真撰組のお仕事は江戸の町の平和を守ることである。まあ、どちらかというと沖田隊長を筆頭に江戸に波乱をもたらすことのほうが多いのは事実だが、それはご愛嬌として目を瞑っていただくことにして、基本的にあたしたちは江戸の平和を守るための正義のヒーローとして日々刀を腰にぶら下げている。なので今日もパトロールに勤しんでいるわけだが、今日のあたしはいつもよりもずっと挙動不審である。それこそ普段パトロールをしているときにこんな人間を見かけたらまず間違いなく職務質問をするであろう勢いで目はぎょろついているし、ハンドルを握る手は汗ばんでいる。いや、こんな状況でパトカーなんて運転するなって我ながら思う。だが仕方ないじゃないか。今日はパトカーパトロールの日なんだから。
しかし運転中にこれはいただけない。あたしは爆発しそうな体を叱咤しながら、なんとか平静を装って前を見据えた。
助手席には土方さんが座っている。


「えーっと!あの、これはもうなんていうか、いい天気ですね!」
「ああ、そうだな」
「今日も江戸の町は平和だなー」
「俺のデスクは戦場になってるがな」
「あ、あああの、帰ったらそれ手伝いますからね!ほんと土方さんってハードワーカーですよねーもうほんといっつも仕事されてて尊敬しちゃいますよー」
「総吾の野郎もおまえぐらい真面目になってくれねえかなマジで」
「お、沖田隊長はその…あ、あたし沖田隊長の分まで頑張りますから!」
「俺が言うのもアレだが、おまえもいい加減働きすぎだからな。あんまり働かせられねえよ、休めるときは休んどけ」
「は、はいい!」


そう、例によってサボりを決行した沖田隊長の代わりに出てきたのが土方さんだったのだ。なんてこった。いや、確実にサボるだろうとは思っていたけれどまさかこんなときにサボってくれるだなんて思いもしなかった。まさか、他の隊員がほぼすべて出払っていてパトロールに代役が出せないような日にサボられるだなんて夢にも思わなかった。…まあ、あの人のことだ。このことを知っていて、あたしをからかうためにわざわざこの日にサボってくれやがったのだろう。ああ、今頃どこかの河原で横になりながら「あいつ絶対テンパってまさァ」と笑っている沖田隊長の姿が目に浮かぶようである。だが、隊長グッジョブ。本気でありがとうございます。
しかし土方さんは疲れ切った表情のままポケットからタバコを取り出していたので、あたしはそれに合わせてズボンのポケットからライターを取り出した。そしてそれを土方さんに渡すと、土方さんはそれを受け取ってタバコに火をつける。これを見たお妙さんには「まるでキャバクラ嬢みたいね」と言って笑われてしまったが、喫煙者でもないあたしがライターを持ち歩いているのはひとえに土方さんとコミュニケーションをとるためである。別段不特定多数の人間にこうしてライターを貸しているわけではないし、とっつぁんにライターを貸してくれと言われても「持ってないです」と答えるのが常だ。だって別にとっつぁんに貸す必要はないし、それならどちらかというと全力で禁煙を勧める。
そして土方さんは用のなくなったライターを自分のポケットに仕舞い込んだ。ちなみにこれもいつものことで、だいたい屯所に帰ったら土方さんはライターをあたしに返してくれるのでそのままにしてある。ぶっちゃけそのまま土方さんが持っていてくれてもいいのだが、その返してくれるときの会話すら惜しいと思うあたしからしてみれば話せる機会が後ろに伸びることはまったくもって苦にならない。それどころか楽しみでしかないのである。


「つうかおまえ、また誰かの代わりに働いてただろ」
「え、ああ。あれは原田さんがお腹が痛いって言ってたんで」
「おまえ代休取れよ」
「いいですよ別に。あたし働くの好きですしね」


もちろん、働くのが好きだというのは真実だ。ただそこに土方さんがいるという条件付きで。だからこそみんな土方さん絡みの仕事で自分が行きたくないときはここぞとばかりにあたしに頼み込みにやってくる。おかげであたしの有給と代休は溜まっていくばかりだが、それを消費する気はさらさらない。ゆったりとした休日よりも土方さんに一目でもお会いできるチャンスを狙うほうがよっぽど有意義だというのがあたしの意見だ。


「そういえば新しくショッピングモールが江戸にできるらしいですねー」
「あ?らしいな」
「土方さんもし行かれることがあったらどんな感じだったか聞かせてくださいね」
「滅多に買い物には行かねえからな。すぐには教えてやれねえかもしれねえが」
「全然大丈夫ですよ」
「つうか、おまえは行かねえのか。若い女に人気のあるブランドがいろいろ入るってキャバクラ嬢どもが言ってたぜ」
「あーあたしは、まあ、仕事第一ですから」
「だから代休とれって」
「いいですってばー」
「じゃあ俺もとるわ」
「うん、土方さんは取った方がいいと思います。一刻も早く。そんでその隈をどうにかしないと土方さんマジ死んじゃいますからね」
「一緒にならおまえも行くだろ。そのショッピングモール」
「えっ」
「つうかパトカーだとパトロールが早えな。屯所ついたぞ。代われ」
「えっあ、はい!」


…あきらかに聞き間違いだろうが、まさか土方さんがあたしと一緒に新しくできたショッピングモールに足を運んでくださると言ったように聞こえたのだが…。なんて思いながらも運転席から降りて今度は助手席に座る。なぜなら自慢ではないがあたしは運転が下手なのだ。免許を取ったばかりだということもあるのだろうが、それでも屯所の駐車場にバックでうまく駐車することができない。だからいつも練習がてらにパトロールのときは運転させてもらえるのだが駐車するときは沖田隊長や土方さんなど一緒に乗り込んでいる人にしてもらっているのである。ちなみに助手席に座るのはある程度の感覚を覚えるためらしい。
そして土方さんは煙草を捨てると運転席に乗り込み、それから慣れた動作で車をバックでいれていく。そのとき、土方さんは絶対に左腕を助手席のシートにかけるのだ。そうすると嫌でもそちらに意識がいってしまうのは仕方のないことだろう。だって、そんな、こんなに接近することなんて普段は絶対にないのだから!
しかしそれを悟られてはいけない。今は仕事中。すこしでも沖田隊長や土方さんに色目を使った女中さんたちを次々にクビにしてしまう土方さんのことだ、私情を挟んだりなんてしたらすぐさまあたしだってクビになってしまうだろう。それは嫌だ。あたしは気合で平然としているフリを演じ続けた。
そしてあたしに比べるまでもなく運転のうまい土方さんはあっという間に車を駐車場に止めてしまい、そのまま車のエンジンを切った。その瞬間あたしはほっと息を吐いて胸をなでおろしたのだが、なにかがおかしい。何がおかしいのだろう、と視線を彷徨わせたときに、気が付いたのだ。
あれ、土方さんが動かない、と。
いや、普段なら車を停め終わればすぐさま腕を離し車から降りていくはずの土方さんが、助手席シートにかけた腕を下ろすこともしなければシートベルトをはずしもしないで、なぜかじっと運転席に座っているのだ。しかも、心なしかあたしのほうを見ているような気さえする。ちなみにあたしはこんな状態で土方さんのほうなんて向けないので、さっきから壊れたロボットのように前だけを見据えていたりする。


「…おい」
「…はい」
「人と話をするときに目を合わさねえとはいい度胸じゃねえか、切腹にすんぞコラァ」
「申し訳ありませんでした!」


ぐいっと右手で頬を掴まれ無理矢理土方さんのほうを向かされたあたしはほぼ反射的に土方さんに謝った。これは真撰組隊士である以上条件反射のようなものであるとあたしは思う。だって土方さんだもの。土方さんに背くだなんてそんな命知らずなことができるのは沖田隊長ただ1人である。
すると、一瞬、煙草の匂いが強くなった。
視界の端でさらさらと女のあたしが見ても羨ましく思えるぐらいキューティクルの整ったキレイな黒髪が揺れて、ふに、と唇になにかが当たる。…そして目の前にはゆるく目を閉じたそれはもう見目麗しい土方さんの、お顔である。

そして人間びっくりしすぎると叫ぶことすらできないのだな、と身を以て実感したのだった。

土方さんはあたしにキスをしたあと、すこしだけ距離を取って、「代休合わせとくからな」と言って今度こそ車を出た。だからあたしも一瞬遅れてシートベルトをもたついた手で外し、急いで車から飛び出す。そしてそのまま屯所まで戻ろうとしていた土方さんを追いかけた。
まあ、言いたいことならたくさんあったはずだ。ファーストキスだったのになんだかあっという間に奪われてしまったのが寂しいような気もするし、その相手が土方さんだったことが言葉では言い表せないぐらい嬉しかったりもするし、もう自分でも収拾がつかないぐらいの感情が暴発している。心臓なんてさっきからどこどこ高鳴っていて、もうこのまま砕け散っちゃうんじゃないかってぐらいだ。


「ひっ土方さん!」


震えた声だったけど、土方さんはそんなあたしの呼びかけに足を止めて振り返ってくれた。その表情はいつも通りの土方さんで、あたしばかりが動揺しているのが情けなくも思えたけれど、それでもよかった。


「そっ、それって、デートですか!」


まあ、よりにもよって言うことがそれかよ、って自分でも思わないでもなかったし、キスしたことについて土方さんに聞くべきだったんだろうけど、とてもじゃないけどそこまで頭が回らなかった。すると土方さんはほんの少しだけ微笑んで「おう」とだけ、たった一言だけ、返してくれた。
もうその晩は眠れなくて、嬉しくて嬉しくて沖田隊長にバズーカを撃ちこまれても全然腹なんて立たなかった。そんなあたしを訝しんで病院にまで連れて行かれそうになったのは心外だったけど、それも一週間後にはきれいに忘れてしまえるようになるんだから、もうこれ以上の幸せなんてあたしは手に入れられるような気がしない。


「好きだ」


2回目のキスは、ショッピングモールのフードコートでシェアして食べた苺パフェの味がしました。

(13.0409)
甘いお話になってるでしょうか…!どきどき…!遅れてしまってすみません><素敵リクエストありがとうございました!


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