黒子いわくあたしは「小学生かと思うぐらい恋愛に疎い」らしい。まあ、たしかに恋愛経験はほとんどないに近いし、ぶっちゃけ誰もが気付いていたというさつきちゃんの恋心にもあたしは気が付けなかったぐらいなのだからよっぽどなんだろう。あの緑間と並ぶ勢いである。だがだからといって恋愛経験なんてものは一朝一夕で身につくようなものではないし、あたしはあたしでいつか恋愛をしてそうして少しずつ学んでいくのだろうと思っていた。
だが、初恋はいつだって唐突である。


「黒子、あたし好きな人ができたかもしれない」
「へえ、きみがですか?誰です?」
「黒子もよく知ってる人だよ!」
「僕がよく知っている…バスケ部ですか?それなら黄瀬くんとか、ですかね。まさかきみが面食いだっただなんて意外です」
「イケメンは嫌いじゃないけど、黄瀬じゃないんだなコレがー!」
「じゃあ誰なんです?緑間くんですか?」
「青峰くんなんです!」


きゃっ!言っちゃった!なんて少女マンガの主人公ばりに照れてみせるあたしを前にして黒子は非常に冷静である。「はあ、そうですか」なんて気のない返事を寄越してズルズルとバニラシェイクを啜っている。…うん、まさかあたしも黒子相手に「えー!そうなんですかー!?僕気づきませんでしたー!」みたいなキャッキャトークを期待していたわけではなかったけれど、ここまで冷静に振る舞われるともうどうしていいか分からなくなる。なんか、ここで完、みたいな感じにもなるじゃないか。
だからあたしもナゲットをつまみながら、ぼんやりとどうして好きになったのかを説明した。といっても、あたしも黄瀬と似たようなものだ。バスケをしている青峰を見て目を奪われて、それからなんだかんだで優しい青峰と接していくうちに好きになってしまったのである。うん、我ながらなんて単純なんだろうあたし。


「経緯は分かりました」
「えへへ、初恋だよ黒子ー!」
「初恋は実らないと言いますがね」
「うん、それに関しては考えないことにしてる」
「それに桃井さんもいますしねえ」
「あーうん、あの子は強敵だよね」
「ま、これに関して僕が言うことはこれ以上ありません。それに僕に手伝えることもどうやらないようですし」
「え?まさかの黒子戦線離脱なの?」
「ええ。僕に手伝えることは何もありません。それに僕に言えることもこれ以上はないですからね」


そう言ってさっさと帰ってしまった黒子は当てにならない。そう判断したあたしはそれから手当たり次第に誰かに協力してもらおうとありとあらゆる知人を頼った。まずは黄瀬に声をかけたのだが、黄瀬はそう知るや否や真っ青な顔をしてそれから「ごめん俺じゃ無理っスごめんね!」と言って逃げるように去って行ってしまったし、緑間に至っては「俺を頼るというのがそもそも選択ミスなのだよ」とくどくどとお説教をされてしまったし、さつきちゃんに至ってはキャアキャアと騒ぐばかりで全然会話にもならなかった。最後の砦にと紫原に打ち明けてみるも、「うーん、ごめんね、あんまりおもしろくなさそうだし俺は協力できなーい」なんてゆるーく断られてしまった。というかなんだ、おまえら案外友達甲斐ないのな。

しかしあたしもこうなれば意地でも誰かに協力してもらいたい。いや、自分1人で頑張れよと言われてしまえばそれまでなのだが、ここまで恋愛経験がないとむしろ1人でどう頑張っていいかさえもわからないのだ。だってもうすでにあたしと青峰はそれなりに仲がいいし、メールアドレスも番号もあたしは知っている。これ以上一般的なセオリーとしてやっておくべきことなどあたしには見当すらつかなかったのである。
だがしかしまさか彼にそんなことを頼むのもなんだか抵抗がある…と思いながらも、それでもあたしは藁をもつかむような気持ちで赤司を頼ろうとしたのだが、なかなか赤司が見つからない。その上その前になぜか青峰に声をかけられ、そのまま手を引っ掴まれ、こうして第三校舎まで連れられてしまったわけなのだが、ぶっちゃけあたしからしてみたら状況がまったくもって理解できない現状である。


「あのー青峰さん?」
「……」
「あのー青峰?いきなりどうしたの、あたしなんかした?」
「自覚なしかよ」
「え?あたしマジでなんかしたわけ?」


どうやら青峰は怒っているらしい。しかし、あたしは青峰に何かをした覚えはない。だって青峰のグラビアの本を破いてしまったのは紫原だし、それに関しては赤司が仲介をしてすでに和解をしているとの情報を黒子から得ている。まあ、どれだけ青峰に腹が立つことがあってもあいつが何よりも大事にしているマイちゃんの写真集を破るなんて命知らずなことはあたしにはできそうにないのだが、今はそれどころじゃない。

すると青峰はイライラとした様子のままあたしを壁際に押し付けて、あたしが逃げられないようにと壁に両腕をついた。
…これは、何だろう。
いや、見たことがある。
見たことがあるのだ、少女マンガとかで。

いわゆる、これは壁ドンとかいうやつなのだろうか。いや、もしかしなくても。


「…あ、青峰さーん?」


しかしテンパるあたしを完全に取り残したまま青峰は怒りのボルテージをこれでもかと言うぐらいにあげていっているらしい。このままではもしかすると、殴られたりするのではないだろうかと思うほどに空気は緊迫している。


「…最近よお」
「は、はい!」
「他の奴らとえらく仲がいいみたいじゃねえの」
「あー、あー!相談とかしたりしててさ、うん!」
「はあ?相談?それ、俺じゃダメなのかよ」
「あー…うん」


平たく言えば、ダメである。だってまさに青峰についての相談なのだから。まさかあたしだっていくら恋愛経験がないとはいえど本人に対して「あたし青峰のことが好きなんだよねー!どうしたらいいと思う?」なんて聞けるほど鋼の心臓はしていない。


「…なんだそりゃ。気に入らねえな」
「え、ど、どういうこと」
「おまえは俺だけ頼ってりゃいいんだよ」
「い、いや青峰は頼りになると思うよ、うん!」
「じゃあなんで俺を頼らねえで他のやつらばっか頼ってんだよ」
「あーそれには深い理由があってだな」
「あーくっそ、ありえねえ」
「はあ?」
「なんでおまえ気付かねえんだよ、分かるだろ、普通。俺があんなふうに接するのなんざおまえぐらいだって、みんな言ってんぞ」
「みんな?いや、あんまりあたしは聞かないけど」
「誰にでも優しくできるほど俺は出来た人間じゃねえってのによ、このクソ鈍感女が」


…たしかに、黒子だっていつも散々口酸っぱく「鈍感ですねえ」とあたしに言ってくるぐらいだからあたしは鈍感なのかもしれないけれど、そこまで言われるほど鈍感だとは夢にも思っちゃいなかった。しかも、好きなひとをイライラさせるレベルで鈍感だなんて、もうあたしは1回死んで来世に賭けたほうがいいぐらい絶望的な鈍感なんじゃないだろうか。
だんだんと視界が滲んでいくのをどうにも止められなくて、目の前の青峰の顔が次第にぼやけていく。だけど、青峰はそれでもあたしを殴りつけたりはしない。けど顔もよく見えないから、もしかしたら呆れてるのかもしれない。ああもう厄日だ。どうしてこうなってしまったのか、あたしにはまったくもって訳が分からない。

だけど青峰はやっぱりこんなあたしにも優しくて、あわてたように「あー」だとか「うー」だとか漏らした後に「別にキレてるわけじゃねえんだよ」と言ってあたしの頭の上に顎を乗せてあたしをあやそうとしてくれた。ちなみにこれはわりと日常茶飯事な出来事で、背の高い青峰はよくあたしの頭の上に顎を乗せてケラケラ笑ってあたしをおちょくってくる。まあそれも可愛くて仕方がないだなんてあたしはもう青峰が好きすぎて頭のネジが1本やられてしまっているに違いない。

まあ、やられてしまっていたのは1本どころじゃなかったのだけれど。


「もうまどろっこしいのはやめだ。どんなアホでも伝わる手段で伝えなきゃおまえには伝わらねえって気付いたからな」


そこからは驚くほど世界はスローモーションだった。滲む視界の中で、青峰の喉仏が小さく動いたあと、青峰の顔が視界いっぱいに広がる。そしてそのまま、唇にすこしだけ固いものが当てられた。だけどあたしはパニックだ。そりゃもうなんだかよく分からないうちに涙が止まってしまうぐらいには、パニック。頭の中では小さなあたしと小さな青峰が無数に増えていて乱雑なダンスを繰り返して、黒子の言葉がそれを真綿で包み込んでいく。僕に手伝えることなんて何もない。僕が言えることもこれ以上何もない。
瞬きをしたら、最後にポロリと涙が一粒だけ零れ落ちていった。


「好きだ」


キスをされた。告白をされた。初恋だった。


「あ、おみね」
「いくらおまえでもこんだけされりゃ気付くだろ」
「……え、っと」
「好きだ。おまえが好きだ。理解できたかよ」
「あ、あ、あの!」
「あ?」
「あたしも、好きだよ!」


それから青峰がぱちくりと目を見開いたままあたしの言葉を飲み込む、数秒間。青峰はとびきり嬉しそうな顔をしてあたしを軽々と抱き上げた。足りない身長分だけ爪先が床から離れて浮かぶのがどことなく不安だったけれど、それでも青峰の力強い両腕は決してあたしを落とさないしあたしを離したりしない。
初恋が叶わないなんて、ウソだった!

(13.0414)
青峰くんに壁ドンだなんて!と発狂しながら執筆したにも関わらず、あんまり甘さが出なかったような気もします…><すみません…!ですが素敵リクエスト本当にありがとうございましたー!楽しかったです!


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