さらさらとした銀髪は月の光を反射して、だれかの心を魅了してそこに縫い付ける。鋭い目はけっして獲物を逃がさないと口に出さずともそれを相手に悟らせる。だから、わたしはそれがとても恐ろしかった。はじめて彼が誰かを吸い殺すところを見たあの晩から、わたしの心もおなじようにそこにあって、目を閉じ幸せそうに死んでいっただれかを心の底からうらやましいと思ってしまった、その事実が、わたしを狂わせた。そして彼はわたしを見とめた。わたしはその瞬間から、彼の獲物になった。
満月が輝く日に、彼は決まってわたしに会いに来る。


「…また来たのね」
「また、とはひどい言い草じゃねえかあ」
「月に1度は会いに来てくれるなんて、吸血鬼ってのはマメなの?」
「一途の間違いだろお?」
「体目当てで寄ってくる男たちと大差ないことを言っているのに気が付かないなんて、頭が弱いのかしら」


けれど彼は、スクアーロは折れない。窓のサッシに腰を下ろして、クツクツと笑いながらわたしの手を取ろうとする。だけどわたしだってそんなことを簡単に許すほどお手軽な女ではないと思っていたいから、わざとお高くとまってみせるのだ。本当はその骨ばった手にすべて絡め取られてしまいたいと心から願っているのに、たとえこの美しい魔物相手だとしても、一夜限りの搾取の相手にされてしまうのはどこか癪だというその理由だけで意地を張り続ける。この魔物がそういう性質を持っているということを知りながら、だ。わたしはひどい女だと思う。
けれどスクアーロはそれを肯定して、わたしに会いに来てくれる。笑ってしまう話でしょう。力ずくで奪おうと思えば、きっと彼はすぐにでもわたしを吸い尽くすことができてしまうだろうに、彼はそれをしない。彼とてたのしんでいるのだ。それをわたしは知っているし、それと同じように彼とてわたしが彼を愛していることをとうの昔に知ってしまっている。


「そこまで頑なに拒まれると傷つくぜえ」
「それならもっと素直な子を狙えばいいのではないの」
「そうしたらおまえは泣くだろうがあ」
「…わたしが?それは、滑稽な話ね」
「そうだな、俺が魔物じゃなけりゃ清純気取りの恋愛小説にでもなりそうな話だが」
「そこは美談っていうんじゃないの」
「人間の価値観なんざ俺には分からねえよ、今まで生きてきた年月が違えんだ」
「魔物め」
「なあ、俺を愛しているか」


魔物は絞り出したような切ない声でわたしに愛を乞う。だけどわたしは知っている、その声は獲物を刈る魔物の常套句で、それに応えてしまえばわたしの生は一瞬にして奪いつくされてしまうことを、わたしは知っている。
けれどそれでもいいのだ。わたしはこの魔物にすべてを搾取されてしまったとしても、もう本望だとさえ思う。だというのに欲張ってしまう、あともう一つが欲しいのだと、言えもしないのに渇望してしまっている。
だからわたしは何も答えなかった。愛しているとも言わない代わりにそれを否定することさえしなかった。

すると魔物はゆっくりと息を吐いて、わたしの頬を撫でた。その指先は、いとも容易くすべてを壊す。だというのに魔物は細心の注意を払ってわたしに触れる。わたしが壊れてしまわないように息をつめながら、わたしとの距離を測ろうとしてくれるのだ。
その優しさに心臓がちりりと痛む。


「俺が今まで女をすべて吸い殺してきたのには理由があんだあ」
「それをわたしに聞いてほしいの?」
「ああ。おまえだけにしか話すつもりもねえ」
「それなら、聞いてあげるわ」


魔物は嬉しそうに微笑んで、目を細めた。その目はきっと今までたくさんのものを見てきて、たくさんのものを殺してきたんだろう。その過程なんて覚えちゃいないに違いない。この魔物はそれだけの長い時間をたった1人で生きてきた、そしてわたしと出会ったのだ。


「吸血鬼に血を吸われた人間は、吸血鬼になるってのは有名な話だろお」
「そうね」
「事実、俺に血を吸われれば吸血鬼になる。俺とおなじように永遠を彷徨う怪物になる。そんなのは、可哀想だろお」
「あら、吸い殺した張本人がそんなことを言うだなんて殺されたひとたちがそれこそ可哀想ね」
「俺たちはそういう生き物だ。そう言われても仕方ねえことは分かってる。だから、俺を愛してると言ってくれ」
「…それをわたしに望むなら、あなたにはわたしを催眠効果にかけることができるはずよ」
「違えんだあ、俺はおまえ自身に俺を愛してほしい。なあ、俺を愛してると言ってくれ。俺を愛すと誓ってくれ」
「…ならば」


もしわたしがそうしたらあなたはどうするつもりなの、と問いかけてやれば、魔物はゆっくりと息を吐きながらわたしの手を取った。だからこそ今回ばかりはわたしもその手を払わない。もしかすると、わたしはわたしの望む言葉を手に入れられるかもしれない、と思ったから。
この何よりも美しい魔物が紡ぐ言葉一つ一つには意味がある。わたしは余計なことは言わないようにと唇を閉ざした。どんな言葉だって、聞き漏らさないでいられるように。
魔物はわたしの手を両手で握りしめて、それを自らの口元に掲げた。それは、まるで神に祈りをささげる無垢な少女のようで、この気高い魔物には似つかわしくないものだと思った。まるでわたしに懇願するような、そんなことを、この魔物がするとは到底思えなかったのだ。けれど魔物はそれをした。そして濡れた瞳でわたしを見つめたのだ。


「俺と永遠を生きてくれ」


魔物は告げてしまった。


「もう俺は1人では生きていけねえ。これがおまえを追い詰めるのは分かってる。だが、絶対におまえを1人にはしねえ、約束する」


魔物は自分の弱さを吐露してしまった。


「愛してる」
「…ひどい男」
「ああ、そうだなあ」
「わたしを人間として終わらせてくれないなんて、ひどい男ね」


スクアーロはその瞬間、わたしの喉笛に牙をたてた。さらさらとした銀髪の向こう側に、満月が見える。ずるずると血が抜かれていく音が、する。
ああ、これからわたしはどうなってしまうのだろう。このまま血を抜かれ干上がって死んでしまうのだろうか。それとも、もう1度目を覚ますのだろうか、人ならざる魔物として。けれどどちらにせよわたしはもうここにはいられないのだ。父も母も友人も、人間としてあったすべてのものを捨てて、わたしはわたしではなくなる。彼のためのわたしになる。
だけど願いはかなったのだ。
魔物は、彼は、わたしを愛していると言ってくれた。わたしが何よりもほしかった言葉をくれて、あっさりとわたしが人間であることを諦めさせてしまった。もう、目覚めることがなくたって構うものか。今わたしはなによりも満たされている。
けれど、もしもう1度目覚めることがあったなら、彼が言っていたことがすべて真実だったとしたならば、その時こそわたしは彼を心の底から愛そう。愛していると言うことに何の枷も咎もなくなったわたしになれたなら、その時こそ、わたしは彼と永遠を生きよう。

(13.0404)
こんな感じで大丈夫ですかね…!吸血鬼スクアーロなんて設定が最高すぎました…!もうリクエスト頂いた時からときめきが止まりませんでした…!素敵リクエスト本当にありがとうございました!


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