すべての発端は赤司からのメールだった。
「そうだ、京都へ行こう」
たったそれだけの件名も何もないメールを送られたあたしたちは、家を出た瞬間に黒いスーツとサングラスをかけた何者かによって連れ去られ、そして新幹線に放り込まれ、あっという間に東京を離れ京都へと。
とりあえず京都駅で当たり前のような顔をしてあたしたちを迎え入れる赤司に言ってやりたいことは山のようにある。


「おいでやすー」


だからといってほんのりと京都カルチャーに触発されはじめたらしい赤司からそんな言葉を受けて若干テンションがあがってしまった、だなんて言うことはない。それで長旅の疲れも少しばかり癒えた、だなんてありえない。絶対にだ。
いや、ぶっちゃけちょっとだけテンションあがった。だけど、それ以上にもっと赤司に対して怒りが沸いた。


「あ、赤司いいいい!」
「はは、久しぶりだな」
「久しぶりだな、じゃないわ!ちょ、おま、いくらなんでももうちょっと方法あるだろ!黄瀬なんか某番組のハンターみたいなやつに追いかけられて軽くメンタル削られてるんだぞ!」
「あいつら異常っス…どこまで逃げてもすごい回路で追いかけてくるんス…1人ならまだしも4人がかりで追い詰めてくるとか卑怯っス…」
「それはおまえが逃げるからだろう、逃げる者を追いかけたくなるのは人間の本能だ」
「赤司、ごめんなさいって言葉知ってる?」
「馬鹿にするなよ」
「い、だだだだだ!」


元祖あたしの頭を鷲掴みにするひとである赤司は相変わらずとんでもない握力であたしの頭を握りつぶしながら、「ただ、どうしてそれを僕が使わなければならないんだ?」と最高にいい笑顔で赤司はそう言ってのけた。
いや…うん…そう言われるとなんだかそうかもしれないと思ってしまうのが赤司の怖いところである。だけど感謝と謝罪の言葉は大事だと思う。
まあそんなあたしの意見なんかを素直に飲み込むはずもない赤司は、それからあたしたちについてくるようにと言いつけて自分はさっさと歩いて行ってしまった。…いや、よく分からない土地でそんな縦横無尽に歩かれるとこっちもどう追いかけていいか分からない…っつうか普通に見失いそうだ。だからあたしたちはとりあえず文句を言うのを後回しにして、赤司の比較的小柄な背中を追いかけ…あ、やっぱり睨まれた。はいはいごめんなさい。


「だいたい移動手段がタクシーって時点でだいぶ金持ちだよおまえは」


そして駅前に大量に止まっていたタクシーにあっさりと乗りつけた赤司はやっぱり規格外の金持ちだと思った。さすが入学式にロールスロイスで登校した男だ。あたしたちとはわけが違う。


「駅から学校まで遠いからね」
「あれ、あたしがおかしいのかな。遠かったら普通は電車を乗り継いでいくんだよ、普通はな!」
「心配しないでも新幹線代もタクシー代も僕が出そう。おまえたちは財布を出す必要はないよ、僕が無理矢理連れてきたんだからな」
「…ああ…うん…たしかに無理矢理だったっスね…」
「日本語の正しさを痛感したね」
「だっておまえたち、京都に来なかっただろう」
「いやそれは部活が忙しかったからじゃんか。あんただって忙しかったでしょ?」
「だけどおまえたち、秋田には行っただろう」
「「……………」」
「何か言ったらどうだ」
「い、いやーでも近いうちに京都行きたいねーって話してたよね黄瀬!」
「そうっスよー!そんときに赤司っちに会いたいよねーって話してたんスよーもー赤司っち急ぎ過ぎ!」
「近いうちに、だとか、いつか、だとかそういった言葉はまったく信用しないことにしているんだ」
「おまえ夢も希望もねえな!」
「僕を仲間外れにするなんて、いい度胸だな?」


ニッコリと微笑む赤司の後ろに鬼が見える。だからあたしたちはとりあえず、諦めることにしたのだ。もう赤司のホームにやってきてしまった時点であたしたちに勝ち目はない。というかここまでやってきてしまったら、後はもう楽しむだけだ。
そう思った次の瞬間にはあたしたちはもう吹っ切れていた。


「うっひょー!京都ーー!」
「赤司っち俺抹茶アイスとか抹茶っぽいもの食べたいっス!」
「心配するな、すでに寮の部屋の冷蔵庫にストックしてある」
「あと芸者さん見たいな!」
「一見さんお断りだが」
「何一見さんって」
「はじめて来る客のことだ」
「ああ、おこしやすー!」
「それは常連の客に使われる言葉だよ」
「おおー京都って難しいっスねー!」
「おまえたち俺に無理矢理連れてこられたと騒いでいたが、実際楽しんでるだろう」
「「当然」」


なんたって京都だ。歴史的建築物だとかそういったものにはまったく興味がないが、それでも京都は日本でもっとも有名な観光地になるべくしてなった土地であると心から言える。ならばもっともっと楽しまなくては!とそこらへんのコンビニで買った京都ガイドブックを片手にあたしたちは声を弾ませた。
そんなあたしたちを見つめる赤司の表情はさながら保護者だ。そしてそれを察知したらしい赤司は部屋で抹茶アイスと八つ橋を頂いたあとに、さてそれでは街へ出ようかと腰をあげた赤司の後ろについていくようにして寮の部屋を出た。

のだが、まあ、こうなるだろうことはある程度予測できたことではあったのかもしれない。


「…赤司っち、1つ確認しておきたいんスけど」
「なんだ?」
「たしかに京都の美味しい食べ物紹介してほしいって言ったっスけど、それにしてもこう、一方的な偏りがあるような気がしてならないんスよね俺は」
「?気に入らなかったか?」
「すげえ美味かったんスけど、それでももうこれで7件連続湯豆腐なんスよ!なまえっちなんてもう豆腐だけでお腹いっぱいだよ!つうか俺もお腹いっぱいっスわ!」
「ふむ、あとは美味い八つ橋がある店を紹介したかったんだが、仕方ないな」
「それ!それっスよ!そういうのをバランスよく紹介してほしかったんスよ!俺たちもう豆腐に殺されそうだわ!」
「名誉ある死に方だな」
「あんただけっス!そんなの赤司っちだけっスううう」


ぎゃんぎゃん喚いている黄瀬の言うとおり、どちらかというと1つ2つ湯豆腐の店を紹介したあとに八つ橋のお店を紹介してほしかった。おかげでお腹の中は気持ち悪いぐらい豆腐でいっぱいだし、かといって残すこともできないのでどの店も半分ほど食べて後は黄瀬に食べてもらうというサイクルを踏んできているのだ。普段たくさん食べる黄瀬といえどもさすがに満腹だろう。ごめん黄瀬。
すると赤司はやれやれといったような顔をして(殴り飛ばしたい)席を立った。だからあたしたちもそれにならって同じように店を出る。というか、次に行先なんてのがあるのだろうか。もう食べ物は無理だ、と藁にも縋るような思いで彼の後姿を見守っていると、「やはりオーソドックスにこれか」と言ってなにかを指差した。
それは、人力車だった。


「す、すげええええ!」
「ほんとに人力車ってあるんスね!」
「おまえたちはいくらなんでも日本を知らなさすぎるだろう。人力車ぐらいどこにでもある」
「東京にも?!」
「探せばあるんじゃないか」
「でも京都のほうが街並みもキレイだし本格的っぽいしこっちのほうがいいー!」
「そうか、じゃあ乗るといい」
「えっ」
「いいんスか?」
「赤司も乗る?」
「俺はいいよ。せっかく京都にまで来たんだ、2人で思い出の1つぐらい作って帰るといい」
「…赤司いいいい」
「俺京都来てよかったっスうう」
「ほら、はやく行っておいで。お金はもう払ってあるから」


そう言われて、赤司に最初拉致のような形で連れ込まれたことなどすっかり忘れてあたしたちは意気揚々と人力車に乗りこんだ。そしてどうやら人力車のお兄さんは黄瀬のことを知っていたらしく、軽い世間話を交えながら、ゆっくりと京都を巡っていく。
外観を損ねない高すぎない建物たち、穏やかな空気、聞きなれないながらも優しい関西弁。こんなところで生活しているだなんて赤司は卑怯だ、なんて思ってしまいそうになりながら黄瀬とたくさん写真を撮った。ああ、大学はこっちでもいいかもしれない…!と呟いたときは黄瀬が分かりやすいぐらいショックを受けていたけれど、それでもまあ、観光は楽しかった。
またおいでやーとフランクに手を振ってくれるお兄さんに手を振り返しながら、赤司が待っているであろう場所に向かう。が、そこに赤司はいなかった。


「…え…」


驚愕である。


「え、赤司帰っちゃった…?」
「いや、そんなまさか…って言いたいんスけど、ありえる話だからなんとも言えないっスよね…」
「い、いやいやいや、こんな右も左も分からないところで1人にされるとほんと心細くて泣きそうなんだけど」
「だ、大丈夫っスよ!いざとなったら俺が…」
「どないしはったん?」
「「え」」
「なんやお困りみたいやったから声かけさせてもろうたんやけど、お友達とはぐれてもうたん?」
「え、あ…そんなところ、です」


目の前に現れたのはえらくキレイなお姉さん、というか芸者さんだった。白い透き通るような肌にうっすらとさした赤がとてもキレイで思わずどもってしまう。いかんいかん、仮にも同じ女性相手なのにこんなに照れてどうする。いや、その相手の女性が自分と比べるのもおこがましいぐらいの美しさなんだけど、それはそれで置いておいて。


「そらあかんなあ、お友達はどんなひと?」
「えっと、髪が赤くてオッドアイで…」
「背筋がしゃんと伸びてて、黒いブレザー着てる…」


そこまで言って思った、どこのラスボスなんだ赤司は。だいたい髪が赤くてオッドアイな時点で完璧にヒールの外見なのに、その上黒いブレザーなんてもう魔王でしかない。なんて、本人には言えない。殺されるのが怖いから。


「ほんまに?どないしよ」
「え、な、何が…?」
「ここまで気づかれないとは傑作だな」
「「えっ」」
「僕だよ」
「「え、えええええええ!!」」
「あっはははははは!腹が痛い!やはりおまえたちは僕を楽しませる天才だな!」
「だ、だって声…!?」


声ぐらいいくらでも変えられる、と言い切った赤司にさらにあたしたちの絶叫は響き渡り、声さえ聴かなければキレイな女性でしかない芸者さんに連れられ、その日の宿であるという旅館に連れて行かれた。そして温泉を堪能すると、その日一日はしゃぎまわっていたのが響いたのか、布団にもぐりこみすぐさま眠ってしまったが、翌日はやはりあのときの黒スーツの男たちがやってきてあたしたちをタクシーで駅まで送り、新幹線まで案内してくれ、あたしたちは無事東京へと戻ってきたのである。そのときあの屈強そうな男たちが涙ながらに「坊ちゃまがあんなに楽しそうにしておられたのは久しぶりに見ました…!」と礼を言われたのは結構人目を引いたから、できればもう御免こうむりたい。
だけど時間にすればたかだか1日程度のことだったのに、とんでもなく濃い1日だったような気がする。下手をすれば夢だったんじゃないかと思うぐらい。だけどデータフォルダに残ったままの芸者姿の赤司と黄瀬と3人で撮った写真は幻でもなんでもなくあたしの手元にあって、あれは夢じゃないんだって思わせた。


「なんで赤司はわざわざ芸者さんの恰好してたんかねー。なんかああいうの、一番赤司嫌がりそうじゃない?プライド高いし」
「あれはあんたが芸者さん見たいって言ってたからっしょ?」
「え?」
「一見さんお断りだからホンモノは見せてあげられないから、多分、赤司っちはあんたに見せてやりたかったんだと思うんスよ」


まあだからって自分が女装しちゃうってやり方が斬新すぎるっスけどねーと言って黄瀬は笑った。
あーあ。まったく。
普段暴君なくせしてあんな些細なあたしの願望までもかなえてくれたりなんかして、こいつはほんとに不器用なやつだと思う。もっと優しくなればあんなふうに怖がられることなんてないだろうに。なんて思うけれど、それも赤司に言わせれば「おまえたちが俺を怖がっていないならいいんだ」なんて言うんだろう。不器用もそこまできたら立派なもんだよ。なーんて。


「なんだかんだで俺たちが欲しかったもん全部揃えてくれたしね」
「抹茶アイスとか八つ橋とか人力車とか芸者さんとかねー、てか、見て、これ赤司超楽しそうじゃない?」
「わ、ほんとだレア!それ俺にも送ってほしいっス」
「いいよー」


きっと1人で京都に出てきて寂しかっただろう赤司は、あたしたちに会いたがってくれていただけなのだ。そう思えばあの無理矢理なやり方も許してやろうかなと思ってしまえるぐらい、赤司の普段見れない笑顔はくしゃくしゃだった。


「また京都行こうね」
「うん」


だけどそれに味を占めた赤司がたびたびあたしたちを拉致しようとしてくるようになるのはまだもう少し先の話である。

(13.0401)


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