むかーしむかし、あるところに、並盛にはその名に似つかわしいほど平凡な女の子がありました。その子は可もなく不可もない成績と、どこにでもありそうな平和な家庭、そして数多くの友達に囲まれた幸せな女の子でした。それこそ白馬の王子様にでも憧れるような、純粋な純粋な女の子だったのです。しかし、彼女の人生は彼に出会ったことで急変しました。その彼とはスペルビ・スクアーロ。のちに彼女が平凡な人生を捨ててまで追いかけたいと思うほどに傾倒する男の名前でありました。ですが、彼は非凡な男です。彼女は考えに考えて、それから、やはり平凡な世界を捨てることを決めました。


「うおおい、物語調にするなら不足があるぞお」
「えー不足なんてないように思うけど」
「どこのどいつが平凡な女の子だあ?ヒロイン像に誤りがあるぜえ」


ごろごろと膝の上で甘えてくるまるで猫のような女の頭を撫でてやりながら、さきほどこいつが意気揚々と語って聞かせていた物語に対して修正すべきところを指摘してやれば、彼女はケラケラと笑いながら「わたしはあくまで平凡な女の子のつもりだったんだけど」と言って俺をからかった。だが、こいつが平凡な女とやらだったならば俺だって平凡だ。それこそ殺し屋なんて引退しなければならないだろうぐらいには。
まあ、たしかに学生時代こいつの成績はあまりいいほうではなかったし、そういうところばかりは平凡だったのだろうが、それを除いてしまえばこいつはとんだチートだったのだ。それこそ物語にもう1つ訂正を加えなければならないだろう。こいつは、自ら俺を選んで俺のためにこちら側へやってきたように思われるだろうが、実際のところは違う。俺がこいつを見初めてこちら側へと引きずり込んだのだ。まあ、それもアルコバレーノたちがいる手前、あくまでこいつの意見を尊重するような素振りを見せてはいたが、実際こいつが俺を選ぼうが選ぶまいが連れて行ったのには変わりない。その点、円満に解決することができてよかった。まあ、それももう5年ほど前の話になる。そのときはこうして恋人になるだなんて夢にも思ってはいなかったが、それにしてもこいつはそんなときから俺のことを好いていてくれていたのかと思うとすこしばかり息が苦しくなるような気がしないでもない。
要するに、嬉しいのだ。


「でもヒロインは清く正しく美しくってのがベストだっていう一般的なセオリーにのっとってみたくてさー」
「ここじゃそんなヒロイン通用しねえよ」
「それもそうだね」
「どっちかっつうと、甘くて危険でキレイな女ってキャッチコピーのほうがウケんだろお。ま、おまえにはまだ早そうだがなあ」
「わたし無害な存在だからね」
「任務以外では、だろお」
「仕事は全うしなくちゃ!もしあたしたちが運命の赤い糸で繋がってたとしても、そんなことしちゃったら最後スクアーロの傍にいられなくなるかもしれないじゃないの」


なんだかんだでここの実力主義に理解を示しているなまえは、力がなくなることがどういったことに連結するのかをよく理解している。だからこそこいつは俺の恋人であるという地位に甘んじることもなければ、努力を重ねることを厭わない。そういったところがこうしてヴァリアー幹部としてある所以なのだろうなと思う。
しかしこいつの髪はさらさらとしていて撫で心地がいい。あいかわらず猫のように俺に甘えるこいつの髪を義手ではないほうの手で軽く撫でてやり指先で梳いてやると、こいつはより一層嬉しそうに俺の腹へとまわした腕に力を込めてくるものだからこちらも嬉しくなってくる。
だから俺はそのままごろごろと俺の膝の上で寛いでいる彼女の脇の下に手を入れて、膝の上に座らせた。するといきなり膝の上から引きはがされた彼女は一瞬だけきょとんとした顔で俺のことを見つめて、それから顔をくしゃくしゃにして笑った。ちなみに、本人にわざわざ言うことはしないが、俺はこの笑い方が1番好きだ。こいつらしくて、まるでここが平和な国であるかのような気がしてくるような、太陽のようなこいつの笑顔が。


「なーにースクアーロ。急に抱き上げたりなんてしてくれちゃって」
「いいだろお別に」
「分かった。わたしの顔が見えなくて寂しかったのね?」
「誰もそんなこと言ってねえぞお」
「言ってなくても伝わるのよ」
「以心伝心ってやつかあ?」
「そーういうこと」


しかし俺がどう隠そうがこいつにはすべて筒抜けなんだろう。本当に、頭の回転だけは速いやつである。
それに、嫌ではないのだ。
こいつが俺のことを俺よりも理解していくのは、けっして、不快ではない。それどころかそれを嬉しくも思うのだ。ルッスーリアは「年々あなたたち似ていくのねえ」と言っていたし、ベルの野郎は「つうかスクアーロがこいつに感化されてきてんじゃね」と言って俺をからかった。だが、その変化はけっして悪いものではない。あのザンザスでさえそれを褒めたのだ。分かりづらいやり方ではあったが、それでもあいつも、この女を認めている。…まあ、だからといって人の恋人にあてつけのように目の前で真っ赤なバラの花束を渡してくるあいつもあいつだが。


「あー5年前のわたしが今のわたしを見たら驚くんだろうなあ」
「事実かどうかはさておき、平凡だと思ってた人間が数年後にはこうして人を殺すことを生業にしてりゃあ誰でも驚くだろうなあ」
「そうじゃないよスクアーロ」
「?ああ?」
「こーんな素敵な恋人がいるだなんて、5年前のわたしが知ったら卒倒もんだろうなって思ったの」
「素敵な恋人だあ?」
「素敵な恋人だよ」
「そりゃ俺のことかあ」
「他に誰がいるのよ」
「…あー、ったく」


こんなことを言われると分かっていたなら、膝の上で寛がせていたほうがよっぽどマシだった。いや、言われるのが嬉しくないわけじゃないが、それにしてもこいつの言葉はまっすぐすぎて面と向かって言われるとさすがに照れるのだ。まったくどうしてこいつは日本人のくせに、イタリア人である俺よりも愛の言葉に抵抗がないのか。お国柄、というやつは人間性の前ではまったくもって無意味に成り果てるらしい。
しかし今日はオフがあったからかやたらとご機嫌であるらしい彼女は、ニコニコと俺の目をまっすぐ見据えたまま近況報告を始めてしまった。だが、それも悪くない。彼女はなかなかどうして、俺を退屈させない女の子だった。


「まったく、テメエのどこが平凡なんだか」
「まずー身長そんなに高くないでしょー。顔そんなに整ってないでしょー。成績よろしくないでしょー。それから」
「身長は日本人のほうじゃ高いほうじゃねえのかあ」
「日本人の中じゃね。でも、イタリア来ちゃうとあたし超ちっちゃい感じがする」
「そのぐらいでいいんじゃねえのかあ」
「でもキスするときスクアーロつらそうじゃん」
「じゃあ抱き上げりゃいい」
「スクアーロって細見なのに筋肉あるよね」
「そりゃそうだろお。ああ、あとは顔と成績かあ?顔に関しちゃ俺は好みだし、成績はよくなくてもイタリアに来て3か月でイタリア語を習得しちまったおまえの頭の回転が悪いとは思えねえぞお」
「わたしの顔が好みなのスクアーロ?」
「ああ、毎日見てても飽きねえよ」
「ふふ、わたしもー!」


もうこいつはたどたどしい発音でイタリア語を話さない。いや、あれもあれで可愛かったのだが、それでもこいつは俺とイタリア語で話すことにやたらとこだわっていて「コミュニケーションにストレスを感じさせたら恋愛に発展しない!」だとか張り切ってイタリア語を勉強していたが、俺の日本語はすでにネイティブレベルにまで達してしまっているし、普段からわりと日本語を使うことが多いのでコミュニケーションにストレスを感じるということはまったくもってなかったが、それでもそんなふうにやる気を出してくれる彼女の気持ちが嬉しくてそのままにしていたら、なんと彼女は3か月足らずでイタリア語を完璧に習得してしまったのだ。まあそれも彼女いわく「まわりがイタリア語だらけだったし」だそうなのだが、普通まわりがイタリア語ばかりだったからといってそう簡単に外国語を習得したりはしない。やはり、こいつは頭がいいのだ。
それに、身長より顔より頭の回転の速さより、なにより、こいつは人を安心させる力を持っている。それはこいつだけが持っているものだ。日本人だからというわけじゃない。こいつだけのとっておき。それを俺だけのものにしておきたい、だなんて、そんな甘いことを俺が本気で思うようになるなどと、それこそあいつが言っていた言葉を使うなら5年前の俺が見たなら卒倒するだろう。そしてこの腑抜け野郎が、と俺を罵るに違いない。けれど、それだって断言できる。5年前の俺だってきっと、こいつに出会ってしまったら最後、もうたどる道は同じだろうと。


「あードルチェ食べたいねえ」
「ほードルチェか」
「レモンとかが入ってるサッパリしたやつ」
「それならローマにいい店があるらしいぜえ」
「わーい!もちろん、連れてってくれるんでしょスクアーロ!」
「10分以内に準備ができたらなあ」
「もちろん!待ってて!すぐに準備しちゃうから!」


それまで俺から離れたら死ぬんじゃないかというぐらいにぴったりくっついていた彼女は、その言葉を聞くや否や俺から素早く離れ、身支度をはじめた。その横顔はなんともまあドルチェへの期待に満ち溢れていて笑ってしまう。ただの女子高生だったあのころからもう5年経って、こいつも立派なシニョーラになったかと思えばまだまだこんなところが子供っぽかったり、ほんとうに見ていて飽きないやつだと思う。だからちょっとした好奇心で聞いてやったのだ。


「テメエはマジでドルチェ好きだなあ」
「甘くておいしいものは万国共通で世界を救えると思うんだよねわたし」
「じゃあ、」
「うん?」
「ドルチェと俺ならどっちを選ぶ?」


すると彼女はきょとんとした顔のまますこしだけ手を止めて俺のほうを見つめた。その目は本当に「何を言っているのか分からない」とでも言いたげにぱちくりと大きく見開かれていて、いっそ間抜けである。
だが、彼女はすぐに満面の笑みを浮かべて俺だけに言い知れぬ幸福を与えてくれる。ドルチェじゃ俺とおなじ土俵には上がれねえ、って、よくもまあまったく簡単に言ってくれるもんじゃねえか。こいつのドルチェ好きはヴァリアー内でも有名な話だし、こいつは四六時中ドルチェを食べてばかりいるぐらいなのに。それよりも俺が好きだなんて、こいつのためにドルチェを四六時中つくらされているシェフが聞いたら拍手喝采でもするかもしれない。


「俺もだあ」
「ふふ、ドルチェよりもわたしが好き?」
「俺はドルチェなんざ食わねえがなあ」
「じゃ、マグロのカルパッチョよりわたしのこと好き?」
「当然だろお」
「えへへ、じゃあ今日ドルチェ食べ終わったらマグロのカルパッチョ食べに行こうね!わたしこの間美味しいレストラン教えてもらったから」
「そりゃいいなあ」


むかーしむかし、あるところに小さなころからヒットマンを生業としている冷たい目をした男がありました。その男は任務とあればありとあらゆる人間を殺し、目を合わせば殺されるだなどといった噂をたてられるほどに裏社会では有名な男だったのです。けれど、男は寂しかった。それは男自身も気が付けていなかったことでした。きっと男は、1人で生きていくことに慣れ過ぎていたのが災いしたのでしょう。けれど男はたった1人の女に出会ったのです。天才的な運動神経さえ除いてしまえば、女は男から見ればあまりに平凡でした。ですが、それゆえに尊くうつくしく映りました。のちに彼がなによりも愛しなによりも大事にするようになる女の名前はなまえ。彼を愛し、いままでの幸せをすべて捨ててまで単身イタリアへと彼を愛するためだけにやってくることになる、やさしい女の子の名前でありました。

そんな物語の結末はいつもこうだ。
二人は未来永劫幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし、ってなあ。

(13.0425)


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