お付き合いをすることになったら、次はもちろん、デートだろう。それはきっと大体の人間が抱くであろうお付き合いのイメージの第一歩だろうと思うからわざわざ説明はしなかった、が、説明しなかったことがまさかこんなふうに仇となって出るだなんて知っていたならきっと俺はその労力を惜しむような馬鹿な真似はしなかっただろう。


「お待たせっスー」
「あ、黄瀬ーこっちこっちー!」


とりあえず、デートだというのに他の誰かを連れてくるだなんて空気の読まない真似だけはさすがにしなかったところぐらいは評価してやるべきだろうか。しかし、服装も髪型も化粧からも、言ってしまえば彼氏とデートをするとき独特の、こう、なんというのだろうか、気合のようなものはまったくもって感じられなかった。きっと桃っちと遊びに行くときもまったくおなじ服装で遊びに行くんだろうな、と思わせるぐらいの、ナチュラルな自然体っぷりである。まあ、それはいい。それにこいつは自然体でもそれなりにファッションセンスもいいから見た目には着飾っているように見えるし。ただ、問題はこれからだったのだ。
とりあえずお昼を食べようか、という話になって、うろうろと街を彷徨っていると、彼女はキラキラした目をさせたまま一心不乱にある一店舗を見つめて立ち止まっている。だから、俺はその視線の先を軽く追って理解し、そしてすぐさま道を変えようとした。が、妙に頑固な彼女はもう譲るつもりなどこれっぽっちもないらしい。


「黄瀬!」
「……一応聞いてやるっスけど、あんた正気?」
「うん!」
「言っとくけど、俺結構稼いでるし、遠慮とかしなくていいんスよ?」
「マジで!?じゃあ、あの期間限定の牛丼食べに行こう!」
「いや、遠慮ってそっちの遠慮じゃねえし…」


俺が言ったのは金銭面での遠慮であって、決して正しい意味での遠慮ではない。だが、もうすでに牛丼に心を奪われてしまっているらしい彼女に何を言ったところで無駄である。俺はどうにか溜息をついて自分の中に渦巻いているやりきれない感情の清算をつけると、彼女に手を引かれるままに牛丼屋に足を踏み入れた。
…まあ、いい。
こいつがいいならなんだっていい。が、それにしても初めてのデート(前のやつは付き合っていないうちだったからノーカウントだ)でランチに牛丼。むしろ青峰っちと遊んだときですらももう少しまともな昼食をとるだろうに、どうしてこんな男子中学生全開の昼食をわざわざ彼女と取らなければならないのだろうか。


「うまー!」
「そっスか」
「黄瀬もこれ一口食べてみてよ!美味しいよ!」
「…じゃあ、一口もらうっスわ」


しかし、何をしていても楽しそうにする彼女の隣にいると、もう何でもいいか、とも思えてくるのだから不思議だ。それに、今はまだ昼食。これからいくらだって持ち直せるはずだ、と俺は思いながら彼女が差し出してくれたスプーンにかぶりついた。うん、普通の牛丼である。まあ、食べる前から分かっていたことだが。しかし彼女は相変わらずそれを世界で1番うまいかのように幸せそうな顔をして頬張っている。まったく、どうしてこいつはこんなに幸せそうに飯を食うのだろうか。俺がそんなにうまいと思えないものでもこいつは幸せそうにそれを食い、まわりに幸せを分け与えるもんだから、こちらも今までたいして美味いとも思えなかった牛丼がこの世で1番美味いもののような気がしてくるのだから俺って結構単純だ。

すると彼女はぐっぐと結構いい飲みっぷりでグラスの中に入っていた水を半分ほど飲むと、思いついたように口を開いた。ちなみに結構躾の厳しかったらしい彼女の口数はご飯を食べている間ばかりは普段の半分以下になる。


「そういやさ、この間あんたが学校休んでたとき数学の授業中田中先生が言ってたんだけどさ」
「うん」
「先生、この間トライアスロンしたらしいよ」
「トライアスロン?あの先生いくつだっけ」
「今年で55歳だって」
「よくやるっスよねー」
「ねー。たしかに体は結構鍛えてるっぽいけどさー」
「まあそれは分かるっスよ」
「でもトライアスロンってさ、できそうな気がしない?」
「いやー案外きついっスよ」
「え?黄瀬、やったことあんの?」
「いや、ねーけど。でも走ったりチャリ漕いだり泳いだりってのは結構連続でくるときついと思うんスよねーま、できねえことはねえと思うけど」
「あーたしかに!じゃあ、そのうちの1つだけならなんとかなるんじゃない?」


このぐらいで、止めておけばよかったと思う。しかし俺もどこにでもいるただの男子中学生だった。なぜかろくでもないことに好奇心を駆り立てられてしまいがちな年ごろだったのだと弁明するしかないのだが、どうしてだか俺は身を乗り出してまでこの話題に夢中になっていた。
しかし時間帯も時間帯だった。昼食を食べに押し寄せる大量の若者やおじさんたちを目にした瞬間彼女は伝票を手に立ち上がり、さっさとその代金を払ってしまったかと思うと(このとき、まるで頭を鈍器で殴られたような衝撃っていうのはこういうことを言うんだろうなって理解した)そのまま俺の手を引いてさっさと牛丼屋を出て行ってしまった。…まあ、混雑する時間帯になってまであそこで長話をするのがよろしくないことぐらいは俺にでも分かる。けれどいつまでも彼女にリードされているのも気に入らなくて俺は一歩前に出ると、今度は彼女の手を引いて歩き始めた。…ぶっちゃけ、特に行き先を決めていなかったので近くにあったゲームセンターに入ったのだが、まさかそれもやたらとキラキラした目でそれを見つめていた彼女の要望に応えるべく、シューティングゲームにコインを投入する羽目になるだなんて夢にも思わなかった。

そして小さな体で大きな銃を構えた彼女はそのまま「でさ、さっきの話の続きなんだけど」と話を続けてくる。だから俺も彼女と同じように画面に目を向けて彼女が捌ききれなかった敵たちを打ち殺しながらそれに相槌を返す。ちなみに見た目から分かりきっていたことではあったが、彼女はシューティングゲームに滅法弱かった。


「たしかに全部となると無理だけど、1つだけならマジでなんとかなりそうっスね!」
「ね!黄瀬どれならいけると思う?」
「俺はーチャリかな」
「奇遇だね!あたしも!」
「挑戦するっスか?」
「しようよしようよ」
「えーあんた弱音吐きそうじゃん」
「交代でチャリ漕げばいけんじゃね」
「あーなるほどね」
「そんで、チャリでどこまでいけるか挑戦しようよ」
「たしかに、チャリだとどこまでいけるんスかねー」
「1回ぐらい試してみたいとも思わない?あたし結構不思議だったんだよね昔から。チャリでどこまでもいけそうな気がすんだけど、実際限界はどこなんだろーみたいな」
「たしかにそれあるわー。チャリってどこまでもいけそうな気がするっスよねーあれなんでだろ」
「しかしそれも今日ですべて解決だな!」
「本気っスか?」
「怖じ気づいちゃったの?」


ふん、と挑発的な笑みを浮かべて俺をからかう彼女になぜだか触発されてしまった俺はそのままそのゲームが終わると(もちろん、俺がいたのでファイナルステージまで進むことができた)1時間後にまた集合することにしてとりあえず家に帰ることにした。もちろん、ジャージに着替えるためである。何度も言うが、これはデートだったはずのものである。
そしてジャージに着替えて待ち合わせ場所にチャリと共に現れた彼女はなぜだか試合前のように真剣な顔つきをしたままサドルに跨っており、俺はその彼女の後ろに座り込んで彼女が出発するのを後ろから見守った、が、この時点でなんとなく違うんじゃね、とは気が付けていた。なのにどうしてその場で言わなかったか。なんて、それは簡単だ。
つまり、途中から俺も完全に本気だったというだけだ。


「う、ぐああああ」
「頑張れ黄瀬!!もうちょっとで県境だから!」
「これ、マジ、やばいっスううう!」
「部活とコレとどっちがきつい?」
「正直おなじぐらい!」
「やばいな!」


帝光のジャージを着こんだ状態でこんな県境までチャリ1つでやってきたことによって彼女と築き上げた信頼関係の深さに惑わされたまま、俺はそれこそ野を超え山を越え、県境にまでやってきた。そして数時間後。すっかり夕方になってしまったが、それでも俺たちはどうにかこうにかいつのまにか目標になっていた県境にまでたどり着くことができたのであった。完。
で終われたらどれだけよかっただろうか。


「…県境、は、いいんだけどさ」
「…うん」
「これ、俺たちどうやって帰るんスか」
「…バイマイセルフ」
「自力か!!」


ひとしきり写メを撮ったりした後にようやく我に返った俺たちを待っていたのは、途方もない道のりだけだった。しかし時刻はすでに夕方。それにそこまで金を持ってきているわけでもないからタクシーを使うわけにもいかないし、まさか彼女の親に彼女をここまで連れてきたことなんて知られるわけにもいかない。こんなところで「うちの子にこんなことさせるなんて!別れてちょうだい!」なんて冗談じゃない。
俺は最後の気力を振り絞り彼女を後ろに乗せたまま東京の彼女の家まで全速力で自転車を漕いだ。ぶっちゃけ、その後力が入らなくてしばらく公園で座り込んでもいたし、その後自力で家に帰れそうな気がしなくてタクシーを捕まえて家に帰ったりもしたが、それはそれ。これが俺と彼女の初デートのすべてである。


「……きみたちバカじゃないんですか」
「それ俺も思うっス」
「でも、きみたちらしいですけどね」
「はは、無計画って?」
「それもありますが」
「うわ、黒子っちひでー!」
「でも、楽しそうでいいじゃないですか。そういうところも含めて、きみたちらしいって言ったんですよ」


ね?楽しかったですか?そう黒子っちは聞いてくれた。そんなの、答えは決まっている。


「ありえねえぐらい楽しかったっス!」


結局、俺は隣に彼女さえいてくれたら何だって楽しめてしまうのだ。


(13.0423)
弓雪さま!アスレチック初デートはまさか書くことなんてないだろうと思っていたので、全然考えていませんでした…!すいません…!きっとこんな感じだったのかなあ…ああでもなあ…と思いながら書きました!足りないところは弓雪さまが補完してくださいませ…!それでは素敵リクエスト本当にありがとうございました!これからもよろしくお願いいたしますー!




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