はじめに青峰くんを見つけたのはわたしのほうだった。きっかけは友達に誘われてバスケ部を見に行ったときだったように思う。たしか黄瀬くんを見に行ったんだっけ。だけどわたしはもう青峰くんを一目見た瞬間になにもかもを奪われてしまっていて、その友達が黄瀬くん以外のだれかを好きになったときにも、わたしの心はいまだに青峰くんに預けたままだった。だけど、青峰くんはわたしなんて知らない。わたしは良くも悪くもそこらへんの女子たちに埋もれるような平凡な女の子でしかなかったから。
だけど、いまだにわたしが青峰くんを好きでいることを知った友達はあきれ半分に青峰くんの情報をくれた。

「でも青峰巨乳好きらしいし、あんた巨乳じゃん。いけるんじゃない?」

その友達はきっと冗談のつもりでそれを言ったのだろう。現にわたしはこの大きな胸を男子たちにからかわれるのが嫌でたまらなくて、いつだってそれをどう隠せたものかということに頭を悩ませているような子だったから。だけど、これを青峰くんが好きだというのなら話は別だ。わたしはそれまで隠していた胸を隠さないようにした。そして、それによって男子たちにからかわれるのも構わずに、自然に青峰くんに話しかける努力をはじめたのだ。
だけど、青峰くんに近づくにつれて、きっと青峰くんはわたしが思っているよりもずっとずっと自由なひとなんだろうなと思うようになった。そしてそれを引き留めているのが隣に立っている女の子。その女の子の胸も大きかったのはぶっちゃけ部屋で泣いた。しかもその子はキレイな女の子だったのだ、これでは勝てないよ。だけどその女の子はわたしが青峰くんのことを好きだと分かるや否やわたしの味方になってくれた。そしてわたしのことを可愛いと言ってくれ、それからつらそうな顔をして「なにかあったらいつでもわたしのことを頼ってね」とまで言ってくれたのだ。ほんとうに、キレイな上に優しいだなんて、わたしはあの子にはいつまでたっても勝てないだろうな。
だから、わたしはあえて彼女を頼らなかった。


「おまえ泣かねえのかよ」


いつものように屋上に呼び出されたわたしは、青峰くんとセックスをした。でもそれはちっとも優しくなんてなくて、わたしは痛む腰のまま立ち上がることもできないで中途半端に脱がされた制服を煩わしく思いながら床に寝転がっていた。そんなわたしを見ながら青峰くんはシャツのボタンをとめていく。きっと、慣れているんだ。そう直感したけれど、それでもわたしはなんにも言えなかった。だってわたし、わたしが青峰くんのことを好きなだけなんだから。彼女でもなんでもない。
だけどきっと彼女になっても言えやしない。すべての理由は一緒だ。青峰くんにめんどくさがられたくはない。青峰くんにとって、すこしでも、都合のいい女になりたい。
こうすることで青峰くんの気持ちが晴れるなら、わたしは青峰くんの隣にいたいだけ、文句なんてあるはずがないじゃない。そう思うのに必死になることにした。


「…泣かない」
「は!初めてだったんじゃねえの」
「初めて、だったけど、泣かない。わたしは青峰くんが好きなんだもん。泣かないよ。悲しいことじゃないもん」


ウソだった。本当は泣きたかった。でも泣く場所なんてわたしにはなかった、そして青峰くんに疎まれるのだけが嫌だった。だからわたしは自分から退路を断ったのだ。


「へー。じゃあ俺ら、」


付き合うか、その言葉はわたしにとって何よりも甘かったけれど、毒でもあったんだろうと思う。
それからすぐにわたしたちは中学校を卒業して、当たり前のようにわたしは青峰くんとおなじ学校に進学した。そして、もうすぐ1年経つ。


「…ねえ、青峰くんどこにいるか知ってる?」
「青峰くんならたぶん保健室だよ」
「保健室?」
「お腹痛いって言ってた」
「もー絶対ウソじゃん!」


あいつ何してんのー!と憤るさつきちゃんに笑いかけながら、それでも気が済んだら戻ってくるだろうと思うからそっとしておいてあげて、とフォローしておくわたしは一体なんなんだろう。いくつ仮面をつければ気が済むんだって話。だけどいくつつけたって結局のところは足りないんだろう、ってちょっとだけ諦めていたころ、とうとうわたしでは青峰くんがどこにいるか分からなくなってしまった。
誰に聞かれても「ちょっと」と答えることしかできなくなってしまって、まわりは、わたしに同情してくれているみたいだった。だけど青峰くんは、わたしを嫌いになったわけじゃない。それどころかちょくちょくわたしに連絡はくれるし、オフの日にはわたしとデートにも行ってくれた。まあ、最終的には部屋に連れ込まれてなし崩し的にセックスをするんだけど、それでも部屋に行けるのはわたしだけの特権のままだったからそれでいいと思うことにしたのだ。
青峰くんは野性的なんじゃない。もう、ほんとうに獣なのだ。だから他の子とセックスをするのだって別にその子のことを好きになったんじゃなくって、ただ我慢ができなくなってしまっただけのこと。浮気じゃない。そう青峰くんは主張した。だからわたしはそれを素直ないい子みたいに受け入れて、笑った。それならいいよ、と。わたしがいつでも青峰くんの気の向いた時間にいてあげられたらいいんだけど、と言えば、青峰くんは笑いながらそれもそうだな、と返した。
青峰くんは浮気なんてしていない。これはわたしが目を瞑ることができれば、すべて解決する問題。わたしが悪いんだよ、と思えばいくらか楽だったような。

だれかを抱いた腕でわたしを抱いたとしたって、だれかとキスをした唇でわたしとキスをしたって、きっと大丈夫だ。わたしが我慢さえしていれば、青峰くんはいつまでもわたしの彼氏でいてくれてわたしはいつまでも青峰くんの彼女でいられる。男女のお付き合いなんだもの。すこしぐらいは我慢や妥協が必要だもの。
だけどわたしが我慢しなくちゃいけないことは、わたしが妥協しなくちゃいけないことは、ほんとうにそうしなくてはいけないことなんだろうか。
そんな疑問が頭の中で膨れ上がってきたころ、青峰くんはキレイな女の人を部屋に呼び込んで、そこでセックスをした。


「…青峰くん、このピアス、だれかの忘れ物?」
「あ?あーあんときのやつだわ。忘れ物するとかマジめんどくせえな」
「届けてあげないと」
「めんどくせえよ、捨てとけ。それよりやろうぜ」


そう言ってゴミ箱の方を見もしないでそれを投げ捨てた青峰くんは、いつものようにわたしを組み敷いた。だれかが喜んで青峰くんを受け入れた、ベッドの上で。
それが耐えられなくて、わたしははじめて、青峰くんを拒んだ。


「やめよう、青峰くん」
「どうした珍しいな。あ、さては生理か?」
「ううん。違うよ青峰くん」
「まあおまえ生理でも俺がやりてえって言ったら絶対やらせるもんな」
「……青峰くん、もう耐えられないよ」
「は?」
「ごめんね、わたしがもっと優しい女の子だったら許してあげた。全部わたしが悪いんだよ、本当にごめんね」
「…急にどうしたんだよおまえ」
「たぶん、わたしずっと苦しかったのかもしれない」
「さっきからおまえ変だぞ」


俺が何したよ、浮気なんざしてねえだろ。
きっと青峰くんは、浮気なんてしていない。だってその証拠に、青峰くんはきっと恋を知らない。


「わたし、青峰くんに恋を教えてあげられる子になりたかったな」


青峰くんとの関係を終わらせるのは自分だと確信していた。だって青峰くんは、きっと、わたしを捨てない。わたしが耐えられればずっと続いていく関係だった。そうしたいと、思えていたわたしがいたのに。あのわたしはどこへ行ったんだろう。こんなにも胸は痛いのに、こんなにも青峰くんが大好きなままのわたしなのに、自分の痛みに堪えられない弱さがわたしたちを終わらせてしまう。
青峰くんにとって都合のいい女の子でいたかった。些細なことだねって許してあげることができる女の子になりたかった。わたしはこんなにも、ちいさな人間なんて、知りたくなかったよ。


「ごめんなさい、別れたい」


中学生だったとき、青峰くんと付き合えたとき、この言葉だけは言いたくないと思っていた。これはわたしたちを終わらせる言葉。だけどわたしはその言葉を言ってしまったし、もう後戻りはできない。青峰くんはゆっくりわたしの身体から離れると、わたしの荷物を取り上げて、それをわたしに渡した。
わたしは用無し、か。
泣きじゃくるわたしの目尻のあたりを青峰くんはやさしく指先で拭うと「俺が嫌いになったかよ」と聞いた。そんなわけがない。今でもわたしは青峰くんが好きで好きで仕方がないのに。だからわたしは首を左右におおきく振った。
ああ、この指先が今までわたしに触れてくれた指先だ。今までわたしが知らなかったことをたくさん教えてくれた指先。たまにわたしのことを好きだと言ってくれた。当たり前のようにわたしのことを隣に置いてくれた、彼女だと言ってくれた、その安心感は一生忘れられない。


「もうおまえに迷惑はかけねえよ」
「……ごめ、んなさい」
「謝るなよ。だから最後に、キスしていいか」


なにもこたえられないでいるわたしに、青峰くんはそっとキスをしてくれた。初めてされる、舌をからめない子供みたいなキス。泣きじゃくるわたしの顔を見て、もっと泣きそうな顔でひどい顔だと言った。ああ、こんなときになってどうしてもっと青峰くんのそばに居たいと、思ってしまうんだろう。まだ頑張れるんじゃないか、なんて、無理なことを思う。だってわたしはもう青峰くんにとって都合のいい女ではいられないのに。
もっと一緒にいたかった。だけど、わたしは青峰くんの家まで送る、という言葉を断って、1人で家に帰った。あのあと、青峰くんはどうしたんだろう。誰かわたし以外のひとをお部屋に呼んで、セックスをしただろうか。だけどわたしがそれを気にする資格はもうないのだ。それを手放したわたしが言えることなんて、何もない。
携帯の待ち受け画面は、ユニフォーム姿の青峰くんだった。応援席にいるわたしを見つけて、手を振る青峰くん。データフォルダにもたくさんの青峰くんがいた。わたしがカメラを向ければ恥ずかしそうにこちらを見て笑ってくれる青峰くんが、こんなにもたくさん。だからわたしはそれを消した。1枚ずつ、この目で見送りながら、削除ボタンを押していく。
そしてデータフォルダが0になったとき、わたしは声を押し殺して泣いた。

さよなら、わたしの初恋のひと。







「青峰っち、合コンくるっスか?」


無我夢中でバスケに打ち込んで、気が付けば俺は大学生になっていた。なぜか俺と同じ大学に進学することになった黄瀬とつるみながら、なんとなく毎日を過ごしていく中、それでも俺はどうしても新しい恋とやらを始める気がおきなくていまだにこんな黄瀬の誘いを断り続けている。


「あーいいわ俺」
「えー青峰っち中学とか高校のとき性の獣だったじゃん」
「俺も歳とったんだよ」
「まー黒子っちに負けてから青峰っちのアレも落ち着いてきたっスよね」
「…おう」


物足りない毎日の欠落を埋めるようにだれかとセックスばかりしていた俺は、バスケの楽しさを思い出すようになり、それをぱたりとやめた。まわりの女たちは不服そうにしていたけれどそれはもう俺にはすでに不必要なものだったのだ。だから俺はその分バスケに打ち込んだ。そしてもう見かけることもなくなってしまったあいつのことを想いながら、もう遅いこととは分かっていながらも、それでもあいつに隣に立てるだけのいい男になりたい、なんてガラでもないことばかり考えていたっけか。あいつと別れた次の日、さつきには頬を張られた。さつきは知っていたのだ。俺があいつがいるにも関わらずそういった遊びばかりを繰り返していたことを。そしてさつきはボロボロ泣きながら、それがどれだけあいつを傷つけていたかを喚き立てた。
だけどもう遅かったのだ。
あいつは自分が悪いと言って泣いていたけれど、悪いのは俺だけだ。あいつはただただ俺を好きでいてくれた、俺にはもったいないぐらいのいい女だった。それだけだった。


「あ、あの子」
「あ?」
「青峰っちは覚えてないかもだけど、あの子、帝光の子じゃないっスか?ほら、胸でけえなーって青峰っち言ってたじゃん」


そう言って黄瀬が指差した先にいたのは、あいつだった。ああ、そういえばこいつは俺とあいつが付き合っていたことを知らないんだっけか。わざわざ言うほどのことじゃないと黄瀬には言わなかったことが今更になって功をなすなんて笑える話でしかない。
そしてその先にあいつはいた。若かったころの俺が当たり前のように受け取っていた笑顔を、俺ではない誰かに向けて、楽しそうにはしゃいでいた。


「うわーあの子の彼氏イケメンっスねー。まああの子も可愛いし、超お似合いっスね」
「そうだな」
「あの子帝光のとき美少女ランキング2位だったんスよ」
「ぶは、なんだそりゃ」
「1位は桃っちなんスけど、当時俺たちのなかではあの子を誰が落とせるかっていうのが話題だったんスよーなるほど、ああいうのがタイプなんスね」


当時あいつを落としたのは俺だよ、なんて言ってやらない。だってあいつの隣にいたのは俺とは似ても似つかない、優しそうな男で、そいつは俺よりもあいつに見合う男だったからだ。そしてその男ははたから見ても分かるぐらいにあいつを大事にしていて、さりげなく車道側を歩くのはもちろんのこと、あいつの荷物もさりげなく持ってやっているみたいで胸が痛くなる。ああ、俺はあんなふうにあいつに優しくしてやれたことなんてあっただろうか。…いや、もうこんなことを考えるのはやめよう。


「じゃあな」


じゃあな、またな、とは続かない。ぐ、と目が熱くなって心臓が痛い。けれどそれを黄瀬に知られるのは癪で、目にゴミが入った、とウソをついて目元を手で覆う。そんな俺にそれなら目薬を貸すと言ってカバンの中を漁り始めた黄瀬の頭を殴りながら、あいつが出て行った後部屋で泣いたことを思い出した。
幸せになれよ、俺の初恋。


(13.0326)
10万打アクセスのお祝いメール、ありがとうございました!嬉しかったです(^^)それでは本当に素敵リクエストありがとうございました!


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