廊下はあんまり好きじゃない、いつもそれなりに人がいるから。


「うわーすげ、やっぱあいつでかいなー」
「あーあいつ?170ぐらいあんじゃね」
「女であんなに身長いらねえよなマジで。くれって感じだわ」
「おまえ横並んで来いよ、どっちが高いか見てやるから」
「マジやめろよそういうのー失礼だろ」
「どっちがだよ。つか聞こえんじゃねえの」
「聞こえてねえだろ多分」
「(全部聞こえてるっつうの)」


はあ、とため息を吐きながらなるべくあちらの会話に耳を傾けないようにと努めるも、まあ、やはり聞こえてきてしまうものは聞こえてしまうものである。それにさっきから何人か男子があたしの横を通り過ぎてひそかに身長を比べあっているのも気付いているし、それで明らかにあたしのほうが高かったりすると「女であんな身長いらねえよな」とあからさまに批判してくるのもばっちり聞こえてきている。ぶっちゃけ、青峰に貸していた辞書を返してもらいたくて教室まで来たけれど、もうそれも忘れたことにして教室に帰ってしまいたいぐらい惨めだ。べつに辞書ぐらいなくたって困りはしないだろうし、こんな思いをするぐらいならこのままここで待っているよりも次の授業ですこしばかり不便な思いをしている方がよほどましだとさえ思う。けれど、知り合いの女の子に青峰を呼んできてほしいと頼んでしまった以上ここを立ち去るのも気が引けて、ろくに読めもしないのに必死に携帯のコラムを目で追っているフリを演じ続けた。
ああ、あの馬鹿は本当に何をやっているんだろう。まあ大方授業が終わってそのまま眠りこけているんだろうけど、辞書ぐらい返しに来てから寝てくれればいいものを。というか学校で寝るなよまず。なんて、青峰に悪態をついたところで別に事態が収拾されるわけでもない。独りよがりな八つ当たりはやめることにした。


「あんなにでかいと似合う服とかねえよなー」
「つうか隣に並ばれると威圧感半端ねえわ」
「それに隣に並ばせるなら小さくてかわいい子のほうがいいよなーなんつうかあそこまであるともう男みてえだし」
「なんか青峰ってそういう趣味だったんだなって俺超思ったわ」
「あー俺も。堀北マイちゃんとか身長低くて胸でけえのにな。あの子全然そんなんじゃねえし」


隣に並ばれると男みたいだし。
きっと彼らはあたしが何の反応もしないのを見て、聞こえていないものと判断したのだろう。だからこそ変わらない声色で届いた言葉に、ひゅっと喉が鳴って、痛い。
言葉が胸に刺さる。

たしかに、あたしは黒子よりも身長が高いし、男子でもあたしより身長が低い人なんてのはザラでいる。だけどだからといってそんなふうに普通の女の子としても思ってもらえないなんてのは、やはり気分がいいものじゃない。
だってあたしだって好きで背が高くなったわけじゃないのだ。気が付けばこの身長だっただけで、あたしだってなれるものならもっと女の子らしい身長になりたかった。あの人たちが言うような、小さくてかわいい子に。そうしたらこんなふうにからかわれることもなかっただろうし、青峰だってあんなふうに言われることはなかったんだろう。途端に、申し訳なくなった。
ああ、あたしがそこらへんにいる女の子たちみたいに背が低くてふわふわした子なら、あたしだけならともかく青峰にまでそんな不名誉な噂をたてられることもなかっただろうに。なんて、どうしようもない。


「おい」


突然青峰の声がした。だけど顔をあげてみてもあたしの前に青峰はいなくて、それならあいつはどこにいるんだろう、と少しだけ周りを見渡してみる。すると、あいつはそれこそ鬼のような形相でさっきまであたしのことをからかっていた男子たちの前に立っていたのだ。
なんでそんなとこにいんの、とか、いやそれよりあたしずっとあんたのこと待ってたんだけど、だとか。言ってやりたいことはたくさんあったけど、言葉が出なかった。なんだかもう胸が熱くて言葉に詰まったのだ。


「なっ青峰…」
「おまえまさか今の聞いて、」
「聞いてたに決まってんだろうが。それにあいつにも聞こえてんぞ全部」
「………マジかよ…」
「訂正しやがれ」
「は」
「似合う服がねえだ?んなもん見てもねえくせによく言えたもんだな。隣に並ばせると男みてえなんざそりゃ女のせいじゃなくてテメエが男らしくねえからだろうがよ」
「…………」
「なまえ」


びくり、と肩が揺れる。だって、まさかここで呼ばれるなんて思わないじゃないか。だけどあたしを見つめる青峰の目が「安心しろ」とでも言っているような気がして、あたしはそっとそちらへ向かった。本当は行きたくなんてなかったし、あんなふうにからかわれた相手のところへ自分から近づくなんて嫌だったけど、それでも傍に青峰がいるなら平気だと思えたのだ。まったく、こいつがもたしてくれる安心感とやらは底なしで、たまに怖くなる。
だけど伸ばされた手を取れば、青峰はそっとあたしの頭に手を置いて、そのまま自分の胸に抱きこむようにしてあたしを引き寄せた。

あたしの身長は、目の前にいる男子たちとそう変わらない。片方の男の子だったらあたしのほうが高いぐらいだ。なのに、あたしの身長は青峰の肩より少し低かった。


「俺の自慢の彼女」


なーんて、そんなことをわけもなくアッサリと言ってのける青峰の心臓ってやっぱり鉄かなんかでできてるんじゃないかなって、わりと本気で思う。だけどそんな鉄の心臓の男の言葉でこんなにも泣きそうになっているあたしが言えることじゃないから、口は閉ざしておくけれど、まったくどうしてこいつはこんなに優しいんだろう。誰から見たってあたしは身長高いっつうのに、そんなのあたしだってとっくに分かってるっつうのに、
こいつの隣にいられたらそれだけで、そこらへんにいるかわいい女の子みたいな気分になれちゃうから不思議だ。


「僻んでんじゃねえよバーカ」


それだけ言うと満足したのか、青峰はまるで犬でも追い払うみたいに手でしっしっとそいつらを払うと、改めてあたしに向き直り、ずっと持っていたのか英語の辞書をあたしに手渡してきた。…ほんとさ、あんたには敵わない。必死になって「おまえが次英語って忘れててすまねえ」だとか「寝ちまっててごめんな」だとか謝ってくる青峰が、どうしようもなく愛しい。


「青峰は背、高いね」
「おまえはチビだな」
「青峰、マジかっこいいわ」
「当然だろうが」


照れたようにはにかみながらそんなことを言ってくれる青峰に一言、好きだよ、と返せば、青峰はあたしの頬に手を当ててそのまますこしだけ屈んだ。そんな青峰の手はあたしの顔なんて握りつぶしてしまえるんじゃないかってぐらい大きい。その上「キスするときに屈まなくちゃならねえから、おまえもうちょい身長伸びていいぞ」だなんて、冗談じゃないっつうの。もう、ほんとバカ。
もう、ほんと好き。

(13.0409)
うずららさま!いかがでしたでしょうか…><なにぶんわたしが低身長なもので、うずららさまのリクエストを書くにあたって失礼にあたらないか、ものすごく考えたのですが、やはり憶測で書くしかなかったので、なにか不愉快に思われることがあったら申し訳ありません…。高身長女子、素敵だと思います。青峰連載、もっと更新できるように頑張りますね。素敵リクエスト、本当にありがとうございました!


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