でゆっくりできるよ」
「よかった。俺も今日はフリーなんスよ」


だから今日は1日中2人でゆっくりできるね、と言いながら黄瀬は膝の上に座っているあたしの髪を撫でてそこにキスをした。そんな黄瀬のくすぐったいぐらいのスキンシップを受け入れながら、あたしは適当にテレビのチャンネルを変えていく。するとそこには黄瀬がにこやかな笑顔を浮かべながら今度自分が出る映画のプロモーションをしていて、付き合ったころはただのモデルだった黄瀬もいつのまにかこうして立派に芸能人として活動するようになったのだなんて妙に感慨深くなる。今はもう、黄瀬はテレビで見ない日はないと言われるぐらいに人気のタレントだ。その黄瀬の彼女なんかやっているとそれなりに妬みを買うこともあるけれど、それはご愛嬌。黄瀬の傍にいることができるのなら、それぐらいの代償は払って然るべきものだと割り切ることができるのだから、なにも問題はない。


「今日の晩御飯は何にしようか」
「あんたの作るごはんはなんでも美味しいから、そう言われると困っちゃうっスねー」
「はは、あたしがそれ1番困っちゃうんだけど。ま、嬉しいからいいんだけどさ」
「もー、ほんっとかわいい」
「じゃあ今日はオニオングラタンスープにするね」
「ね、なまえっち」


あ、また甘えるみたいにあたしの名前を呼んだ。ということは、またあれを言われるのか。黄瀬は最近、まるで口癖みたいにあたしを甘く呼んではあの言葉を口にするのだから、きっと今日もそうだ。あたしは分かっているのに分かっていないふりをして黄瀬の言葉を待った。


「もう俺と一緒に住もうよ」


ほら、やっぱりこれだ。


「最近そればっかりだね黄瀬」
「だってほとんど俺の家にいることが多いし、それだったら俺の家に住んじゃったほうが得じゃねっスか。家賃だって俺が払うし、なまえっちは家事してくれてるだけでいいんスよ」
「そういうわけにはいかないでしょ。そんなの黄瀬の負担になるだけだよ」
「いいんスよー俺だって稼いでるわけだし。あ、それならバイトだってやめてくれたっていいんスよ?んでなまえっちは俺のことを家で待っててほしいんス。それって新婚さんみたいでよくない?」
「あーていうか就職活動しなくちゃだから、そろそろバイトも調整するかやめるかどっちかにしなくちゃだなあ」
「え、就職活動すんの?」
「え、するよ?」


さすがに大学を卒業してまでフリーター、なんて、親にも申し訳ないし就職は当たり前のようにするつもりでいた。それにいつまでも黄瀬におんぶにだっこをしてもらうわけにもいかないし、芸能人として社会にすでに出ている黄瀬の横に並べるようになるためにもあたしだって社会に出たいという気持ちは結構前からあったのだ。だけど黄瀬はそんなあたしの言葉を聞き届けるや否や露骨に嫌そうな顔をして、あたしをぎゅうと抱きしめた。そして、とびきり甘い声で囁くのだ。「就職なんてしないでよ」なんて、やけに熱を持った言葉を。
だからあたしはすこしだけびっくりしてしまって、そのままの状態で黄瀬の表情を伺い見る。けれど黄瀬の表情は自分が何を言っているのかなんてまるで分かっていないような素知らぬ顔で、冗談かなにかなのだろうか、と流してしまおうと思ったのに、それでも黄瀬は本気だったらしい。にっこりとそこらの女の子が騒いでいる「王子様のような微笑み」であたしを見つめて、それから「俺が養ってあげるから」と言い切ったのだ。

たしかに、黄瀬ぐらい収入があればあたし1人を養うことぐらい造作もない事なんだろう。それに女の子なのだから結婚をしたときに旦那の収入が多いに越したことはない。だけど、黄瀬の収入に頼ろうなんて思ったことのなかったあたしにとってその言葉は想定外でしかなかったのだ。ぱちぱち、と瞬きを繰り返すあたしの目には、やっぱりウソなんて吐いていない真剣な表情の黄瀬が写りこんでいる。


「…冗談だよね?」
「冗談なわけないじゃないスか。今すぐにでも一緒に住みたいし、なまえっちには就職なんてしてほしくない。ずっと家にいて俺のこと待っててほしい」
「だってそんな、あたし大学まで出るってのに」
「大学出てる人なんて今はいっぱいいるし、収入面でなまえっちに苦労なんてさせるつもりないっスよ?」
「…いや、それは、そうかもだけど…」
「俺ねえ」


黄瀬はゆっくりとしゃべる。まるで、聞き分けのない子供を諭すようなやさしい声だったのがいやに印象的だった。
だけどあたしはやっぱりどうして黄瀬がそんなことを言うのかわからなくて、ただただ戸惑うばかりだ。どうして黄瀬はそこまでしてあたしを引き留めようとするのだろう。どうしてあたしに自分のことをさせるのを、極端に嫌がるのだろう。


「嫌なんスよ、あんたが他の誰かの目に映るのも。他の誰かと笑い合ってんのも。ぜーんぶ嫌。できることならあんたには俺だけ見ててほしいし、社会に出るなんて苦しいだけっスよ。あんたにそんな思いさせたくねえし」
「でもそれが大人になるってことじゃないの」
「いいんスいいんス、つうか、ぶっちゃけ職場なんて俺以外の男がいっぱいいるっしょ?アレ、無理。青峰っちや高尾っちや赤司っちと笑い合ってるあんたを見てるだけでも気が狂いそうなのに、なんでそんな見ず知らずのやつとあんたを同じ空間に送り出してやんなきゃなんねえの」
「…ずっと、そんなふうに思ってたの?だいたいあたしは黄瀬のことが好きだし、青峰とも高尾とも赤司ともただの友達じゃんか」
「知ってるよ?つうか、もしそうじゃなかったとしたら俺あんたのこと許さねえし。青峰っちといえども、許せねえしさ。もしかしたらひどいことしちゃうかもっス」
「…は」
「ねえなまえっちは嫌?俺のことだけずっと見てて、俺のことだけ考えて、俺のためだけに生きてくの嫌なの?ずっとここにいてくれるって言ってくんないんスか?」


落とされる声はひたすらに甘いのに、あたしを抱きしめる腕はいっそ暴力的なまでに力強くて息が詰まる。
(黄瀬は、)
黄瀬は、あたしをどうしたいんだろう。あたしを囲って、死ぬまで閉じ込めておきたいんだろうか。なんて、ありえない妄想だ。そんなことはこの世界において許されることではない。そもそも働くことは義務なのだから。なのに、黄瀬の言葉はあまりにも重すぎてあたしではそれを咀嚼することができない。それに飲み込んでしまったら終わりだ。あたしはそれに従わなければならないし、一生、ここから出られない。不思議とそんな確信があった。
けれど、だからどうだと言うのだろう。もともと、ここから逃げ出せる術があったとしてもあたしはここから逃げ出したいと思うのだろうか。こんなにも黄瀬のことが愛おしくて、離れたくないと思っているのに、ただ怖いという理由だけでこの暖かい掌から抜け出せるとでも言うのか。赤司が昔あたしに忠告したのはこういうことだったのか、なんて、いまさら気がついても遅いのだ。


「ほんとはねえ、赤司っちに髪撫でられてた時、赤司っちのこと殺してやろうかと思ったんスよ。それにあんたの髪だって切ってやりたかった。赤司っちに触られたとこなんて全部なくしてやりたかったけど、あんたの髪はキレイだから、しなかった。ね、俺ってやさしいでしょ?あんたのこと、誰よりも愛してるからね」


やさしい、
ってなんだっけ。
あいしてる、
ってなんだっけ。

ぼんやりとそう思った。けれど、黄瀬からすればそれが黄瀬なりの「やさしさ」でこれが黄瀬なりの「あいしてる」なのだろう。なら、それでいいじゃないか。


「ね、なまえっち。ほんとに愛してるっスよ。世界中の誰よりも。誰にも渡したくないし渡したりしない。あんたの望むもんはなんでもあげるっスから、だから一生俺から離れて行かないで」


テレビでは、まだ黄瀬のインタビュー映像が流れている。きっと日本にいるほとんどの人たちがこれを見ていて、きっとこれからも、テレビには黄瀬の笑顔が流れ続けるんだろう。けれどテレビじゃなくたって、雑誌だって新聞だってラジオだって、ありとあらゆる情報バイパスに黄瀬は溢れている。きっと、黄瀬のことを忘れられる時間なんて1分1秒だってありはしない。今までだって、これからだってそう。
だからあたしは頷いたのだ。だってもう、逃げられるはずがないのだから。あたしは一生かかったって目の前のこの男には敵わない。


「離れたりしないよ、馬鹿ね」


愛しているから、一生離れて行かないことにした。

(13.0409)
ヤンデレ黄瀬くんこんな感じで大丈夫ですかね…!なんだかもう素敵リクエストに胸がどきどきしました…!もうわたしなら喜んで専業主婦になります…!(現実逃避)それでは本当に素敵リクエストありがとうございました!

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