親しくしていた誰かが息を引き取るのを見届けて、1人2人と数を重ねていくうちに、あっという間に私は1人になってしまった。けれど死んでいった彼らは気楽なものだ。私がその後にどんな思いで生きていくかを知らないから、それぞれが言いたいことを言い残して幸せそうに死んでいく。そして私はそんな彼らの言葉を彼らの伝えたかった人たちに伝えていった。それだけが私にできることだと思ったから。けれど、私は死ねない。私はいつまでもここに残っている。そうして残された人間たちと生きていくことを選んでも、いつかは彼らも死んでいく。いっそのこと死ねたらどれだけいいだろうかとも思ったのに、それでも私は死ねなかった。どれだけ寂しさを重ねても、私の心臓は生きることをけっしてやめない。だから、私は死ぬことをいつからか諦めた。そして、背負うのすら諦めたのだ。
どうせ彼らは私を残して死んでいく。私を殺してはくれない。だから私は、1人でいることを決めた。

なのに私はあなたに会ってしまった。あなたと親しくなってしまった。あなたを手放せないぐらいにはあなたのことを愛してしまっていて、だというのに死ねない私を知って彼女はなんて言ったと思う。
「なら風さんは誰もができないことだってそれを可能にしてしまえるかもしれないチャンスがあるってことですね」だなんて、そんなふうに自分の時間を考えたことがなかった私からしてみれば、それは青天の霹靂だったのだ。私には時間がある。それは、私の使いようでいくらでもその形を変えることのできる、素晴らしいものなのだと知ってしまってから、私は彼女の傍から離れられなくなってしまった。


「おや、今日も遊びに来てくれたんですね」
「へへー来ちゃいました!あたしがいなくて寂しかったですか?」
「それはもう。寂しかったですよ」
「ふふ、でも安心してくださいね!あたしは毎日、風さんに会いにここにやってきますから!」


そう言いながら、平均と比べてしまえばいくらか貧相な胸を張るなまえを部屋に迎え入れれば、もうすでに勝手を心得てしまっている彼女はさっさと台所へ向かい、私のためにと茶を淹れてくれた。けれど私もそれを拒まない。まあそれは彼女だからという理由もあるのだが、彼女より何倍も長い時間を生きているはずの私よりも彼女はずっとうまくお茶を淹れることができるし、それを私は何より楽しみにしているのだ。
ああ、彼女は私にはできることがたくさんあると言ってくれていたけれど、それは間違いだ。これだけ長い間生きてきて武術ぐらいしか極めることのできなかった私なんかよりも、きっと彼女の方がずっとたくさんのものを得られることができるだろうに、神とやらもたまには采配ミスを犯してしまうらしい。
だが、永遠を与えられるのは私だけでいいとも思う。こんなにも長くて寂しい時間を、彼女にまで与える必要はない。死ねる、ということはいっそ幸福なことだと私は思うのだ。けれど彼女はまだ若い。自分がいずれ老いていくこともいつかは私を残して死んで行ってしまうことも、遠い遠い未来のことだ。彼女がそれを気に病む必要は、今現在、どこにもないのである。


「風さん、あたしこの間美味しい中華料理屋さんを見つけたんですけど、今度一緒に行きませんか?」
「おや、いいですね。ぜひお願いしますよ」
「あーでも風さんは本場の味を知ってますもんねー。あんまり口に合うかどうかは分からないんですけど」
「本場の味、と言いますが、それも少しずつ月日とともに変わってきていますよ。それに日本の中華料理は本場のものより美味しいと思います」
「そうなんですか?それならぜひ一緒に行きましょうね!」
「はい。あなたと食べる食事ならきっとなんでも美味しいでしょうし。楽しみにしています」
「もー風さんはさすが女の子を喜ばせるのがうまいですねー」


ケラケラ笑いながら縁側でさきほど淹れてきたお茶と一緒にまんじゅうを頬張る彼女は、私がこの長い時間の間でさまざまな女性を侍らせてきたものだと思っているようだが、それは誤解である。まあ、多少女生とのお付き合いを経験したこともあるが、それでも私の時間のほとんどは武術を学ぶことに充てられており、きっとそこらの学生たちのほうが私よりもよっぽど女性経験は豊富だろうと思う。だが、それを彼女に言う必要はないのだろう。きっと私がそう言わずとも彼女はそれを理解してくれているだろうし、彼女からしてみれば私の過去は一緒にいるうえで必要のないものだそうなのだから。なんでも、今目の前にいる私が彼女にとっての私なのだから、それだけあれば十分だという。その言葉が、どれだけ私の心に安寧をもたらすか、きっと彼女は知らないのでしょう。


「中国4千年の歴史ってほんとにあるんですか?」
「日本にも4千年ぐらいの歴史はあるでしょう。それと同じことですよ、どこにも歴史はありますから」
「そんなもんなんですか」
「そんなものです」
「じゃあ風さんが見てきた歴史の中に、胸を大きくさせるような技術はありましたか?」
「……気にしてらっしゃるんですか?」


咽そうになったがそこは気合でカバーして、彼女の方を見やる。…まあ、慎ましい胸だ。これは決して馬鹿にしているなどといったそういうわけではなく、まあ、慎ましい。その表現しか私にはできないぐらいのサイズ感、といえば伝わるだろうか。
だがそれも彼女の魅力の1つであると思うし、世間一般的にそれがどういう評価を受けるのかを私は知らないが、それでもそれが彼女の魅力を下げる要因にはけっしてなりえない。と、私は思う。


「んーまあそこまで気にしてるって程じゃないんですけど、あたしお母さん胸大きいんですよねー」
「ああ…そうなんですか…」


しかしこの場合どう返すのが正解なのか私にはさっぱり分からない。というかどうして彼女はそんな話を私に持ちかけようと思ったのだろうか。


「だからあたしも大きくなるだろうなって思ってたんだけど、なりませんでしたー父親に似たみたいで」
「…い、遺伝、ですかね」
「ねーあ、でもやっぱり風さんも、胸はあるに越したことはないでしょう?ていうか男の人って大きいの好きですよね」
「一般的に他の殿方がどう思うのかは私には分かりませんが、私は気にしませんよ」
「ほんとですか?」
「ええ、その人の人柄のほうがよほど大事ですから。その点あなたはとても素敵な女性ですよ」
「なら私も気にするのやーめた」


そう言いながら嬉しそうにばたばたと足を振る彼女はとても愛らしい。心底そう思う。それにどうして私が彼女のことを嫌いになれようか。私が死ねない体をしている、化け物だと知れば、大体の人間は私を恐れ距離を置きたがる。その点、彼女はそれを気味悪がることなくそばに居てくれるどころか、私のことを愛しいと言ってくれるほど優しい心の持ち主だというのに。


「ねー風さん」
「なんですか?」
「やっぱり寂しくなりますか?」
「…死ねないことがですか?」
「うーん、平たく言うとそういう感じです」
「そうですね、狂いそうなほど寂しくなりますよ」
「ですよね」


彼女はそれから立ち上がって私の後ろに座り込むと、ぺたりと私の肩にやわらかな頬を押し付けて呟いた。そこは、竜の入れ墨を彫ってある場所だ。彼女はそれをキレイだと言う。まあそれが嬉しくないと言えばウソにはなるが、「おなじ場所に入れ墨彫っちゃいましたー」と意気揚々とそれを見せつけてきたときには気が遠くなるかと思った。
けれど、それも彼女にはよく似合っていて、彼女の体を傷つけてしまったことを申し訳なく思う気持ちもあったけれど、それよりも嬉しいと思ってしまったのも事実だったのである。彼女は、そこまで私に寄り添ってくれる。私と同じものを背負おうとし、共有してくれる。この感覚だけは、今まで生きてきて得られたことのなかった感覚だった。


「じゃあ、あたしは風さんとずーっと一緒にいますね」
「…あなたと私では寿命が全然違いますよ」
「分かってますよ?」
「死が2人を分かつまで、一緒にいられたら、と私は思いますが」
「死なんかに分かたれてやるつもりなんて、あたしにはありませんからね。風さん」
「え?」
「きっとあたしの肩にある龍が、あなたを呼んでくれます。あなたの肩にある龍もおなじように、あたしを探してくれます」
「…この龍が、ですか?」
「ロマンチックでいいでしょう」


肩越しにニッコリ笑う彼女は、自信満々である。けれど私はどうしてもそれを理解することができない。だって、死んでしまえば彼女の肩にある私と同じ龍は潰えてしまう。そこで、終わってしまうのだから。
けれど彼女はそのままで終わらせるつもりなど毛頭ないらしい。彼女はそのままわたしの肩越しに饅頭をとると、それにぱくりとかぶりついた。


「あたしはねー風さん。体に入れ墨を彫ったわけじゃないんだよ。魂に彫ったの」
「魂に?」
「そ。ロマンチストなあたしらしくていいでしょ」
「…ええ。とてもあなたらしいとは思いますが」
「だから安心してね。生まれ変わってもあたしはずっとおなじ龍を背負ってるから。そうしたら風さんもあたしを見つけやすいでしょ」
「…そうですね。もしそうだとしたら、きっと私もあなたを見つけられます」
「でしょ?で、生まれ変わってもあたしは絶対に風さんを好きになるから、ずっと一緒なんですよ」
「…ふふ、とても、素敵な未来です」
「でしょ?それでね、もし風さんの寿命が来ちゃったときもね、いつになるかは分からないけど、その時にもいつかのあたしがいるんですよ」
「それは絶対にあなたなんですか?」
「絶対にあたしです」
「…それなら、私は、幸福ですね」


今までにこんなことがあった、こんなことが楽しかった。そんな思い出話を飽きるほど彼女と共有して、最後の瞬間、いつになるか分からないそのときにも変わらない笑顔で彼女がいてくれたなら、それはたしかに、私にとって最高の死に方だ。そんな死に方を私が望んでいいのか、眩暈がするほどに。
だから私はそのまま肩に回っている彼女の手をそっと握りしめた。まるで今にも壊れてしまいそうなぐらい小さくて細いこの手は、こんなにも私のことを掴んで離さない。きっとどこまで逃げたとしても、彼女はそれに打ち勝つだろう。私と同じ龍を持つ女の子だ。弱いはずがない。それに彼女が打ち勝てない敵に対峙するその時は、私も、そこにいる。そのときはきっと私がそれを倒してしまおう。


「ならば私も誓いましょう」
「なにを?」
「この先どれだけの未来が私に残されているのか私には分かりませんが、そのすべてを使って、あなただけを愛します」


きっと、ずっと、未来永劫。
たとえあなたの言うとおりにあなたが輪廻を歩むことができなかったとしても、私はずっと覚えていましょう。あなたが私の髪を結ってくれたこと。私のためにお茶を淹れてくれたこと。あなたとたくさんのものを見たことを、覚えていましょう。
けれどもし、あなたの言うように、あなたの魂が私を覚えていてくれたのなら。


「お久しぶりですね風さん、あたしのこと覚えてくれていますか?」
「…片時も忘れたことなどありませんでしたよ」
「ふふ、それはよかった」


ね、やっぱりあたしたちの龍があたしたちを導き合わせてくれたでしょう。
そう言って笑ってくれるあなたと、永遠を生きる、その覚悟を決めましょう。

(13.0413)
甘くなった…んですかね…?あんまりならなかったような気がするのですが…申し訳ございません…!素敵リクエストありがとうございました!


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