学生時代からそうだった。いきなりふらりといなくなったかと思えば「世界の剣豪たちを倒す旅に出てた」なんていうのはまだマシなほうで、ある日突然左腕を切り落としてきたのを見た日にはそのまま卒倒してしまった。しかも意識が戻ってからは「自分で落としたあ」なんて言いきるもんだからそのまままた意識を失いかけてしまったが、とにもかくにもあいつはそういうやつなのだ。いまさら治るそれではない。だからあたしはそれらすべてを飲み込んであいつの隣にいることに決めたのだ。だって、そんなふうにがむしゃらに進んで行ってしまうのがあいつの性なのだから。きっと止めたところで止まらない。それなら、理解してやればいいと思った。誰にも理解してもらえないくせにそれを補うこともできないぐらいあいつは不器用な性質だから、その分あたしが立ち回るのだ。その立ち位置を苦痛に思ったことは、今まで1度だってない。
まあ、寂しいと思うことはあるけれど。


「…まだいたのかテメエ」
「…いまさら言い方があるでしょ、とは言いたくないけど、他に言い方あるでしょ…」
「あ?あー…時間、大丈夫なのかあ」
「あはは、明日オフだし大丈夫だよ。ありがとうねスクアーロ」


今回も長期任務に出ていたスクアーロが帰ってきたのはひさしぶりのことで、最後に会った日から数えればスクアーロの顔を見たのは3か月ぶりだ。それに声を聞いたのは1か月ぶり。なんでも途中から任務が本格的に動き始めたから連絡をできなくなってしまったのだと言っていたが、それでもすこしぐらいは連絡があってもいいと思う。いや、こればっかりは恋人だからという理由だけではなく、1か月も連絡がないと生きているのか死んでいるのかさえ不安になってきてしまうからだ。だが、スクアーロはそうそう簡単には死なねえから安心しろと言うばかりで、話の本質がそこではないことになどちっとも気付いてくれやしない。これは改善する日は遠そうである。
しかしこうして言葉すら選べないスクアーロの言葉を理解できるのはここヴァリアーではあたしぐらいなもので、ベルなんかは「どうしておまえみてえなのがスクアーロの隣にいんのか俺には分かんねえわ」と言っていたけれど、それでもだからこそ隣にいるんだろうと思う。スクアーロありきのあたしであることは学生時代から変わらないし、スクアーロを愛していることも事実だが、それでもスクアーロをあたしありきのスクアーロにしてしまいたいような気持も確かにあるのだ。キレイな言葉でまとめてしまえば、スクアーロを支えてあげたい。そういった感情だろうか。一見強そうに見えるスクアーロだが、本当はただの人間。そこらへんにいるやつらとたいして変わりないのだ。そんなスクアーロを支えてあげられるのがあたしだったらどれだけいいだろう、とまるで少女のように夢を見ている。


「ご飯できてるけど食べるでしょ?」
「ああ、もらうぜえ」
「うん」
「そういやこの間の任務のことだけどよお」
「ああ、あのフランスのやつ?あれがどうかしたの?」


…せめてプライベートの時ぐらいは仕事の事なんて忘れてしまったほうがいいと思うのだが、この根っからの仕事人間はそんな器用なことはできないらしい。まあ、でもあたしだって長い長い付き合いだ。こいつがどんな人間なのかは分かっているつもりだし、いまさらそんな細かいことに口だしするほど浅はかではない。


「おまえ、怪我したんだってなあ」
「ん?ああ、ちょっとだけね。別に傷跡にもならないってナースさん言ってたから大丈夫だよ」
「…そうかあ」
「なに、ちょっと不満そうね」
「いや、女だからなあ。あんまり怪我とかはしねえほうがいいだろお」
「…いや、そりゃあたしだって怪我したくてしてるわけじゃないけど、仕事柄仕方ないじゃない」
「…それもそうだけどよお」


しかしやはりスクアーロはなんだかんだで優しい男である。むかーしむかし、任務にひどい失敗をして腕が千切れそうになったときはそれはもう血相を変えてあたしを怒鳴り、腕がくっつくと知ったときにはみんなの目の前だというのにあたしを思い切り抱きしめてくれた。まあ、その後に真っ赤な顔をしてあたしを突き飛ばしてくれたりもしたのだが、それはそれでご愛嬌である。こんなに不器用な男がそこらにいるロメオたちのように手取り足取り優雅なエスコートなんかをしてきたところであたしだって笑ってしまうに違いないだろうし。
だが今日のスクアーロはなぜだか他にも言いたいことがあるようで、ぱくぱくと軽快にパスタを食べながらじいっとあたしの顔を見つめてくる。これも長い付き合いのうちで分かったことで、スクアーロはウソがかわいそうになるぐらいに下手くそだ。そして言いたいことがあるとき、決まってスクアーロは誰かの顔をじっと見つめる。…まあ、目つきが少々よろしくないのでそれで下っ端の隊員たちなんかは逃げ出していってしまうのだが、それでもスクアーロは口調は厳しいしそれと同じぐらい言っていることも厳しいが、きちんとまわりのことを見ていてそれでいて気を配れる心根の優しい男だ。だからあたしは一応フォークを置いて、スクアーロの目を見つめ返した。するとスクアーロは安心したように口を開く。


「俺が言うのもなんだがよお」
「うん」
「この仕事、怖くねえかあ」
「ほんとスクアーロがそれを言っちゃうのね」
「…おまえをここに引きずり込んだのは俺だあ。だが、やっぱり怪我させちまうと忍びねえしよお」
「べつに怪我したのはスクアーロのせいじゃないし、もし仮にあたしがもう1度10代の女の子に戻ったとして、選ぶ選択肢は一緒よ」
「満身創痍になってもかあ」
「当たり前じゃない」
「地獄みてえな毎日だろお」
「天国、とは言い難いね」
「普通の女みてえな生活を送りてえと思ったことはねえのかあ」
「なあに、それは暗にあたしをクビにしようとしてるの?」
「そういうわけじゃねえ!それに、俺にはおまえが必要だあ。おまえさえよければ、これからもずっと一緒にいてほしいと思ってる」


その言葉はきっと世間一般的にはプロポーズと取られるのだろうが、そんなことをスクアーロは知らない。いい意味でも悪い意味でも、純粋なまま大人になった男なのだ。


「普通の女みたいな生活って、恋愛して結婚して子供つくって老いて死ぬこと?」
「まあ、そういうことだなあ」
「憧れないでもないけど、でも、あたしはスクアーロがいない人生なんて絶対に望まないし、今だってスクアーロと恋愛できてるじゃない」
「…こんな口の悪い男でもいいのかあ」
「自覚はあったのね」
「それでおまえは傷ついたりしねえのかあ。それに俺はそこらの男みてえに連絡だってマメにするほうじゃねえし」
「傷つかないよ。連絡とかに関してはちょっとだけ寂しかったりもするけど、スクアーロはここに帰ってきてくれるって信じてるから大丈夫」
「…そうかあ。なら、俺が聞いておきたいことはこれで全部だあ」


そう言ってスクアーロは、ごそごそとコートの中からなにかを取り出して、あたしの手を遠慮なく掴んだ。ちなみに、義手のほうである。だからすこしばかりその固い感触が痛かったりもしたが、そこはあえて口に出さなかった。普段はスクアーロだってなるべくあたしに触れるときは義手でないほうの手で触れてくるように気を付けてくれているのに、それをしなかったということはつまり、スクアーロは今必死なのだ。それに水を差すような真似は絶対にしない。
するとスクアーロは慣れないながらも、片手に持っていた箱から器用に指輪を取り出すと、それをそっとあたしの指にはめてきたではないか。

それも、左手の薬指に。


「…これさあ」
「結婚指輪だあ」
「いや、見て分かるけど」
「外すなら今だぜえ。俺と結婚するっつうことは、死ぬまでこの道から逃げられねえってことだあ」


それでもいいなら、とスクアーロは言葉を濁したけれど、だいたい、そんなもの、あたしの答えなんて最初から決まっている。というか、バカにしないでもらいたい。こっちはそんな生半可な覚悟で、最初からあんたのことを好きになっちゃいないのだ。


「あんたがいるならどこへでも行くよ、あたしは」
「…死んでも天国なんて行けねえなあ」
「死んでからの世界なんて期待してないから」
「でも、そうだなあ。俺も信じちゃいねえ」
「でしょ」
「ならこういうのはどうだあ」
「ん?」
「俺は生きている限り、絶対におまえを幸せにする。そこらの男どもみてえにうまく女を喜ばせられねえかもしれねえが、それでも俺は俺にできる限りのことをやる。俺の時間を全部くれてやる」
「…それで、」
「あ?」
「それで十分すぎるってのよ」


きっと、スクアーロの時間はすべてあたしのものにはならないだろう。だってスクアーロには背負っているものがあまりにも多すぎる。だけど、そんなことは最初から知っていることだ。そしてそんなスクアーロを支えたいと思ってしまったのはあたし。それを尊んでいるのもまたあたしなのだ。だからこそ、それ以外の時間をすべてあたしに捧げてくれる、というスクアーロの言葉は、まるで夢のようだった。
本当に、夢のよう。
だからこそ、あたしはあたしの時間をすべてスクアーロに捧げよう。あたしの命さえも、捧げてしまおう。


「寿退社なんざさせてやれねえが、それでもよけりゃ、俺と結婚してくれねえかあ」
「もちろん、喜んで」


真っ赤な顔をしたまま嬉しそうに微笑むスクアーロの頬に手を添えれば、スクアーロはますます顔をくしゃくしゃにしてあたしの小さな左手を両手で握りしめてきた。ああ、だからあんた自分の握力考えてってば。結構痛いんだからね。だけど、この痛みは愛おしいほど幸福に包まれている。だからそれを受け入れよう。そして、明日からあたしはスクアーロのすべてになる。神様とやらはあたしを見離すだろう。闇に落ちた男を献身的に支えるかわいそうな女はたった今この瞬間から、男と同じ闇に落ちた。もう天国はない。
けれどベルなんかは「おまえさすがに他にももっといい男いただろ」と言ってあたしをなじってくれたけれど、知ったことか。たしかに、スクアーロよりも連絡をマメにしてくれる男なんてのはザラにいるだろうし、女の子を不安にさせないようにしてくれるひとだって大勢いるだろう。甘い言葉をたくさんくれる気雑ったらしい人だって、たくさん。けれど、それはスクアーロじゃない。その時点で、あたしはそんなものなんていらないのだ。
天国だろうが地獄だろうが、行きつく先がどこであろうとも構わない。隣に彼がいてくれるのなら、なんだっていい。どれだけ劣悪な環境だったとしても、あたしたちは2人揃っていれば、呼吸ぐらいはできるのだから。だから愛だけ、連れて行こう。

(13.0428)
せっかく素敵リクエストをいただけたというのに、あまりそれを反映させられなかった…!すいません…!でも本当にlizaさまのリクエスト素敵でした!ニヤニヤさせていただきました!素敵なリクエスト、ありがとうございました(^^)!


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